#13 恐怖の連鎖
何、ゾンビだって?ということはこの看護師、すでに死んでるってことか。
だが、見るからに病気や怪我で亡くなった人には見えない。大体、亡くなる人が看護師の姿でいられようがない。一体何が、起きたというのか?
状況が飲み込めないまま、僕とカチェリーナはそのゾンビを置き去りにして奥へと進み始める。だが、何となくだが僕は、悪い予感を感じた。一度、病院の外に出よう。僕はそう思う。
そしてカチェリーナと僕は、元来た道を引き返し始める。さっき登ってきた階段を降りて2階に向かう。
が、そこで異変が起こる。
5、6人の人々が、いきなり2階の通路から階段に現れる。そして彼らは僕らを見つけると、こっちに向かってのろのろと歩いてくる。だが、どうも挙動がおかしい。
表情は虚ろで、足元がおぼつかない。さっきの看護師の行動とよく似ている。それにどういうわけか、僕ら目掛けて脇目も振らず歩いてくる。
「あの、皆さん……どちらに行かれるのです?」
僕は尋ねるが、誰からも返答がない。間違いない、こいつらも皆、ゾンビだ。だが、人数が多過ぎる。迫ってきた彼らは、僕らに手を伸ばしてくる。間違いない、カチェリーナにやったように、僕らの首を絞めようとしている。これだけの数を相手にするのは厄介だな。僕とカチェリーナは、そのまま階段を上がる。
が、上からも人々が数人、現れる。が、行動パターンは下から迫る奴らと似ている。やはりあれも、ゾンビだろう。呼びかけるものの、誰も返答しない。
彼らの姿格好は様々だ。入院患者の着る薄い青色の服姿や看護師、医者らしき姿の人物も一人いる。だが、彼らはその姿格好からは考えられない行動をしている。
冷静に考えて、入院患者と看護師と医者が、無言で同じ方向を目掛けて歩き、そして僕らが近づくと手を伸ばして迫ってくる。どう考えても、これは異常だ。
そしてこれは、さっきのゾンビと同じ挙動だ。彼らの狙いは僕らの命であることは、明白だ。
だがおかしい。確かに彼らはゾンビだが、この星のゾンビだ。先日、映画で見たゾンビとは違う存在。理性を持ち、最大1週間程度の限られた命を持つ彼らは、無闇に人を襲ったりはしない。しかし、ここにいるのはどうみても、B級映画に出てくるゾンビ達だ。
それにしても、なぜかれらは理性を失っているのか?いや、その前にどうして彼らは、ゾンビなどになってしまったのか?
死人をゾンビとして復活させるには、施術師による施術が必要だ。それ以外に、この星で人をゾンビにすることなどできない。いや、その前にそのゾンビとなるためには、死人であることが前提だ。患者ならともかく、どうして看護師や医師までがゾンビになってしまったのか?
多くの謎が思い浮かぶ。だが、今はそんなことを考えている余裕などない。すでにこの階段の上下を、ゾンビ達に塞がれてしまった。ここを突破しなければ、今度は僕らがゾンビになるかもしれない。全く根拠はないが、映画のような展開が、現実に迫っているような気がした。
僕は、覚悟を決める。腰にあるバリアシステムのスイッチに手を伸ばし、カチェリーナを抱き寄せる。
が、その時、カチェリーナが右眼に手を伸ばす。そして眼帯を外す。その瞬間、下から迫るゾンビ達がバタバタと倒れ始める。ああそうか。カチェリーナのあの力は、まだ健在なんだ。再び眼帯をつけたカチェリーナに、僕はささやくように言う。
「ご苦労さん。」
それを聞いたカチェリーナは軽くうなずくも、特に応えることなくそのまま階段を降りる。そして、倒れたゾンビ達を乗り越えて、2階の廊下に向かう。後ろを振り向くと、ゆらゆらと数人の人々、いやゾンビ達が降りてくる。僕とカチェリーナは、急いで2階の廊下に出る。
さて、そこから隣の病棟に向かわなきゃならない。その病棟の端に行き、そこの階段を降りれば、さっき病院に入ってきた出入り口に出られる。とにかく僕らはまず、出入り口に向かうことにする。
が、その道のりはすでに、険しいものへと変わっていた。
通路の向こうを見る。20人以上のゾンビが、僕らの目の前に立ちはだかる。あのゆらゆらと揺れるような挙動、もはやあれはゾンビと断定していいだろう。先ほどと同じ、患者と看護師、そして医師の姿をした人々が、夢遊病者のように僕らに迫ってくる。
後ろを振り向くと、やはりそこにもゾンビが20人ほど迫ってくる。階段にも、先ほどのゾンビが……すでに僕らの周囲は塞がれてしまった。
が、そのとき、僕はすぐ脇にエレベーターがあるのを見つける。そうだ、ここから下に降りれば、彼らをやり過ごせる。僕は急いでエレベーターのボタンを押す。
じわじわと、しかし確実にこちらに迫りつつあるゾンビの集団。なのにエレベーターは、なかなかこない。
じわじわと迫る恐怖に耐えながらも、ようやくピーンという音とともにエレベーターが到着する。ドアが開く。その中に、僕とカチェリーナは乗り込む。
……いや、だめだ、乗り込めない。このエレベーターの中には、とてもじゃないが入れない。
エレベーターの中にも5人ほどの人、いやゾンビが乗っている。彼らもまた、僕らに迫ってくる。腕を伸ばし、僕とカチェリーナの首を捉えようとしていた。慌てて僕はカチェリーナの手を引き、すぐ脇の部屋に飛び込む。
扉を閉め、鍵をかける。部屋の中で僕は、カチェリーナに尋ねる。
「カチェリーナ、まだ右眼は疼いているかい?」
「いや、もう元通りだ。おそらく力は、発揮されない。」
「そ、そうか……」
カチェリーナのあの力でゾンビどもを気絶させて、ここを突破しようと考えたが、もはやそれは無理なようだ。いや、もう一度ゾンビと対峙すれば、カチェリーナのあの力が発揮されるかもしれないが、人数が多すぎる。カチェリーナの力だけでは、いささか不安だ。
が、そのとき突然、部屋の電気が消える。薄暗い夕陽の光だけが、部屋を照らす。その夕陽の光で照らされた部屋の奥に、誰かがいるのが見える。
そこには医師と看護師、そして患者の姿をした、ゾンビと思われる集団が6体ほどいた。彼らは僕らを見つけると、手を伸ばしてゆらゆらと僕らに迫ってくる。それを見た僕は、ついに覚悟を決めた。
「こ、これ以上接近するなら、僕は正当防衛措置を発動せざるを得ない!手を挙げ、直ちにその場にて停止せよ!」
腰の銃を取り出し、彼らに向ける。そして彼らの足元に2発、威嚇射撃を行う。
だが、彼らは歩みを止めない。一応、警告はした。だが彼らはそれを無視した。軍属としての義務を果たした今、僕はついに権利を行使することを決断する。
……迫りくるゾンビ達。それはまるで、あのゾンビ映画のワンシーンのようだ。
いや、僕の大好きな映画のワンシーンは、こんなものじゃない。
それは、清々しいほどの青空の下、視界一杯に広がる草原。暖かな風が、その草原の草をなびかせる。その真っ只中に、2人の男女が互いの手を取り合い、歩いている。2人はやがて歩みを止め、そして顔を向き合わせて、口づけをする……
集中した僕は、彼らに銃口を向ける。そして立て続けに6回、引き金を引く。
バスッ、バスッと、薄暗い部屋の中で青白いビームが発射される。そのビームの先は、確実に彼らの頭部を捉えた。頭を打ち抜かれれば、ゾンビは本当の死を迎える。これは映画でも現実でも同じだ。
頭の中心を撃ち抜かれて倒れるゾンビ達。あっという間に僕は、その場にいた6体のゾンビを倒す。その場の危機を脱した僕らは、そばにあった椅子の上に座り込む。
しかし、どうするか……部屋の外には、少なくとも40体以上のゾンビが徘徊している。あれをすべて相手にできるほどのエネルギーパックを持ち合わせていない。銃で倒せるのは、せいぜいあと十数体ほどが限界だろう。
そうだ、軍に救援を要請しよう。僕はそう思い立ち、スマホを取り出して、軍司令部を呼び出す。
『はい、こちら軍司令部……』
「軍司令部へ緊急通達!6636号艦所属のルイス中尉です!現在、宇宙港中央病院にて、正体不明の集団と交戦中!至急、増援を乞う!」
いきなり電話で救援要請されて、おそらく戸惑っているであろうオペレーターが、僕に尋ねてくる。
『あ、あの、こちら司令部。ルイス中尉、一体病院で、何が……』
「とにかく、数十人規模の陸戦隊をすぐに送り込んで下さい!今、僕らはその集団に囲まれて……」
と、そのとき、鍵をかけていたドアがついに破られる。バンッとドアが蹴倒され、無数のゾンビらが現れる。
ああ……どう見積もっても、軽く2、30体はいるな。もはや電話どころではない。僕はスマホをポケットにしまい、僕らに迫りつつある医師や看護師、患者の姿をしたゾンビ達に銃を向けて叫ぶ。
「動くな!これ以上接近すると、正当防衛措置を発動する!その場にて手を挙げて、停止せよ!」
警告の後にまた足元に2発、威嚇発射する。すぐに僕はエネルギーパックを抜き、リロードする。しかし、やはり彼らは接近を止めようとしない。
ああ、これがB級映画なら「こんなところに非常通路が」という展開になるところなんだけど、残念ながらどこを見渡しても、そんな都合のいいものはない。強いていうなら、窓を蹴破れば外に出られるが、この窓から飛び降りるのはナンセンスだ。いくら2階とはいえ、結構な高さがある。それにこの窓は分厚く、簡単には蹴破れそうにない。
「カチェリーナ!」
「なんだ!?」
「僕にしっかりとつかまって!あれを強行突破する!」
僕は銃を腰にしまい、カチェリーナをしがみつかせたまま、そのゾンビの群れに突入する。ここはバリアシステムに頼ることにした。そしてゾンビらが接近した瞬間、バリアシステムのスイッチを入れる。
バリバリと音を立てて、ゾンビ達がバリアの表面で焼かれ、吹き飛ばされていく。そのままゆっくりと、僕は前進を始める。
迫るゾンビ達は、バリヤに触れて吹き飛んでいく。が、仲間が焼かれているというのに、一向に前進を止めないゾンビ達。僕は構わず、前進を続ける。バリアに触れるたびに吹き飛ばされて、黒焦げで倒れるゾンビ。バリヤ頼みで僕らは、隣の病棟を目指す。
……なんとか隣の病棟に着いた。通路には、おびただしい数の黒焦げのゾンビの残骸が並ぶ。その数、およそ5、60といったところか。あまりに凄惨なその光景を、とても僕は直視できない。
そしてようやく階段を降りて、ついに出入口前に至る。
が、そこに、一人の人物が立っていた。そしてその人物に、僕は見覚えがある。
あれは1週間前、カチェリーナが施術して生き返らせた、あの商人だ。
彼こそまさにゾンビだ。だが、この騒ぎの前にあらかじめゾンビ化された彼ならば、もしかするとまだ理性があるかもしれない。僕は商人に向かって叫ぶ。
「あの、僕らは1週間前に、施術するために訪れた者ですが……」
僕は彼に叫ぶが、返答がない。彼は確か、わりと明るい性格の人だった気がするが、そんな面影はまったくない。
それに、彼の両目は妙に赤い。あの人、あんなに赤い目をしていたか?などと考えていると、突然、カチェリーナが叫ぶ。
「ルイス!奴の目を見るな!奴は……」
僕は、カチェリーナの方を振り向く。すると彼女はその場で気を失い、倒れる。慌てて僕は、彼女を抱き抱えた。
それを見た僕は悟った。この力は、まさにカチェリーナの右眼の力と同じ。そして奴は、あの映画でいうところのゾンビマスターだ。何の確証もないが、多分この騒ぎは奴が引き起こしたものに違いない。僕はこの時、そう確信する。
しかしだ。やつの顔を見るわけにはいかない。こっちまで気絶してしまう。そうなったら僕らはおしまいだ。そこで僕は奴の足元を見ながら、やつの頭部を狙撃することにする。
そして僕は、銃を構える。
……夕陽の光が、廊下を照らしている。夕陽といえば、やはり海岸で見る夕陽が最高だろう。その夕陽の前で、ビキニ姿のカチェリーナが立っている……
集中した僕は、奴の足元から頭の位置を推測して、引き金を引く。バンッと乾いた音と共に、ビームが放たれる。するとゴトッと音がして、奴の首が目の前の床に落ちるのが見えた。
その頭部にもう一撃、僕は銃を浴びせる。目の前で、その頭は粉砕される。これで、このゾンビの命も尽きたはずだ。
気絶したカチェリーナを抱えながら、ふと彼女の顔を見る。
彼女は気を失う直前、僕に警告してくれた。そのおかげで、僕らはあのゾンビに勝利した。やはりカチェリーナと一緒で正解だったな。あれが僕一人だったら、確実にやられていただろう。
僕はカチェリーナを抱いたまま立ち上がる。外に出て、そろそろくるであろう救援隊と合流し、まだ生き残っているゾンビ達の対処について彼らと検討せねば……などと考えながら、僕は出入り口の方を見た。
だがそこには、信じられないものが立っていた。
出入り口の前には、首のない身体が立ち塞がっている。信じられないことだが、それは紛れもなく、さっき倒したはずのあの商人のゾンビの身体だ。
なんということだ……やつの頭は、ビームで粉砕したはずだ。まさかと思うが、こいつの弱点は、頭ではないのか?やはりこいつは、正真正銘のゾンビマスターだ。しかしこんなところまで、あの映画と同じ設定だなんて……いや、これは現実だ。ここは映画の世界などではない。あれをどうにかしなければ、今度こそやられる。
目は見えないはずだが、どういうわけかこちらに迫るゾンビ。しかしどこかに、弱点はあるはずだ。
僕はその場にしゃがみ込み、片手でカチェリーナを抱えたまま、銃を構える。
……僕の腕の中で、銀色の髪の毛をなびかせて眠るカチェリーナ。思い描くのは、ここは海岸で、砂浜の上で無防備なビキニ姿で横たわる彼女。沈む夕陽が、うっすらと彼女の髪の毛を照らしている……
僕はゾンビマスターの左膝を狙う。あの映画では、そこがゾンビマスターの弱点だった。仮にここが弱点でなかったにせよ、足さえ撃ち抜けば、奴の歩みを止められる。僕は細いそのゾンビの左足の膝を狙って、一発放つ。
乾いた銃声と共に、青白いビームがすっとそのゾンビの左足に当たる。まさにこれが、ビンゴだった。
足を撃ち抜かれたゾンビは倒れる。だが、再び動き出す恐れもある。僕は銃を構えて、警戒する。だが奴はそのまま、動かない。
カチェリーナを抱き抱えたまま、恐る恐る奴に近づき、奴の身体を足で蹴飛ばす。そのゾンビの身体は力なく、まるでバラバラになったマネキン人形のように、通路を滑っていく。それをみた僕は、ゾンビマスターの死を確信した。
この瞬間、僕とカチェリーナは、この奇怪なゾンビどもに事実上、勝利した。




