#12 夢と絶望
照明が消える。どうやら、電源が切られたようだ。
それを見計ったかのように、また奴らが現れる。
看護師姿のゾンビが3体、そして医師、患者らしき一般人の姿をしたゾンビもいる。彼らは私とルイス目掛けて、ゆらりゆらりと迫ってくる……
あれは、1週間前のこと。砲撃訓練後の休暇明け、私とルイスは宇宙港中央病院に呼び出された。そして、医師から思いがけない提案を受ける。
それは私への施術の依頼ではあるのだが、その目的がぶっ飛んでいた。
「はあ!?不死実験、ですかぁ!?」
ルイスが驚く。私も医師のこの言葉に、驚かざるを得なかった。
「はい、そうですよ。不死実験、いわば、人類の夢への挑戦ですよ。」
「はぁ……」
この医者の熱意に押されて、私も思わずうなずく。が、何を言っているんだ、この男は?
「というわけで早速、この実験のために、ある患者を生き返らせて欲しいんですよ。」
今までいくつもの施術を行なってきたが、これほど軽々しく施術を依頼してくる人も珍しい。私は尋ねる。
「あの、その患者というのは……」
「今回の実験に、快く賛同してくれた人ですよ。で、死んだらすぐに頼むって。」
「はぁ……」
なんか無茶苦茶だな。死に瀕した人にこれほど軽々しく物事を頼む医者も珍しいが、それを死に際であっさりと快諾する患者も、どうかしている。
ということで、私は早速、その患者の元に向かう。
そこは安置所ではなく、普通の病室だった。この患者は亡くなってから、すでに1時間が経っているという。が、限界とされる2時間まではまだ余裕がある。私はその人物のそばに座る。
いつもと違うのは、ここが帝都ではなく、帝都の横にある宇宙港の街の中の病院であるということ。そして今回、施術を依頼してきたのが、ルイスと同じ地球220出身の医師であるということ。
彼らが施術師のこと、そしてこの星のゾンビのことを知り、そして今回の実験を思いついた。患者の元に向かう途中、医師から聞かされる。
施術師とは、死に至った身体に、再び魂を宿す技を持つ者。その施術により蘇ったゾンビはしかし、1週間ほどで亡くなる。そして今度は、本当の死を迎える。
というのも、一度魂の抜けた身体は崩壊を免れず、特にゾンビの魂が宿る場所である脳が腐ると、魂の居場所がなくなり死に至る。これが、もってせいぜい1週間である理由だ。ところがこの話を聞いたその医師は、あるアイデアを思いつく。
脳が腐れば、本当の死が訪れる。ならば、腐らない脳に変えれば良い。
単純明快、だが核心をつくこのアイデアは、地球220の医師達に支持され、実行に移されることになった。そしてその第一号となるべく患者を探し出し、その施術に私が呼び出されたというわけだ。
患者の頭には、何やら怪しげな機械が取り付けられている。頭の中に何かの液体を流し込んでいるようだ。医師曰く、これは一種の防腐剤だという。
実はこの星でも過去に同じようなアイデアを思いつき、試されたと聞く。だが、いずれもうまくいかなかったと言われている。
ホルマリンを使ったり、冷凍したりと、様々な方法が試されたようだが、我々の技術では結局、脳の腐敗を抑えられなかったのだろう。ただどういうわけか、なぜ失敗したかなどの情報が全く残されていない。それを行なった医師や施術師のことも、なぜか残されていない。綺麗さっぱり、消されている。ただ失敗したという事実だけが伝えられている。
不思議な話だが、この星よりも遥かに進んだ宇宙の技術をもってすれば、この不死実験は成功するかもしれない。そんなことを考えながら、私は施術に入る。
◇◇◇◇
亡くなったのは、帝都に住むある商人だ。私はその男性の中に入り込む。
彼はこれまで、不自由なく暮らしてきた男性だったようだ。魂の宿り場が、妙に明るい。これは裕福な人物に見られる特徴だ。そして私はこの明るい宿り場で、その男性の魂を見つける。
「おお、きたか!」
私が声をかけようとすると、私の気を察した男性が振り向き叫ぶ。
「は、はい……」
「へえ、女の施術師か、珍しいな。じゃあ早速、頼むよ。」
これからゾンビになるというのに、妙に明るい人だ。私は尋ねる。
「あの……こちらの医師から、実験のことは……」
「おお、聞いとるよ。不死になるかも知れんっちゅうんじゃろ。それなら、だめで元々だし、わしを使ってくれてええよって応えたんじゃ。」
本人も承知しているようだ。ならば、特に問題はない。私は施術に入る。
「……一度死んだ身体、数日ほどで再び死が訪れるが、すでに痛覚を失った身体での死は、必ずや安らかなものとなることを保証する。今一度の生を、あなたに与える。」
「何を言うとるんじゃ、嬢さん。わしは不死になるかも知れんのじゃぞ?」
「い、いえ、施術の際の呪文のようなものです、聞き流してください。」
調子狂うな。こんな調子で私はその男性の手を握る。魂の宿り場が、さらに明るくなる……
◇◇◇◇
目を開けると、そこは病室だった。私のすぐ後に、その男性も目を覚ます。
「……おお、生き返ったわい。」
目を覚ますと同時に、その男性は頭につけられた装置に手を伸ばす。
「おい、なんじゃ、これは?」
「ああ、大丈夫ですよ。今、脳の防腐処理をしているんです。今晩にも外せますよ。」
「そうか、そうなればわしは、不死の身体を手に入れるかも知れんのじゃな?」
「ええ、といっても、身体にも同様の防腐処理を施しませんと、今度は身体が動けなくなりますので……」
「なんじゃ、思ったより厄介じゃのう。」
一度死んだ人物と医師の間で会話が続く。にしても、いくら死んだ身体とはいえ、あまり身体に良いとはいえない液体を流し込むなど、正気の沙汰ではない。
聞けばこの防腐剤は、剥製などを作る際に使われるものだと言う。我々の星で作られた剥製とは違い、彼らのそれは生き生きとしている。まさにその身体の時間を止めることができるというその薬品は、本当に永遠の命を授けてくれるのかもしれない。
私とルイスは病院を出る。ここで1週間後に、医師はその後の経緯を話してくれることになった。ルイスとともに、とぼとぼと家路に着く。
相変わらず勲章付きの軍人と、緑色の聖帯をつけた祭衣姿の人物の組み合わせは、とても目立つ。この異様な組み合わせが、まさか夫婦だとは思うまい。そんな周りの視線を気にすることもなく、上機嫌に歩くルイス。
「さて、これからどこに寄ろうか。ショッピングモールでカフェに行って、それからマッサージ店に行こうか?」
こいつの頭の中は、自身の欲望でいっぱいだ。私はルイスに尋ねる。
「なあ、ルイス。」
「なんだい、カチェリーナ。」
「あの不死実験とやらが成功したら、お前は不死の身体を得たいと思うか?」
「そりゃあ思うよ。」
「なぜだ?食べ物の味を感じることもできず、木の根っこのような生き方を、無限に近い時間、続けることになるのかもしれないのだぞ?」
「いいよ、海や森がある限り、木の根っこのように静かに生きるのも悪くないさ。」
うーん、そんな生き方、とても耐えられないと思うがな。少なくとも私は、ズコットの味を感じられないことには耐えられない。日が昇り、そして沈み、雨の日も風の日も、暑い日も寒い日も、何も感じない身体でただひたすら生き続ける。そんなことのどこがいいのだろうか?
限りある命だからこそ、精一杯生きようと思う。美味しいものを美味しいと感じ、心打つものに惹かれる。永遠の命などというものに、私はさほど魅力を感じない。
それに施術師として、いつも魂の宿り場の向こうに見える、あちら側の世界というものが気になる。だから今回の実験、成功しようが失敗に終わろうが、私はどちらでも興味がない。
結局その日はルイスに付き合わされて、僧のような格好のままでショッピングモールを歩き回ることになった。
そして、1週間が経つ。私とルイスは再び、宇宙港中央病院へと向かった。
前日に、あの医師から連絡を受けていた。あの患者はその後、順調に生きているそうだ。通常なら日が経つにつれてゾンビの意識は徐々に薄れ始め、そして眠るように亡くなる。それがゾンビ化した人々に訪れる本当の死である。その段階でもう一度施術を試みても、もはや入り込むことができない。その身体は、魂の宿り場を失っているからだ。
それが1週間経っても、まだぴんぴんしているという。どうやらあの実験は順調なようだ。その結果を聞くために私とルイスは、その医師の元に向かうこととなった。
今日は施術をするわけではない。私は普段着で、ルイスだけがいつもの軍服姿で病院へと向かう。が、正直言って、この結果など、私にとってはどうでもいいことだ。だからあまり気が乗らない。不死の身体を望むと言っていたルイスでさえ、夕方に呼び出されて少し不機嫌だ。やれやれ、この調子ではまた帰りに、ショッピングモールに付き合わされることになりそうだな。
病院の前に着く。夕方ということもあってか、患者の姿が見当たらない。その静かな静かな病院に入ろうと、自動ドアの前に立つ。
……おかしいな。患者どころか、全く人の気配を感じない。中を覗いても、受付や奥の通路にも、人が見当たらない。まさかとは思うが、人を呼びつけておいて、皆、帰ってしまったのか?なんという病院だ。私はなんだか急にムッとする。ただでさえ機嫌の悪いルイスも、私と同様、イラついている。
「なんだよ、もう!人を呼びつけておいて!」
自動ドアを蹴飛ばすルイス。周りの人の視線が、一瞬にしてこちらに集まる。まずいな……軍人が、あまり民間人の前でこういう態度を取らない方がいい。非難の的になる。
が、その中の一人が私とルイスに声を掛ける。
「ああ、その病院ね、どういうわけか今日は、ずっと閉まっているんだよ。」
「えっ!?そうなのですか!?」
「そうだよ。今朝、私も予約があってきたんだけどさ、ドアは開かないし、中には誰も見当たらないし、ほんと困っちゃってね……」
それを聞いたルイスは、病院の中を覗き込む。だが、やはり誰も見当たらない。
「おかしいな……」
私も、ルイスと同感だ。異様なほどに、人の気配を感じない。一体、どうなっているのだ?
ルイスは、病院の裏側に回り込む。この手の病院には大抵、救急用の出入り口がある。そこから入り込もうと考えた。が、そこのドアも開かない。
さらに別の入り口がないかと探す。すると非常階段のすぐそばに、小さな出入り口を見つける。幸いにもその出入り口の鍵が開いていた。
「それじゃ、ちょっと様子を見てくるよ。」
そういってルイスは一人、中に入ろうとする。私はルイスの腕を握る。
「おい、なぜ私を置いていく?」
「えっ?いや、だってここ、何だか危なそうだからさ……」
「危ないのなら、なおのこと私を連れて行け。一人で向かって何かあったら、どうするつもりだ?」
それを聞いたルイスは、渋々私を連れて中に入る。ドアから中に入ると、そこは暗い部屋が並ぶ通路。やはり、人の気配を感じない。
ここはそれなりの大きさの病院で、入院患者もおり、誰もいないことなどあり得ない。どうしてこれほどまでに、人の気配がないのか?ルイスと私は、暗い通路を歩く。
階段を上り、2階に上がった。奥の入院病棟に進む。だが、一向に人の気配が感じられない。
おかしいな。先日ここに来たときには、入院患者がいたはずなのに、部屋には誰もいない。天井から吊るされた機械だけが、音を立てている。まるで、廃墟のようだ。
にしてもどの部屋も、妙に荒らされている。カーテンは開けっぱなし、布団も乱れたままだ。中にはシーツも布団も、床に落ちたままのベッドもある。なぜこれほどまで荒れているのか?
この時点で、私もルイスもおかしいと思い始めていた。とにかく、誰かいないか探し出すことにする。
さらに階段を上り、3階に至る。そこも入院病棟のはずだが、やはり誰もいない。……と思ったそのとき、後ろからコツコツと足音が響く。その音を聞き、私とルイスは後ろを振り向く。
看護師だ。女の看護師が、静かにこちらに向かって歩いてくる。それを見たルイスは、声を掛ける。
「あの、すみません。この病院には誰もいらっしゃらないようですが、皆さんどちらに……」
だが、ルイスの問いにも返答せず。黙ってこちらに歩み続ける看護師。そして、私のすぐ前で止まるや、突然、私の首を掴みかかる。そしてギリギリとものすごい力で、私の首を絞め始める。
助けを求めようにも、言葉が出ない。だがそれを見たルイスがとっさに、この看護師に殴りかかる。床に叩きつけられる看護師。
だが、相手は何事もなかったかのように立ち上がる。そして、再び私の首を目掛けて手を伸ばす。それを振り払うルイス。
その瞬間、私の右眼が疼く。
そう、私の右のあの赤目が疼く。命の危険を察した時にのみ発動する、あの右眼が、である。
そして、その看護師と目が合う。すると看護師は、まるで支えを失ったマネキンのようにその場に倒れる。バターンという音が、人気のない廊下に響き渡る。
と、とっさに私は右眼を手で覆い隠す。この目とルイスが合おうものなら、今度はルイスが倒れてしまう。
「カチェリーナ!まさか今の、右眼が……」
ルイスも悟ったようだ。私は右眼を覆ったまま、黙ってうなずく。
まだ、ズキズキと疼く右眼。私は腰に付けたバッグに忍ばせてある眼帯を取り出し、それを右眼につける。
「……しかしなぜ、この看護師はカチェリーナを……」
ルイスは、倒れた看護師を見て呟く。だが、私にはもう一つ、気がかりなことがあった。それを確認すべく、この看護師の手をとる。そして、手首に親指を当てる。
「カチェリーナ、どうしたの?」
尋ねるルイスをよそに、私は手首のあちこちを触れてみた。やはり、思った通りだ。私は、ルイスに応える。
「ルイスよ。大変なことだ。」
「ど、どうしたのさ、カチェリーナ!大変って、何が!?」
「脈をとってみて分かった。この看護師は、ゾンビだ。」
それを聞いたルイスは一瞬、唖然とした表情を見せる。だがこの時点で私達は、すでに大勢のゾンビ達に退路を塞がれていた。




