表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/18

#11 戦艦デート

 さあ、終わった。やっと終わった、砲撃訓練の日々が。

 5日間もの間、毎日バンバンと主砲をぶっ放す殺伐とした日々が終わる。そして我が艦にやっと、戦艦ビーフジャーキーに寄港する許可が下りたと艦内放送で聞かされた。


「カチェリーナ!街に行こう!着いたらすぐに行こう!ねえ、何食べる!?どこに行く!?僕のお勧めはやっぱり、ふわふわ健康ランドかな!」


 反重力装置により無重力状態にされた広い部屋の中で浮かびながら、のんびりと落ち着いた風景の中で、ゆったりとした音楽を聴くテラピー施設が、僕のいちばんのお気に入りだ。だが、カチェリーナはこう言い放つ。


「あんな退屈なところはいやだ!なぜクラゲのようにふわふわとさまようだけのあんな場所に、わざわざ行かなければならないのか!?」


 うーん、なぜ彼女は頑なに、ゆったりと過ごすことを嫌うのか?クラゲのような下等生物でさえ、のんびり過ごそうとしているというのに……


「それよりも、行きたい場所がある。」

「えっ!?どこだい!?」

「映画館だ。」

「……なんだ、またゾンビ映画かい?」

「なんだとはなんだ!映画といえば、ゾンビ映画に決まっているだろ!あのシリーズは、なにかと学ぶべきところが多い!これは施術師として、ぜひ観ておかねばならない!」

「だけどさ、こっちの映画で出てくるゾンビは、カチェリーナの知っているゾンビとは全く別物の、架空の存在であって……」

「そうか?あの緊張感のあるゾンビとのやりとりは、施術の際の参考になるぞ!それに映画サイトの情報によると最近、新作が発表されたそうじゃないか!これはなんとしてでも、観なくては!」


 不思議と、こちら側のゾンビ映画にご熱心なカチェリーナ。当然だが、こちらの「ゾンビ」とは、死者を蘇らせた者ということ以外は全くの別物だ。

 特定の部位を破壊しない限り死なないというところも同じだが、理性がなくなり、襲われた人もゾンビになる、そして決定的に違うのは、人と敵対しているというところだ。

 カチェリーナが蘇らせるゾンビは、基本的に人を襲ったりはしない。それはそうだ。元々が人であり、その人の理性を保ったまま生き返らせるのだから、当然だ。もっとも、大戦中は敵兵を襲うゾンビが大量に発生したが、少なくとも彼らは味方を襲ったりはしない。ともかく、こっちのゾンビは理性に従った行動をする。

 だが、こちらの映画に出てくる架空の「ゾンビ」には、理性などない。人を見れば、見境なく襲いかかる。そして仲間を増やす。いつ、どこで襲われるかわからない恐怖……それがゾンビ映画の醍醐味でもあるようだが、僕はそういうのは、嫌だなぁ。

 どうせなら、もっとのんびりとした雰囲気の映画がいい。ゾンビだってきっと、のんびり過ごしたいに決まっている。小鳥のさえずりが聞こえる暖かな森の中の、草地の上で寝転がって時が流れるのを忘れ、ただ青い空を眺めながら、冷めたアールグレーをすっと飲み干す……日が暮れたら、家に入って白いシーツのベッドの上で、カチェリーナと共に一夜を明かす。


 ……という、僕の理想とは裏腹に、多量のゾンビが襲いかかってくるような殺伐としたシーンを、カチェリーナは好む。まだ駆逐艦暮らしをしていた頃、僕はカチェリーナを映画館に連れて行き、ついそのときいたずら心で、彼女にゾンビ映画を観せてしまった。思えばそれが、全ての始まりだった……


 おかげで、カチェリーナのスマホの中はゾンビ映画だらけだ。時々僕は、彼女のスマホを覗くが、観ている動画には首が飛ぶ、腕が落ちる、足が吹き飛ぶ……観るに耐えないシーンの連続だ。ああ、何だってあの緑色の気色の悪いゾンビがうじゃうじゃ出てくる映画を好んで見るのだろうか。


 などと考えているうちに、艦内放送が入る。


『達する。これより我が艦は、戦艦ビーフジャーキーに入港する。滞在時間は、艦隊標準時で本日1600から翌0200。出港は、同0230。出港予定時刻の45分前までには、帰投されたし。以上。』


 艦長が、艦内の全員に向けて戦艦入港を知らせる。僕はカチェリーナの顔に、手を伸ばす。


「おい!何をする!?」


 そして僕は、この5日間もの間、彼女の右眼を塞いでいた眼帯を取り外す。


「いやあ、もうこれ、要らないでしょう。」

「何を言うか!あの赤い星を見てしまったら、またお前を気絶させてしまうかもしれないんだぞ!?」

「でもさ、ここ、もう三色星域じゃないし。」

「は?そうなのか?」

「そうだよ。ついさっきワープして、今はもう地球(アース)882の外惑星系に入ったところだよ。」


 それを聞いたカチェリーナはキョトンとした顔で僕を見つめている。久しぶりに見る、カチェリーナの赤い目。なぜだか僕は、カチェリーナを襲いたくなる。


「ふっふっふっ……カチェリーナ、たった今僕は、理性を失った……そう、こっちの映画の、ゾンビのように。」

「な、なんだと!?」

「覚悟するがいい……こちらのゾンビが、いかに恐ろしい存在であるか、それを思い知るまで、僕はお前を逃しはしない。」

「うわっ!おい、何を……うぎゃ!」


 とまあこんな調子でベッドの上で2人激しく暴れているうちに、この船は戦艦ビーフジャーキーに無事到着する。


 せっかく解放した赤い目で、僕を冷たく睨みつけるカチェリーナ。そんな冷たい雰囲気を察してか、周りの乗員はなかなか2人に声をかけてこない。


「おっはよーっ!あら、カチェリーナちゃん、もう眼帯取ったんだぁ!もしかして、またこの旦那をぶっ倒すためかしら!?」


 このサンドラ准尉を除いて、の話だが。


「ああ、そうだ。だがこの通り、なかなか倒れなくて困っている。どうしたらいいか?」

「うーん、そうだねぇ……でもさ、今は倒れない方がいいと思うよ。ここで中尉が倒れちゃったら、街にいけなくなっちゃうよ。」


 僕を目の前にして、辛辣な物言いをするカチェリーナに、遠慮のない忠告をするサンドラ准尉。そして、2人の会話を苦々しく聞き流すしかない僕。


 とまあこの調子で、駆逐艦6636号艦を降りるまでは、まさに夫婦の危機だった。が、連絡通路を通り抜け、戦艦内の街へ向かう鉄道の駅に立つ頃には、カチェリーナの機嫌も良くなってくる。


「おい、ルイス!まずは映画館でゾンビだ!ゾンビを観るぞ!」


 ゾンビなどという不穏な単語を躊躇いもなく用いて周囲をドン引きさせながらも、カチェリーナの心はすでに街に向かっていることだけはよく伝わってくる。そんな彼女と共に、ホームに並ぶ。

 目の前には、大きな扉がある。その扉の向こうに、銀色の車体が滑り込んできた。

 電車が停止すると、扉が一斉に開く。待っていた数十人の乗員らは、その車体に乗り込む。


 すでに大勢の人が乗っている。扉の前に立っていると、後ろにいるから押し込まれ、電車の中の人々の只中に押しつけられる。

 小さな身体のカチェリーナは、すし詰めの車内の人々の間に吸い込まれる。慌てて僕は、カチェリーナの腕を掴む。そして彼女を引き寄せ、僕の身体にしがみつかせる。

 まるで森の木々で鳴くセミのように、カチェリーナは僕の腰に必死にしがみつく。


 ただでさえ混むこの電車に、さらに次の駅でも人が乗り込んでくる。背の低いカチェリーナは人の流れにのまれまいと、必死に僕の身体にしがみつく。僕もカチェリーナを抱き寄せ、人混みに抗う。

 にしてもだ。なにゆえにこれほど今日は人が多いのだろうか……ああ、そうか、砲撃訓練の後で、補給する艦がごった返しているのか。いつもなら30隻前後しか収容しないこの戦艦に、今はおそらく50隻以上の艦が押し寄せている。だからいつもより多いのか。


 普段であれば、多少人が多いことも気にはならないのだが、今日はカチェリーナがいるために、気になって仕方がない。

 が、どうにか苦境を乗り越えて、街の駅にたどり着く。ドアが開き、乗客らは一斉に降りる。僕らのその流れに乗って、駅に降り立つ。


 ああ、久しぶりの人混みだ。帝都を発って、実に6日ぶりの人混みである。駅を出ると、目の前には大通りがある。そこはたくさんの無人車が走り回り、駅に着いた大勢の人々の求めに応じ、送迎をしている。

 目の前には、4階建ほどの建物が並ぶ。その建物の上には一つ上の階層の床があり、その上にはさらに4階建の建物が建っているさらにその上にも床があって、その上に4階建てがあり……と、それが全部で4段続く。小惑星をくり抜いて作られた、縦横400メートル、高さ150メートルの空間内の四層構造の建物の集合体、それが標準的な戦艦の街だ。


 この全長4200メートルの戦艦ビーフジャーキーの中にある街も、例に漏れず4層構造をしている。建物の多くは1階部分が店舗で、その上に住居がある。この街には、商業施設で働く民間人と、戦艦で任務に就く軍人の合わせて2万人もの人々が住む場所でもあるため、そういう構造をとる。が、中には4階すべてが店舗という建物もある。


 そんな街の2層目へと上がる。そこには、カチェリーナが楽しみにしている映画館がある。長いエスカレーターで上の階層に着くや、カチェリーナは私の腕を引き、2層目中央部付近にある映画館へと小走り気味に急ぐ。やれやれ、カチェリーナよ、そんなにあの気味の悪い映画が観たいのか?


 そういえばカチェリーナのやつ、この街に初めて来た時も、映画館に感動していたな。そこでゾンビ映画を観せたのが、全ての始まりだった。


 ◇◇◇◇


 あれは、カチェリーナを艦に連れ込んで、1週間が経った時だ。


「はあ、僕……いや、小官が、ですか?」

「そうだ。」

「あの、女性士官にさせた方がよろしいのではありませんか?」

「お前が連れ込んだのだから、最後まで責任を取れ。そういう事だ。」


 補給のため宇宙に出ることになったこの艦内で、僕は艦長に呼ばれ、足の包帯が取れたばかりのカチェリーナを戦艦に連れて行くことになった。


「戦艦?なんだ、それは。」

「何だと言われても、大型の戦闘艦で……」

「そんなことは分かる。なぜ、戦艦などに行かねばならないのだ?」

「いや、そこには街があってですね……」

「は?街?」


 戦艦に、街がある。この星の住人にとっては、どうやら意外な組み合わせなようだ。それは、駆逐艦の中にあるテクノロジーにも徐々に慣れつつあったカチェリーナにとっても、全く想像もつかないことだった。


 が、巨大な戦艦ビーフジャーキーに到着し、電車を乗り継ぎ街に着くと、さすがのカチェリーナもそれがどういうものであるかを一目で理解した。

 ついさっきまで、真っ暗な宇宙の只中を駆逐艦に乗って進んでいたはずなのに、まるで地上のように明るく賑やかなその場所。ここが宇宙だと言うことを忘れさせる。

 が、よく見ればそこは切り立った崖に囲まれた空間であり、天井にはたくさんの太陽灯が取り付けられていて、明らかに地上とは異なる場所であることを悟る。小惑星をくり抜いて作られた狭い空間、そんなところに、この艦に住む2万人の住人と数千人もの駆逐艦乗員が歩き回っている。

 各階層の店にある電子看板や煌びやかなショーケース、そこにある見たこともない服や雑貨、食べ物に圧倒されるカチェリーナ。

 そんなカチェリーナが、ある建物を指差す。


「なあ、ルイス。あれは何だ!?」


 僕はその指の指す方を見る。ビルいっぱいに貼られた巨大電子看板、そこに流れている映像。晴れやかな店舗の中で、異彩を放つその建物。

 それは、映画館だった。面にある大きな看板には、映画の予告映像が流されている。

 といっても、その映像は立体映像だ。ちょうどそこには、ある映画に登場する魔王が映し出されており、映画館のビルの前に真っ黒で巨大な魔王が立ちはだかっているように見える。

 それを見たカチェリーナは、その魔王の恐ろしい形相に恐怖する。それを見た僕は、いたずら心に火がつく。僕は、カチェリーナに応える。


「あそこは映画館ですよ。」

「え、映画館、だと……?だが今、あのビルの前には巨大な化け物が……」

「いや、あそこは面白いところだよ。ちょっと行ってみましょう。」

「えっ!?あ、おい!」


 嫌がるカチェリーナの腕を引き、僕はその映画館に入る。真上にはまだ、先ほどの魔王が暴れていた。

 中は大勢の人でごった返している。中にも小さな予告映像のモニターがいくつも並び、今公開中の映画をやや大袈裟に宣伝している。その中の一つに、僕の目が止まる。


「ねえ、この映画なんて、いかがです?」


 見るからにおどろおどろしい雰囲気のその映画。カチェリーナは僕に尋ねる。


「な、なんだ、この映画は……」

「ええと、これは……ああ、ゾンビ映画らしいですよ。」

「ぞ、ゾンビ……だと?」


 ゾンビを作り出す施術師が、ゾンビと聞いて黙っているわけがない。カチェリーナの恐怖は、興味へと変わる。

 だが、ここに登場するゾンビは、カチェリーナの知るゾンビとはまるで違う。復活した死人であるということ以外は、全くの別物。人々を襲い、恐怖と混乱の渦に落とし入れるモンスター。それがこっちのゾンビだ。


「どうです?せっかくだから、これを観てみます?」

「ああ、観よう。」


 そんなことも知らないカチェリーナは、僕の誘いに乗って映画館の奥へと進んだ……


 ◇◇◇◇


 あの時と違うのは、カチェリーナが先導しているということだ。ビルの前に映る巨大立体映像などには目もくれず、映画館の中へと進む。そして、お目当ての映画の看板を探す。


「あったぞ!あれだ、あれが最新作だ!」

「ええ……あれを観るの?」

「何を言うか!行くぞ!」


 見るからに気味の悪い雰囲気の看板を見つけ、その下へと向かうカチェリーナ。僕も渋々、その後ろを追う。緑色で、顔や身体が腐敗した人の形をしたモンスターが、ゆらゆらと動き回るその映像の下にある入り口へと向かう。

 あと10分ほどで上映開始のようだ。それを見たカチェリーナは入り口にある券売機に、彼女と僕の電子マネーを当てる。出てきた2枚の券を引きちぎるように取ると、今度はそのすぐ脇にある店へと向かう。


「おい、ポップコーンだ!ポップコーンを買うぞ!」

「はいはい……」


 映画館といえば、ポップコーンだ。これは、ショッピングモールにある映画館でも同じ。このトウモロコシの粒を炒っただけの単純な食べ物に、彼女はなぜかこだわる。

 しかも、必ずステーキ味という、あまりポップコーンらしくない味を選ぶ。これも最初の映画館訪問の際に選んだ味なのだが、それ以来、映画館といえば彼女は必ずこのステーキ味だ。

 しかし、だ。ゾンビ映画といえば大抵、目の前で肉片が飛び散るシーンが何度も登場する。そんな中で何も肉味のポップコーンなんて選ばなくても……いや、元はと言えば、選んだのは僕だ。まさにあの時のいたずら心が、裏目に出るとはな。


 あの時は、まさかこの映画がカチェリーナの心にクリーンヒットするなんて思わなかった。あまり表情を出さない彼女だから、少し脅かしてやろうなんて思ったのが間違いだった。大きな容器に入ったポップコーンを2つ持たされた僕は、上映場所に向かって早足で歩くカチェリーナの後を追う。


 座席に着くと早速、ポップコーンをぽりぽりと食べ始めるカチェリーナ。まだスクリーンは真っ白のまま。観客がちらほらと入り始める中、彼女は一人、興奮気味にポップコーンを口に運んでいる。

 にしてもだ、意外とこの映画は、カップルが多いな……どちらかというと、女性側が恐怖を口にし、男がそれを宥めるという会話が聞こえてくるが、この夫婦だけはまるで違う。


「早く始まらないのか……早くゾンビが襲ってくるところが見たいと言うに……」


 あと2分ほどで始まるというのに、銀色の髪を揺らし、イライラしながら待つカチェリーナ。それを冷ややかな目で見る僕。

 と、ようやく劇場の照明が消える。


 目の前に、黒い霧で覆われた街が現れる。誰一人、見当たらないその街。その中を、3人の男女の集団が怪しげな武器を持って歩く。聞こえるのは、風の音と3人の足音のみ。そこで荘厳な音楽が流れ、大きな立体映像でこの映画のタイトルが現れる。

 これはカチェリーナがお気に入りのゾンビシリーズ映画で、ゾンビだらけになった街に潜入し、ゾンビを倒して街を取り戻す。毎度、そういう流れの映画だ。

 どうせ今回も、そういう話だろう……僕の求めるのんびり路線とは、まさに真逆の映画。つい1年ほど前にそれを見せてしまったばっかりに、最新作が出るたびに映画館に来る羽目になってしまった。まさか、戦艦の街でも観ることになるなんて……


 ああ、僕はふわふわ健康ランドに行きたい……あそこでのんびりと、絶景の中、ふわふわと空中に浮かんでいたい。

 しかし、目の前にはそんな僕の妄想をかき消すのに十分なほどのショッキングな映像が流れ出す。突然、空中から無数のゾンビ達が降ってくる。

 そのゾンビ目掛けて、銃を空に向けて一斉に撃ちまくる3人の主人公達。だが、空中から落ちてくるこの無数のゾンビの群れに、3人の銃撃など焼け石に水だ。ビルの下に逃げ込む主人公達。

 が、今度はビルの奥から大勢の緑色のゾンビが襲いかかってくる。撃っても撃っても、一向に衰える気配のないそのゾンビの群れ。だが、背後からは、空から舞い降りてきたゾンビ達も迫る。まさに、絶対絶命の3人。


 ……って、どうせうまいこと逃げられるんだろう。B級映画ならではの展開だ。にしてもこの主人公達の射撃は下手すぎる。僕だったらもう少しうまく当てるんだけどなぁ……などと思いながら、僕はカチェリーナの方を見る。


 すでに容器の半分のポップコーンがなくなっている。にもかかわらず、興奮気味にばりばりとポップコーンの消費速度を加速するカチェリーナ。なあカチェリーナよ、何ゆえこんなワンパターンな映画に毎度、興奮するのだ?


 で、その後、こんなところに地下道が、こんなところに街の生き残りが……という、都合の良く何かがタイミングよく現れる。あざとい幸運に助けられ、かろうじて難を逃れ続ける主人公達。

 だが、街の生き残り達もゾンビに襲われ、ゾンビに変えられて主人公達に襲いかかる。それを何とか潜り抜け、街の中心へと向かう3人。その時、カチェリーナが僕の(ひじ)を叩く。

 何事かと振り向くと、カチェリーナが僕の手の方をじっと睨み付けている。ああ、そういうことか……彼女の考えを察した僕は、さっとそれを差し出す。


 僕が差し出したポップコーンを奪い取るように受け取り、それを空になった彼女の容器の上に重ねると、再びボリボリとポップコーンを消費し始めるこの施術師。一方の映画の方といえば、最後の場面を迎えようとしていた。


 街の中心に立つ3人の主人公達。その3人の前に、一際大きなゾンビが現れる。

 ゾンビマスター。早い話が、この街の住人をゾンビに変えた張本人だ。それが主人公らの前に現れ、最後の決戦が始まる。

 一人が、頭を撃ち抜く。こっちのゾンビも、弱点は頭という設定になっている。だが、ゾンビマスターは倒れない。

 そう、この映画の毎度のパターン。ゾンビマスターだけはどこが弱点か分からない、という展開だ。

 しかもこのゾンビマスター、どういうわけか魔法やらビームやらを放つチート仕様。それらをかろうじて避けながら、何度目撃を仕掛ける3人。


 だが、そんな無敵のゾンビマスターも、ついに最後の時を迎える。


 一人が、左足の膝を撃ち抜く。するとそのゾンビマスターの動きが止まる。

 耳障りな叫び声をあげながら、もがき苦しみ、のたうちまわるゾンビマスター。が、やがてその身体が崩壊し、ついには巨大な塵の山へと変わり果てる。

 ラスボスが倒れると同時に、わざとらしく照りつけた夕陽に向かって、歩き去る3人。流れるエンドロール。


 そして館内が明るくなり、周りの観客らはぞろぞろと出始める。カチェリーナはといえば、僕に空のポップコーンの容器を押し付けて、一言発する。


「うん、今度の作品もためになった!これも今後の施術の参考になるぞ!」


 カチェリーナよ、あれのどこが施術の役に立つというのだ?この不可解な思考回路を持つ施術師を冷ややかな目で眺めながら、僕とカチェリーナは映画館を出る。

 暗い建物を出て、再び太陽灯の元に戻ってきた。あのゾンビ映画のラストシーンではないが、暗く息苦しい場所から解放されて、何だか清々しい。

 それからカチェリーナとともに、いつもの店に向かう。お目当ては、いつもの「ズコット」だ。


 僕は紅茶を飲みながら、ズコットを食べるカチェリーナをじっと見つめている。大戦を経験し、普段も人の死と向き合うこの施術師は、先ほどの映画の中身を蕩々と語る。


「まさか空からゾンビが降ってくるとは思わなんだ!それに何だ、あのゾンビマスターは!膝が弱点のゾンビなど、私は未だかつて聞いたことがないぞ!」


 一見すると映画批判のように聞こえるが、これが彼女なりの褒め言葉だ。そんな彼女の言葉を聞きながら、僕はチーズケーキをいただく。ふと、店内のショーケースに並べられたケーキやドーナツ、パイなどを、ぼんやりと眺める。

 それを見たカチェリーナが、僕に言う。


「なあ、ルイスよ。」

「なんだい?」

「……この後、行ってもいいぞ、あの、なんとか健康ランドとやらに。」


 これを聞いた瞬間、自分でも分かるくらいに顔面が笑みに変わった。


 それから、1時間後。


 僕とカチェリーナは、流れる雲の上を、ふわふわと浮かんでいた。

 ここはこの健康ランドで最も人気の施設、反重力テラピーだ。無重力の中を、心が洗われるような清々しい映像とともに浮かぶ。

 ああ、頭が空っぽになったように軽い。重力から解き放たれた身体に吹き付ける心地よい暖かな風は、この5日間の訓練でたまった疲れとストレスを洗い流してくれる。

 僕はふと、隣に浮かぶカチェリーナを見る。どちらかといえばこういう雰囲気の場所が苦手な彼女だが、今は大人しく、無重力に身を任せている。彼女の顔には、うっすらと笑みが浮かぶ。

 ああ、あれだ、さっきの映画のシーンを反芻(はんすう)しているんだな……僕は彼女の身体を引き寄せて、そっと抱き寄せる。

 30分間、僕とカチェリーナはこのほのぼのとした重さのない世界で、のんびりと過ごす。そしてそれから買い物をして、あの寿司詰め電車に乗り込み駆逐艦へと戻った。


 砲撃訓練の後の、殺伐とした映画に、ほのぼのとした無重力テラピー。真逆の感性を持つ夫婦をそれぞれ満足させてくれた戦艦の街を離れ、僕らは地球(アース)882へと向かう。


 だが、この時、僕らはまだ知らない。


 まさか、あの映画と同じような場面に出会す羽目になる運命が、迫っていたことを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ