其の陸
疲れた(体力不足)
さーっと襖が開き琥珀君が隣の部屋から顔を出す。
「えっとですね、狗辻さん。」
と言いながら私の元寝室、現私が今夜止まる部屋に入ってくる。
「取り敢えず地図を見てみたんですがこりゃあ大変ですよ。」
「大変って…何が?」
「察しが悪いですねぇ。」
―いや、失礼だな。琥珀君。
「辻が多いんですよ。ここら辺。近いところでも6つあります。ぎりぎりの闘いになるでしょうね、こりゃ。」
「ぎりぎり?私は現にこんなにも元気なんだよ?辻が5つや6つあっても、2日あれば普通に終わるでしょ?」
「なにを言っているんですか?狗辻さん。時間が無いんですよ、もうあなたには。」
―時間が…無い?
「つまりですね。多分あなたのリミットは明日ですよ。明日までに狗神を祓わないとまずいですね。死にます。」
きっぱりと琥珀君は言った。とてもすぐに、はい、そうですかと信じられるものではなかった。
こんなにも元気なのに、こんなにもいつも通りなのに、いきなり明日死ぬなんてことは信じられなかった。
「お呪いはですね、いつか解けるんですよ。勝手に解けていくはずなんですよ。その期間が長いか短いか。その場しのぎのお呪いなんてすぐに解けてしまいます。体に偽りを与えるお呪いなんてすぐに消えてしまいます。そして、その騙していた分は後々に全部あなたに帰ってきます。つまり、このお呪いが解けきる前に僕が犬が埋められた辻を見つけないとゲームオーバーなんですよ。」
明日に備えて今日は寝ますけどね。と琥珀君は付け足した。
お呪い。体の状態を偽るお呪い。痛み止めと同じようなもので痛みだけを消す。しかしその元凶は消えたわけでない。無茶をしてだまし続けるとより悪化する。つまりはそういう事である。
つまりリミットはあと24時間程ということである。
「私も探すよ。琥珀君。二人でやれば…。」
「言霊が見えないあなたが探して何になるんですか。ただ寿命を縮めるだけですよ。」
「でも…」
「木阿弥にもなりませんよ。ただの木片ですよ。意味のないことは本当に不必要です。状況を悪化させるだけですよ。ただ、それだけの行為です。」
言う通りである。私は無力感にさいなまれながら納得する。本当に私は琥珀君に助けてもらってばかりである。
しかしここでふと疑問に思う。
一体、琥珀君は何故私を、私のことを助けてくれると言ったのだろうか。
お金もいらない、なにも要らないと先ほど言っていたが何故そこまでして私を助けてくれるのであろうか?
「ねぇ、琥珀君。」
私は思い切って聞いてみる。
「なんで私なんかを助けようとしてくれたの?」
「理由ですか…」
琥珀君は顎に手を当てうーむと唸る。
「特にないですよ。別に何か見返りも求めていませんのでご安心を。ただ僕は、言霊が其処に有るから助けているだけですよ。」
無機質に、機械のデータに基づいた動作の様に言う。
「僕の、僕という化け物の存在意義ですよ。あなたを助けたのもそれですよ。」
あの時の言葉が思い返される。
確か琥珀君は化け物と一緒に、と言っていた。化け物は琥珀君を指すということが今解った。
では、本当の自分とは、本物の自分とは何なのであろう。
きっとそれが琥珀君の中でのこの案件であり、存在意義なのであろう。
本物の自分こそがきっと私がこれから成る姿であろう。
言霊に、呪いに左右されることなくいつも通りの私がきっと本物の自分なんだろう。
私はそう思い、勝手に納得していた。納得して議論を終わらせた。
それが、琥珀君の生きている世界観と全く的外れであったのは、また別のお話。
「さて、今日はもう僕は寝ますね。おやすみなさい。」
「うん、お休み。」
琥珀君はゆっくりと歩き、襖に手をかけて閉めようとする、とふと何かを思い出したかのようにこちらに振り向き言う。
「明日はおにぎりがいいです。なにせ1日中歩きますからね。具は塩でお願いします。美味しいのでね。」
「はいはい、解ったよ。用意しておくから。」
私は二つ返事で襖を閉めた。
「山が火を噴いたっ!」
そんな声がして私は目を開ける。見ると目の前にはもくもくと黒い噴煙を上げる山があった。
とても見覚えのある山であった。
「灰じゃ…灰が降ってきよった。終わりじゃ、もうこの村は終わりじゃ…。」
と映像が流れる。農夫らしき男が地面に降り積もる黒い粉、火山灰を手に掬い蹲る。と後ろから若い男が手を背中に添え言った。
「大丈夫じゃ。何とかなる。諦めなければ何とかなる。」
「無駄じゃ、もうこの土地は枯れた。ろくに冬も越せぬ。」
「大丈夫じゃ。大丈夫じゃ。きっと…。」
映像が流れる。と其処にはあるがりがりにやせ細った黒犬と先ほどの若い男がいた。
「済まぬ…済まぬ。」
と言いながら男は黒犬の体を斧でめったに切りつける。
ざくっ、ざくっという音とともに血が噴き出る。
私は思わずその場で吐いてしまった。
映像が流れる。
「我、今此処に飢えし犬一匹の首を七つ辻へと埋めん。」
と言いながら男は辻に穴を掘り、犬の生首を埋めている。と其処には、犬の頭には、何か小刀で文字を掘った後があった。
男がちょうど犬の生首を埋め終わったときに、私は目が覚めた。
とても恐ろしい夢であった。脳裏にあの犬の恨みのこもった眼がこびりついて離れない。
時計を見てみると今は朝の5時であった。
とまた、さーっと静かに襖が開いた。と琥珀君がゆっくりと私の方へと歩いてきた。
「では、行ってきます。くれぐれも布団から離れない様に。」
「待って。」
私は思わず琥珀君を止めた。あまりにも気持ちの悪い夢を見てしまったせいで、誰かに話して楽になりたくて、私は琥珀君に夢のことを全て話した。
「…七つ辻、ですね?」
「うん、確かそう言っていたよ。」
「そうですか。」
琥珀君はくるりと踵を返し廊下へと出る。
「琥珀君…」
「何ですか?狗辻さん?」
琥珀君は振り向かずに立ち止まる。
「よろしくね。」
私はそう告げて琥珀君を見送った。
琥珀君は何も言わずに歩いて行った。
後何個だっけ?