狗辻の狗祓い 其の零 其の壱
学校の賞に出す奴をここに貼っておきますね。
《其の零》
お呪い。子供のころによく母親が、「痛いの痛いのとんでけ~」。等とかけてくれたことはだれしもあるんじゃないかと思う。
でも、私、狗辻嵩之には、忘れられない。
忘れてはいけない、思い出がある。
それは、私が1年前に経験した、不可思議で、悲しいお話。
《其の壱》
最近、どうも体調があまり優れない。
五月蠅い目覚ましのアラームが鳴り響く朝に私、狗辻嵩之はその何とも粘土のような体とともに起床した。
窓からは朝日がさんさんと照り付け、小鳥は都会にもかかわらず楽し気に囀る。
朝食を作り、早く職場に行かなくはと思うが思ったように体が起き上がらない。
―少し熱っぽいのもある。体温を測り次第今日は仕事を休もう。
さて、と私はベッド横にある小棚をゆっくりと開け、クリーム色の体温計を取り出す。
熱を測る3分間。私はあまりにもの倦怠感に目を閉じる。
―やっちゃったかなぁ?新人時期にあまり風邪にはなりたくないんだけどなぁ。昔から何かあるとすぐに熱
が出ちゃうからなぁ…嫌だな。
と考えを脳内でがんがんとループさせているうちに、あの特有のピピっピピっという音が鳴った。
―さてさて、何度でしょうか?
目を半開きにして体温計に目をやるとそこには39.1と書かれていた。
「…えぇっと。これは多分1.6Èっていう事なのね。ってんなわけあるかぁ!」
逆さ向きに読んで現実逃避など出来るはずが無かった。
最悪である。ここまでひどいと病院に行くしかなくなってしまう。
はぁ。と深いため息をつく。深いため息なだけに体感不快指数はMaxである。全く。
とりあえず立ち上がりふらふらになりながら着替える為、服を脱ぎ鏡の前へと立つ。
―最近太っていたしこれでダイエットできるかなぁ?
とか呑気なことを考えながら、下着と白のブラウス、紺のロングスカートを箪笥から取り出し着替える。私
の私服と言ったらこれか学生時代のジャージのみなので特に可愛さとかを意識したファッションではないこ
とはわかるだろう。まあ、最近は働きづめだったのでファッションとかは全くどうでもいいことであったの
だが…。
着替え終わり、私は会社に連絡を入れるために携帯電話をバッグから取り出した。
…気が重い。熱のせいもあるのかも知れないが矢張りこの、新人のタイミングで休むのは気が引ける。
私はまた先ほどより深いため息をつきながら電話帳から「かいしゃ」と平仮名で書かれた画面をタッピングする。発信音がいつになくマイナス気分である。
彼は7コール目で電話に応答した。
「おお、狗辻ちゃん。どしたの?こんな朝早くに。なに、そんなに僕が恋しかったのかい?あはは、可愛いなぁ狗辻ちゃんは。」
―よりによってお前かよ!
私は何とか感情を抑え電話越しに怒鳴り散らすのを回避した。
親不知和尊。彼は稀に見る逸材で、上からも下からもとても評判が良い。
10年に一度の天才とも言われるほどに仕事ができる。私とは同期だったのでとても仲かよかった。しかし仲
が良かったのは3か月程のみである。彼には明かされていない、もう一つの面があったのだ。
彼、親不知和尊は10年に一度の天才でもあり、100年に一度のセクハラ野郎なのである。
彼としては「訴えられなかったらそりゃあセクハラじゃなくてラブコメだ!」とか言いそうだけど(まあ実際言ってたんだけど)彼の言動は、100文字喋るごとに1つや2つはセクハラが混じっている。ひどいときには全部がセクハラだった時もある。
まあ、結論を言うと。
風邪のときに、それも熱でひどい頭痛があるときになんて、絶対に話したくない相手である。
「ちっ、おはよう。」
「ねえねえ、今舌打ち的なやつが聞こえたけど…気のせいだよね?」
「うんうん。気のせい気のせい。」
―怒鳴らなかっただけまだいいでしょうが。
「声に出てるよ~。聞こえてるよ~。」
―あ、声に出ちゃった。
「あははは。そういうとこも可愛いよ狗辻ちゃん。これが巷で噂のツンデレってやつだね?」
「あんたに対してはツンじゃなくてズンにしてやろうか!」
「なんだよそんなツンドラみたいな表現。ズンデレ…それもいいかもねぇ。」
ふむふむと顎に手を当てて頷くのがわかるほど空気感が伝わってくる。
―だからデレ要素はないって言ってるんだよ!あー頭痛い!
「んで、ズンデレ狗辻ちゃん。今日はどうしたんだい?」
「誰がズンデレ狗辻だ!あんた張り倒すわよ!!!?」
「わーい!狗辻ちゃんにご褒美もらえる~!」
…駄目だわこいつ。もう人として手遅れだ。
はぁ。とため息をついて私は親不知に今日の体調と体温を伝え休むことを連絡した。
「えぇ!今日休むの!?今日狗辻ちゃん来ないの!?うーん、とりあえず病院に行って薬を貰って今日はゆっく
り寝てね。良かったら僕がお見舞いにでも何でも行ってあげるから楽しみに待ってて~。」
「最後の一言で感謝の念が吹っ飛んだわ!…まあ、心配ありがと。」
親不知はこんな性格だが根は優しい奴だから中々訴えられない。まあ、いい友達…なのだと思う。多分。
電話を切り、ふぅ。とため息をついた。少し会話が面白かったから元気が出た。これを狙っているのだとしたら彼は相当天才である。まあ、ないとは思うが…。
さて、今のうちに病院に行きましょうかね。と立ち上がり財布をポーチに入れ玄関へと足を向ける。靴はい
つも通り黒のスニーカーを履き、ドアを開ける。思っていた通りの晴天で8月の妙にジメジメした空気をか
き分け外へと体を運ぶ。
毎日投降したい(願望)