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奴隷魔族の転生者  作者: 九重音寧々
第一章 39番の奴隷生活
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五話 奴隷たちの異変

 リエル王妃が訪ねてきてから、数日ほど経っただろうか。彼女はほぼ毎日といっていいほど、39番に対して顔を出していた。

 相当に自分のことが気に入ったらしい。


 まぁ、ここにいるほかの奴隷たちは、理性というものがないのだから当然のように注目は、39番に集まるというものだろう。


 リエル王妃が研究所に来て一番良かったことは、研究者たちの態度が変わったこと。どこでも兵士たちの目があるうちは、下手なことはできないだろう。

 といってもやはり奴隷は奴隷。暴力はましとはいったとはいえ、日常的に行われている。


「まったく、本当に女の子の顔を殴るなんてなってませんわねぇ」

「まぁ、私を対等に扱う人なんてここにはいないですね」

「それでも、貴女は生きているのですわ。“生き物は、皆平等でなければならないのです”」


 彼女の言葉にどこか違和感があった。

 首を傾げてリエル王妃を見つめると、首を傾げ返された。気のせいだと、39番は気にしないことにする。


「それでですね、39番さん」

 39番の思考を遮るように、リエル王妃は口を開いた。


「今日は外に出てみませんか?」

「え、外に? 無理ですよ」

「無理じゃありませんわ」

「……外に出ると、私は自動的に眠らせれてしまいます」


 前にも述べた通り、39番は手首と首に枷をつけられている。自動的に奴隷を無力化するものだ。脱走などはその最たるものである。


「大丈夫ですわ、今日は局長の協力を取り付けたので。すぐ近場の湖なら、ピクニックに行けます」

「局長の……?」


 いくら王族の命令とはいえ、あの局長が素直に言うことを聞くとは思えない。いや、あの局長だからこそ、体裁を気にして言うことを聞くのだろうか。

 考えたところで、答えは分からないだろう。


「分かりました」


 申し出はありがたく受けておくことにした。

 正直、窮屈な研究所の中。軽蔑の目。慣れてきたとはいえ、精神が削られていくのは変わりなかった。少しでも息抜きができるのならと、外に出歩くのはあってもない機会である。


「それじゃあ、早速行きましょう」

 リエル王妃は、嬉しそうに笑顔を見せて39番の手を引いた。




 リエル王妃に手を引かれて、外を歩く。自由ってわけではないが、久しぶりの外で39番の心が高鳴る。

 研究所で監視されていない。囲いで囲われていない。それだけでも、幸福を感じることができるというのは、素晴らしいことではないだろうか。

 それが、仮の自由だとしても。


 背後には数名の兵士たちが護衛としてついてきていた。目は鋭い。王妃に何かあればただでは済まさないとでもいう感じだ。

 彼らは忠誠心で動いている。当然の反応だ。


「この先を抜けると、きれいな湖があるんですのよ? 知ってましたか?」


 首を横に振る。

 この世界のことなど、研究所の中のことしか知らない。


 39番は外に出たことないのだから。


「そうですか……」


 一瞬、リエル王妃は悲しそうな顔を見せた。すぐに笑顔を見せる。


「なら、わたくしができる限り貴女を連れまわして見せますわ。いつか、その日が来ると約束しましょう」

 彼女は鼻息を荒くして、そういった。

「そう来るように、願っておきますね」

「いえ、絶対その日が訪れますわ。わたくしの父に誓って約束いたします」


 例えその約束が嘘でも、今の39番の支えになるには十分だった。

 あぁ、この少女は本当に真っすぐだ。こんな少女こそ、国を引っ張っていくべきなのだろう。ただそれにしてはあまりにも幼くて危なっかしすぎる。

 だからこそ、周りの者たちがしっかりとしなければならない。


 ふと、あの男がいないことに気が付いた。


「あの、金髪の騎士はどうしたのですか?」

「金髪? あぁ、ラングニルですか。ラングニルは本国への定期報告や、食料の管理。兵士たちの教育に、わたくしの代わりに執務など色々と忙しいのですの」

「……へぇ~」

「それでも、いざといった時は助けに来てくれる頼れる団長ですのよ」


 自分のことでもないのに、リエル王妃はドヤ顔で言い放った。


「信用しているんですね」

「もちろん、父の時から優秀な騎士でしたから」

 嬉しそうに笑う彼女の瞳の奥には、純粋な色が浮かんでいた。本当に心の底から信頼していることが見て取れる。

 信頼のおける仲間がいるというのは、実に良いことである。自分にとって信頼のおける部下というのは、いなかったなと生前の思い出がよみがえる。

 そこがまた一つの間違いだったのだろう。


 リエル王妃と39番一行は、少し手入れされていない道を歩いていく。小枝は散らばっているし、砂利道には雑草が生えている。しばらく誰も使われていないってことが分かった。

 よくもまぁ、こんなところからきれいな湖があると分かったなと嘆息する。


「ラングニルが言ってましたの。この先にきれいな湖があるって。わたくしの疲れを見て取ってか、そこで癒してきてくださいって言ってましたわ。まったく、世話焼きにもほどがありますわよね」

「世話を焼いてくれる部下がいることは幸せなことですよ」

「どうしてそう思うのかしら?」

「人は、他人のことなどどうでも良いですから」


 この言葉は、自分自身に対してだった。王妃は小首をかしげていた。


「大丈夫ですよ。こちらのことです」


 39番は取り繕った笑みを浮かべた。ため息を吐きたいのを寸前のところで止める。


 聞こえてくるのは、39番とリエル。そして、背後からついてくる兵士たちの足音。あとは風の音と鳥のさえずりくらいのものだった。

 静寂を裂いたのは、先に偵察に行っていた兵士のものである。


「ご報告いたします!」


 若い兵士は片膝をついた。頭を下げてリエル王妃に敬意を露わにする。


「湖周辺の魔物は出来る限り追い払いました。安全は確保しましたので、どうぞご安心してお過ごしください」

「ご苦労様ですわ。下がってよろしいです」

「はっ」


 兵士は立ち上がって後ろに下がる。39番とすれ違いざま、視線が交わった気がした。





 湖は透き通っていて、湖底まで見ることができる。不思議な水草があちらこちらに生えており、見たこともない魚が泳いでいる。

 ためしに水に手を突っ込んでみる。とても冷たくて気持ちいい。水自体はさらさらとしていて、肌になじむようにして零れ落ちていく。


「思った以上に、良いところですわね」

 横からの風を受けて、リエル王妃は髪の毛を抑える。

「気持ちいいですわ」


 リエル王妃は背筋を伸ばした。本当に気持ちよさそうな顔を見ると、普段は気が抜けない立場にいることがわかる。

 16歳で王としての責任を負うのは、どれだけの重圧がかかるのだろうか。

 39番でも若くして部長という立場についていた。一会社の責任のある立場。比べ物にならないだろうけど、心労は少しくらいなら理解できる。


 王妃は童心に帰ったように楽しそうに走り出した。ローブを脱ぎ、スカートが短めのワンピース姿が露わになった。靴を脱いで靴下を脱いで、そのまま湖に足を突っ込む。


「つめたーい! ほら、39番さん、ボーっとしてないでこちらにいらっしゃいな」


 リエル王妃は39番に対して手を伸ばした。39番は手を取った。


「隙ありですわ!」


 直後、手を思いっきり引っ張られる。急なことだったので、ちょっとした力で体勢を崩してしまった。

 そのまま頭から突っ込むようにして、湖に飛び込む。大きな水しぶきが、立ち上った。


 冷たかった。目が覚めるような感覚が、全身を包み込む。

 顔をあげる。面白そうに笑みを称えたリエル王妃が目に入った。


「もう、何するんですか」

「ふふふ、ボーっとしてるのが悪いんですのよ」


 頭を振って、体を振る。無意識に動物みたいに水気を取る。最後に尻尾を振って、ついた水分を取る。

 我に返って、顔を真っ赤にした。自分が獣人族(ビースト)としての本能が、体に染みついていることに気が付いた。元々人間だった39番からは恥ずかしかった。


「可愛い、子狐ちゃん。顔を真っ赤にして、どうしたの?」


 さらに煽るようにしてリエル王妃が口を開く。


「……」

「あらあら、顔を俯かせちゃって。可愛いですわね」

「……」

「え? 本当にどうしたの? わたくし、やりすぎちゃいました?」

「……」


 心配して近寄ってくる。俯いている39番の顔を覗き込もうとする。直後、39番はニヤリと笑った。


「隙あり!」


 彼女を力強く推した。思わぬことで体勢を崩した王女は、水の中に転倒した。大きな水しぶきがあがる。

 水しぶきがなくなると、びしょ濡れになって尻もちついた王女がそこにいた。

 一国の主にこんなことするのはどうかと思うが、先に仕掛けたのはリエル王妃のほうだ。それならば遠慮しない。


「もう、何しますのよ~」


 彼女は立ち上がり、スカートの端をしぼって水気を取っていた。

 びしょ濡れになった彼女のワンピースは体に張りついていた。目立つのは豊満な胸である。この世界にもブラジャーという概念はあるらしい、透けて見えるのは白い下着であった。パンツのほうは、ぎりぎり見えない。

 少女のあられもない姿が見れたわけだが、39番はギリギリ顔に出さず堪える。

 まだ二週間も経ってないわけだが、自分だって少女の身体になっているわけだ。それなりに見慣れている……はずである。

 そういえば、自分ってかなりきわどい恰好しているよなぁって、今更ながらに思う。


「お返しですわよ!」


 少し思いに耽っていた39番の顔に向かって、水しぶきが飛ばされる。思いがけないことに、体をのけぞらせてしまった。


「やりましたね!」

「油断は大敵ですわよ!」


 二人はしばらく水しぶきをかけあって遊びあった。


 39番は、奴隷だということを忘れて。

 リエル王妃は、一国の主だということを忘れて。


 今の二人の間に、身分の差はなかった。ただ友達して、水を遊びあった。


 39番が異変に気が付いたのは、それからほどなくしてだった。


「どうしましたの?」


 髪の水気を取りながら、リエル王妃が首を傾げる。

 39番は耳を動かして、辺りを探っていた。やけに静かである。その理由は、すぐにわかった。


「兵士たちがいない……」

「……え?」

「見張っているはずの兵士たちはどこに行きました?」

「どこって……」


 二人の動向を監視するかのように、兵士たちは十人ほど立っていた。一国の主を放ったらかしにしてどこかに行くなど考えにくい。奴隷と二人きりにするなんてもってのほかである。

 何かあったと考えるしかない。


「リエル王妃。ここを勧めた人間はラングニルさんであっていますよね?」

「どうしてそんなことを?」

「重要なことなんです!」

「え、えっとラングニルが、近くに良い場所があるって言って……」


 ラングニル。あの、ラングニルが? いやいや、まさか。


 そんな否定を吹き飛ばすように、大きな衝撃が起きた。身体の体勢を崩しそうになるほどの衝撃である。数秒後、数人の兵士たちが飛んでくる。

 兵士たちの鎧は何か攻撃を受けたかのように、壊れかけていた。顔は血まみれで、虫の息である。


「お前たち! どうしたと言うんですの!?」


 慌てたリエル王妃が駆け寄っていく。兵士の一人の頭を王妃は起こした。


「お……お逃げください」

「な、何が?」

「王妃……あ、あなたははめられたのです」

 それだけ言うと、兵士の身体は動かなくなった。


 泣くリエル王妃に、39番は近寄った。彼女の隣に膝をついて、兵士の状態を確かめる。

 息はあった。まだ死んではいない。今すぐにでも治療を受けさえすれば、助かる見込みは十分あるに違いない。

 ただ素人である39番は治療どころか応急治療することさえできない。


 いや、今の状況応急処置などしている暇などない。


「リエル王妃、下がってください」

「……あぁ」


 呆然とする彼女の手を取って、無理やり立たせる。そのままゆっくりと後ろに下がる。

 目線の先には、四人。否、四匹の影が現れた。


 正体は奴隷たちだった。首輪も手かせも外されている。

 赤い瞳は皆、血走っている。牙をむき出しにしている。涎を垂らしている。理性がないように、小さく唸っている。

 オスは体が大きくなっていた。毛を逆立たせて、筋肉が盛り上がっている。あのときの黒狐(こくこ)と同じ状況だ。

 メスたちは皆一様にこちらを睨んでいた。手と口元には血がついている。


 彼らがただの状態でないことは火を見るよりも明らかであった。

 研究所の人間に何かをされた。それだけは分かる。


 王妃を襲う。ただそれだけのために、異世界人の魂はさらにひどく壊されていた。


「あいつら……」


 王妃をかばいながら、39番は小さく唸る。


「あいつら、どれだけ私たちを愚弄すれば気が済むんだ!」

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