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~序章~ 手違いというものは人為的に引き起こされるもので

 自分が成功者だという自覚は大いにある。イケメンだし、金持ちだし、可愛い彼女もいる。一つ不服があるとすれば、部下の教育が面倒くさいということだろうか。


「ど、どうか許してください……」


 目前で土下座する男の頭を見やる。瞳は侮蔑の色が混じっていた。

 呆れてため息も出ない。何回謝ったところで、結果は覆らない。ダメなものはダメ、その結果を受け入れてさっさと去ってほしい。


「そう言ったっても君。それで、何か結果を残したのか?」

「それは……その」


 言い淀む。

 眼前の男は、こうやって自分の命を繋いできたのだ。頭を下げ、平服し、問い詰められれば誤魔化そうとする。

 本当に、どうしようもない男だ。


「うちの会社も、君みたいな給料泥棒をいつまでも養ってる余裕はないんだよ」

「だ、だけど……わ、私には子どもも妻も」

「じゃあ、家族のために何か努力したのか?」

「……そ、それは」


 言えないのは当たり前だ。この男は、何もしてこなかったのだ。


 例えば、そこでパソコンをいじっている男。最初はパソコンなど素人同然だった。だけど、彼は検定まで受けて会社に貢献しようと努力した。

 例えば、そこでお茶請けしている女。最初は礼儀すらなっていなかった。だけど、上司の教育指導をめげずに受けて会社に貢献しようと努力した。

 例えば、自分。25歳という若くして部長になった。学歴など関係なく、仕事に没頭した。上司に褒められるように体裁も整えた。会社に貢献しようと努力したのは言うまでもない。


 25歳の若造に怒られる40近くのオヤジ。一体全体どういう気持ちなんだろうな。

 いや、どういう気持ちもないだろう。誇りがあれば、年下に頭を下げるなんてことはしない。名誉挽回のチャンスをかってでるはずだ。


 本当にどうしようもない。


「何もしない君の代わりは、たくさんいるんだ」

「ですが……」

「しつこい、君はクビだと言っている」


 告げられた言葉に男は愕然としている。なぜ、クビにならないと思ったのか。なぜ、今までこの男はクビにならなかったのか。


 男は足にすり寄ってくる。そこをなんとかと泣きついてくる。


「しつこいと言ってるだろう!」

 

 あまりの醜さに、思わず声を荒げてしまった。

 彼は転がるようにして、足から離れていった。


「とにかくクビだ。これ以上私の前に顔を出すな。反吐が出る」

「……っ」


 男は悔しそうな顔をして立ち上がった。肩を落として、くたびれたスーツを直そうともせずにオフィスから出て行った。

 オフィス全体の人間は見送ろうともしなかった。当たり前だという空気のまま仕事が続いていく。


「……ふー」

 

 息を吹き、椅子に深く腰掛ける。



          ◇



 仕事は定時に終わる。オーバーワークは大敵である。効率も悪くなるし、体も壊す。良いことなどどこにもない。

 電車を使って、20分かけて帰る。同棲している彼女が待っている。


 あぁ、幸せだ。とても幸せだ。


 ドスっ!


「……ん?」


 鈍い音がした。遅れて熱さが背中から伝わってくる。

 何が、あった?


「はぁはぁ、ざ、ざまぁみやがれ。俺を甘く見るからこうなるんだ!」


 息を荒げた男の声。聞き覚えのある声。聞きたくなかった声。


 ゆっくりと振り返る。そこには先ほどクビにした男が立っていた。手には血の付いたナイフを持っている。

 あぁ、もしかして刺された?


「きゃああああああ」


 周囲の違和感に気が付いた通行人が悲鳴を上げた。その声に動揺して、男はナイフを落として走り去っていった。

 残された自分は膝をついて、倒れる。


 熱さが寒さに変わっていく。これはやばい。もしかしなくても死ぬ。


 クソ、なんでだよ。悪態をつこうと口を開いたが声が出ない。手に力が入らない。

 

 そうだよな。追い詰められた人間なんて、理性もなく本能で動くものだよな。確か教育係にあまり部下に厳しくし過ぎるなって言われていたっけ?

 今更ながら、自分の指導の甘さに後悔が沸いてきた。


 あぁ、地面が真っ赤に染まっていく。これ、自分の血だ。この量は、助からない。素人でもわかる。

 

 いやだ。生きたい。その想いが強く駆け巡っていく。


『その願い、聞き届けました』


 頭の中で声が響いた。澄んだ女の声だ。

 だれだ? 疑問を返すと、声は素直に応えてくれた。


『私は神。転生の女神。あなたを同じ世界に生き返らすことはできませんが、違う世界で生き返らせてあげましょう』


 つまりこれは、異世界転生ってやつか? チートものでよくあるやつ?


『そうです。実際異世界転生など珍しくありません』


 はは、それはいい。この世界に思い残すことがないとなれば嘘になるが、新しい世界で生きるのも良いかもしれない。自分なら成功する。なぜなら今も成功者なのだから。

 だったら、生き返らせてくれ。イケメンに。強く。勇者として。魔王を倒して。ハーレムを。


『わかりました。あなたにはすべての加護を与えましょう。真剣なる信徒には素晴らしき世界を』


 第二の人生か。次の自分はどうなるのだろうか。王国でも作るか。指導者として民を導くか。魔王を倒した後は隠居生活もいいな。

 とりあえず次は、刺されることがないようにしないとな。人の恨みは怖い。思い知らされたから。


『では、あな……か』


 ……?


 変だ。頭に響いていた声にノイズがかかって聞こえなくなる。


『ふふ、成功だ』


 代わりに響いたのは、男の声だった。どこかドスの効いた、頭の中をかき回すような気持ち悪い声。


『おい、目を開けろ。聞こえてるんだろ?』


 気がつけば、体の熱さや寒さも消えていた。痛みもない。

 むしろ何かに浮かんでいるような感覚があってとても気持ちいい。このまどろみにもう少し使っていたいという欲望が支配してくる。


『おい、起きろ! 俺を苛立たせるな!!』


 そのまどろみを、声が邪魔をした。目を開ける。


「ごぼっ!」


 気持ちよかったのは、何かの溶液に浸かっていたからだ。溺れないようにするためか、口には人工呼吸器みたいなのをつけられていた。

 容器に入れられている。何かの容器に。それしか判断ができなかった。


 ガラス先にいたのは、白髪交じりの男だった。白衣を着こんでおり、手には何かのカルテを持っていた。顔には深い皺が刻まれている。どこか聡明そうで、それでいて圧が強そうな印象だ。


『生命維持は問題ないな。それじゃあ、今から出してやる』


 容器から液体が抜かれていく。前面のガラスが開いて、無理やり体が放りだされる。

 痛くはなかった。しかし、どこか屈辱だ。何をするんだと言い返そうとしても声は出ない。どころか体が動かなくて、立ち上がることもできない。


「ふむ、筋肉組織はまだ確立されていないみたいだな。まったく世話が焼けるやつだ」


 彼はどこかイラついたように舌打ちを交えた。見下すように目を細める。


「お前はこれから奴隷番号、39番だ」

「ど、奴隷……?」


 男は何も言わずに、腹を蹴っ飛ばした。


「口を開くのは、はいという時だけだ分かったか? 39番」

「は、はい……」


 体に刻まれる、圧倒的な恐怖。逆らってはいけないと、本能が告げている。

 なぜか気丈な自分はどこかへ追いやられていた。


 あぁ、そうか。自分は奴隷なんだ。異世界から召喚された奴隷。あの男もこんな気持ちだったのだろうか。今となっては確認するすべはどこにもない。


 腹を抑えてせき込んでいる39番をよそに、男は髪をかき上げた。


「ようこそ、異世界へ。せいぜい楽しんでくれたまえ」

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