6話
6話
「……(もきゅもきゅもきゅ)」
「どれだけ食べるんですか……」
現在オレはスラム街を抜けた先をもっと抜けた先にある、大通りに面している食堂でご飯を貪り食べている。
嬉しいことにシドが全部奢ってくれるらしいので、遠慮はいらないだろう。
それにしても––オレは一旦手を止めて、周囲に目を向ける。
不思議なことに周囲の人々の視線がオレに向いているのだ。
試しに如何にも魔法使い風の男に目を向ける。
すると男はスッとこちらから目を逸らした。
……一体どう言うことだ?
「……シン様があまりにも可憐で、皆様は見惚れているんですよ」
シドが突然鳥肌が立つようなことを言い出した。
……何言ってんだコイツ。
––女になったオレの容姿は、黒色の髪、薄紫色の瞳、肌は健康的な小麦色。
……正直言って男の時も自分の容姿には無頓着だったオレには、この容姿がどれくらいなのか、サッパリだった。
「……?(もぐもぐもぐもぐ)」
「何言ってんだコイツ、みたいな顔してますが事実ですよ。貴女はもう少し自分の容姿に興味を持たれた方がよろしいかと」
そんなこと言われても、人の本質はそう簡単には変わらないから無理だ。
そんなことをする暇があるなら人をコロコロ……いや、美味しいものを食べたい。
「……ここの、めにゅーに載ってる料理ぜんぶください」
「けふっ。……お腹、いっぱい」
あれから無心にご飯を食べ続け、メニューに載っている料理を全て平らげた。
そんなオレを見てシドは絶句し、ニコニコ笑顔の店員さんに渡された請求書を見て笑みを凍りつかせていた。
「……で、話って、なに?」
「え、あ、はい。実は貴女に依頼したいことがあるのです」
シドの顔から笑みが消えて、真剣な表情に変わった。
オレも真剣な表情をつくり、応対する。
それを確認した彼は、チラリと周囲に目を向けて何かをつぶやいた。
「––防音の魔法結界を貼りました。これで周りに話の内容が伝わることはありません。……依頼についてですが、貴女に私の護衛とある人物の暗殺を頼みたいのです」
「……え」
「隠さなくても大丈夫です。きっとどこかの国から移動してきた高名な暗殺者なのでしょう?貴女が殺した男達ですが、実はアレうちの組織が開発した強化薬を投薬した、いわば強化人間なんですよ。……まあ強化された代わりに、本能のまま暴れたりするモノになってしまったんですが」
その言葉を聞いたオレは、半眼で彼を睨みつけた。
……コイツ、まじで狸だ。あの男達は脱走したんじゃない。
放たれたんだ。きっと性能……薬の効果がどれほどのものか調べるために。
それでオレを見つけた強化人間たちは襲いかかってきたんだな。
……返り討ちにして殺したけど。
これなら、アレらが傷だらけだったのにも納得がいくな。
シドの口ぶりからして、きっと制御できていなかったんだろう。捕らえておくのにも苦労したはずだ。
「アレらの実力は一人につき大凡B+〜A-ランク程度。それが15体。普通の人間ならまず死にますよね。しかし––貴女はそれを全滅させた。しかも全部、綺麗に首をスパッと」
「……」
そのランクがどの程度の実力を指すのかはわからないが……ここは話を合わせておいた方がいいだろう。
他国からやってきた、高名な暗殺者。
魔法知識に〈魔法王国シベルダ〉とかいう名前があったし、そこからやってきたことにしよう。
「……シベルダから、ここにきた。高くつくけど、依頼受ける、よ?」
オレが無表情でそう告げると、何かに驚いたのかシドは眼を見開いた。
しかしそれも一瞬で、すぐさま胡散臭い笑みを浮かべた。
「いいでしょう。前金として白金貨100枚を渡します。それで私の護衛とある人物の暗殺をお願いしたい」
シドは〈収納の指輪〉からアタッシュケースを取り出して、机の上に置いた。
結構な重量があるのか、机がミシミシと軋む音が聞こえる。
白金貨……どれくらいの価値なんだ?
このお店ではオーク肉のハンバーグとやらが銀貨1枚。綺麗な水が銅貨1枚だった。
ここから推測できるのは、銅貨1枚あたり100円、銀貨1枚あたり1000円といったところか。
その理由はこの世界の文明の発達度だ。
大通りを見る限り、糞尿などの汚物は落ちていなかった。
つまり下水は整備されている。
しかし、スラム街のような地域は存在している。
ということはこの世界……というよりこの国の文明は大体戦後すぐの日本くらい、と思われる。
それらを照らし合わせて、これくらいと推測した。
そうなると銀貨の上に金貨があるはずだ。
昔の日本の金銭は金の含有量でその価値を決めていた。
ならば金貨がないとおかしい。
金貨は大体……一万円くらいか?そのくらいじゃないと使いづらいだろうし。
ならば白金貨は百万円だな。理由はわかるだろうから省く。
ふむ、前金だけで一億円ね……。
それだけやばい仕事ということか?
だが自分の力量、才能を調べるチャンスだし、受けるか。
「……了承。仕事、受ける」
「ありがとうございます。それでは、依頼の詳細ですが––」
「……ここで話して、いいの?」
いくら防音しているとはいえ、こんなところでアタッシュケース等が用いられる取引があったら不自然だ。
その意を込めて聞いた。
するとシドはふふっと笑い、問題ないですよ、と言った。
「ここは、そういうところなんです。表向きは飲食店ですが、裏では闇ギルドをしているんです。あ、闇ギルドというのは、暗殺など表には出せない依頼を組織や個人に仲介する場所です」
「……なるほど。なら、いい」
オレは机の上に置かれているアタッシュケースを〈影収納〉で影空間にしまった。
うん、無一文から一気にお金持ちになったな。
ハイリスクハイリターンとはこういったことを言うのか?
「確認しなくてもよろしいのですか?」
オレがそのケースの中身を確認しないことに驚いたのか、シドが信じられないとでも言いたげに聞いてきた。
「……問題、なし。足りなければ、殺す、だけ」
「……そうですか。なら問題ないですね。では、依頼の詳細を」
依頼の内容は、これから6ヶ月間の彼の護衛と、その最終日にある人物の暗殺して欲しい。とのことだった。
その暗殺する人物についてはその日に言うらしい。
聞く限りでは実に簡単そうな仕事だ。
オレの技術の向上も図れて、なおかつお金ももらえる。
至れつくせりである。
「––それでは、これからよろしくお願いしますね?シン様」
「……よろしく」
こうして、オレの波乱万丈な日常が幕を開けた。……開ける、はず。