2話
2話
––また、足音が聞こえた。先ほどとは違い、今度はドンドンドンという大きな足音。大人の足音だ。
この子供の親かなにかだろうか。
「––オイくそガキッ!!獲物はちゃんと殺ったか……?ってオイオイ……」
現れたのは、身長だけはやたらと高く、痩せこけている男。
やばい薬をやっているのか、瞳は白く濁っていた。
その男はこちらを見るなり舌なめずりをして下卑た笑みを浮かべた。
ひどい寒気がした。
「オレにも運が回ってきたか……?ククク、えらい上玉じゃねえかぁ」
男はそういうなり、オレの頭を踏みつけてきた。
「ガッ?!」
「ハハッ。どっかのお嬢様がここに迷い込んできたのか……?ヒヒ」
するとまた、大きな足音が聞こえてきた。それも、複数の。
おそらく、この男の仲間か何かだろうか。
「ひひひ、やけに嬉しそうな声が聞こえると思ったら……そういうことか」
股間部が膨らんでいることを隠そうともしていない、3人の男が現れた。
そのうちの一人は、脇に何かを抱えている。
ひどい吐き気がした。
「チッ。独り占めは無理か……」
オレの頭を踏みつけている音が露骨に舌打ちをした。
「ハハハ、そう言うなって。詫びにこれでもやるからよ」
脇に何かを抱えている男はそう言って、脇に抱えている何かを、こちらに向かって投げつけてきた。
それは––少女の死体だった。
「ケッ。俺に死体とヤる趣味はないって––「なんで」……あ?」
小刻みに震える身体で、オレは男に問いかける。
「なんで、こんなことするんだよ……!」
怖かった。この死体を見て、自分が今からどうなるのかを理解してしまったから。
それも、お腹の痛みを感じなくなってしまうほどに。
すると三人組の男のうちの一人が、ご丁寧にも答えてくれた。
「はっ!そんなん、「生きるため」に決まってんだろぉ?」
「……生きる、ため?」
「そうだ!俺たちが殺すのは生きるためだ!女を犯すのも生きるためだ!ひひ、咎める奴なんていねえ。何をしてもいいんだよ!!」
その男の発言に、オレは言葉を失った。
ははは、そうか。生きるためか。そうか、そうか……。
不思議と、笑いが込み上げてきた。
「ふひ、ははは」
そんな笑みを見て、男たちはつまらなさそうに、「あーあ、壊れちまったみたいだな」と、そう呟いていた。
––ああ、そうか。生きるためなら、人を殺しても、人から何を奪ってもいいんだ。
《肉体の適応が完了しました。能力と肉体の統合が完了しました》
オレはボロい鞘から短剣を引き抜き、オレを踏みつけている男の足の腱を斬り裂いた。
「……は––」
「ふひ、ひは、は」
不思議と、身体がとても軽い。自分の思った通りに身体が動いてくれる。
それがなんかおかしくて、笑みが溢れてしまう。
足に力を入れて、手を使わずに立ちあがる。バキリという地面に日々の入る音が聞こえたが、きっと気のせいだろう。
––まずバランスを崩し尻餅をついて、こちらを呆然と見つめている男の脳天に短剣を突き刺した。
頭蓋骨に阻まれるかと思ったが杞憂だったようで、見事男の頭が爆散した。……Why?
「ひッ……?!」
オレは地面を蹴って悲鳴をあげて逃げ出そうとした男たちに肉迫し、横薙ぎに首を搔き切った。
一切の抵抗を受けることなく、短剣は面白いように男たちの首を刎ねた。首の断面から、ブシャーと赤色の鮮血が吹き出す。
「ふふ、ひひひ」
ああなんだ、とっても簡単じゃないか。––人を殺すのって。
生暖かい血が頰に付着するが、なぜかそれがとても心地よくて。
どうやらオレの頭のネジは緩むどころか吹き飛んでしまったみたいだ。
「……ひぃ、ぁ……」
小さな子供のか細い悲鳴が聞こえた。ああ、そうだ。オレのお腹を刺した子供がまだ残って……ん?
オレは自分の腹をさすった。そこには傷も、刺さっていたはずの短剣も無くなっていた。……どういうことだ?
「……まあいい、や。……死ね」
短剣を子供の頭めがけて投擲した。見事命中!パァンと子供の頭は爆散し、頭を失った胴体は音を立てて地に伏した。
「……ふひひ」
なにも感じなかった。いや、感じるものはあったが、思っていたものと違ったというのが正しいか。
……さっき聞こえた、《肉体の適応が完了しました》とかいう声がなにか関係しているのだろうか?
「––そのとーり!」
「ッ?!」
突然背後から女性のものと思われる声が聞こえたため、オレは咄嗟に裏拳を放った。
しかしその拳は、その声の主人に容易く受け止められてしまった。
「もー、危ないなぁ。そんな子にはお仕置きしちゃうぞ?」
「……!?」
背後から抱きしめられ、背中になにか柔らかいものが押し当てられた。
オレは当然それを振りほどこうとして––身体がビクとも動かないことに気がついた。
「もー、随分と粗暴な子だなぁ。外見は可愛いのに」
耳元のすぐそばから聞こえる声に、くすぐったくて思わず身体をびくりと揺らしてしまう。
「んー?もしかしなくても耳が弱いのかな?……まあ今は別にいいや。時間もないし」
声と背中にあたる柔らかい感触。そして女性特有の甘い匂いから、オレを抱きしめている人物が女性だということはわかった。
そしてその姿形を確認しようと首を動かそうとするが、まるで身体がそれを見ることを拒んでいるのかのようにやはり全く動かなかった。
「ワタシの姿なんてどうでもいいだろう?––さて、こんにちは、こんばんは。それともおはようかな?ワタシの名前はソフィー。この世界の神様をやらせてもらっている。よろしくね、シンくん」
……はい?神さま……?!
突然の「私神様」発言に、オレは目を白黒させて驚いてしまう。
孤児院にも厨二病を発症させてイタイ子になってしまった子もいたけど、流石に神様を名乗った子はいなかった。つまりこの子は……、
「いや厨二病じゃないからね?!」
「……」
否定されたが、到底信じられるわけがない。しかしそうやって無意味に否定し続けたら話しが進まないのでとりあえず信じることにしよう。
「別に君に信じられようがなかろうがどうでもいいんだけどね。ただ説明しに来ただけだし」
「説明?」
もしかして、この女性はオレがここにいる原因を知っているのだろうか?