11話
お待たせしました。
11話
人混みの中を駆ける。人と人との間を潜り抜け、ただただ駆ける。
手錠の輪っか部分を斬るための刃物を探す余裕なんて一切ない。
もしそんなことをすれば後ろから追いかけてきているエネドラに追いつかれてしまうだろう。
……本当にこの身体の身長が低くて助かった。
もしも身長があと数センチ高ければ、人と人との間を駆け抜けるのにもう少し手間取っただろうし。
そんなこんなで走り続けて数十分。
人の多くいる大通りをわざわざ駆け抜けることによって、エネドラが魔法を発動できないように妨害していたのだが……。
Sランク冒険者が血相を変えて何かを追っているという事実は瞬く間に広がり、王都のどの場所にも人が居なくなってしまっていた。
……おかしいな。外だけならともかく、人の住居にさえ気配がないっていうのはどういうことだ?
ってそんなことより、この状況はまずいぞ。もし魔法を全方位で展開なんてされたら大変なことになるぞ……?主にオレが。
そんなオレの思いを知ってか知らずか、エネドラはピタリと足を止めて口を開いた。
「……ようやく人がいなくなったか」
エネドラがそう言葉を発した瞬間、彼の身からオレのおおよそ三倍以上もの魔力が解き放たれた。
そのとてつもない威圧感のせいで、オレは一瞬足を止めてしまった。そう、止めてしまったのだ。
「–––〈魔装:妖精の王〉起動」
––シャリン……シャリン……シャリン……。
どこからか、鈴の鳴る音が聞こえた。
鈴の音が聞こえるということは、その音を鳴らしている何かはオレの〈気配感知〉の反応範囲内に入っているはず。
それなのに、オレの〈気配感知〉には一切の反応がない。
––シャリーン……シャリーン……シャリーン……。
静けさの増した程度に響き渡る鈴の音は、こちらに向かって近づいてきているのか段々と音が大きくなっている。
鈴の音に気を取られていたオレは、慌ててすぐさまその場から走り出そうとして––すでにもう、全てが手遅れだった。
ヒタリと、首になにか冷たいものが押し当てられた。
すると不思議なことに、オレの身体はまるで凍り付いてしまったかのように、動けなくなってしまった。
背中に押し当てられている柔らかいもの。芳しい花の香り。
これらのことから、オレに触れているのは人であれば女性であることがわかる。
……ということは、首筋に押し当てられているのは手、か?
「––オベロン。状況的にこの仔を捕まえればいいのかしら?」
万物を魅了してしまいそうな魅惑的な声。
しかしそこにはねっとりとしたような気持ち悪さはなく、むしろずっと聞いていたいと思ってしまうほどだ。
なんだかあたまが、ぼんやりとしてきた。
「ああ、そうだ。チトセが帰ってくるまで捕まえておいてくれ。……っておい!魅了はするなと言っておいたはずだが?」
「使ってないわよ。……どうやらこの仔、鼻とか耳––五感が良過ぎるみたい。ついでに言うと、妖精族の血も混ざっているようね。そのせいで、私の〈妖魅の香〉に当てられちゃったみたい」
「……マジかよ。妖精の血が混ざってるって、妖精と人間の間じゃ子をなすのは無理だったはずだが?」
「そうねぇ。……この仔、この世界の人間じゃないみたい」
えねどらとだれかが、なにやら深刻そうなこわいろで話し合っているみたいだが、あたまがぼーっとしてうまくききとれない。
頭を撫でられた時のような痺れるような幸福感とは違い、まるで至高の存在に気にかけてもらえているような、溢れんばかりの満足感がオレの頭の中を支配していた。
もっとこの声を聞いていたい。もっとこのかおりにあてられていたい。
––って違う!
オレは僅かに残っていた理性を総動員させて、ほおを思いっきりつねった。
オレの保有しているデメリット能力〈頭部感度上昇〉は、頭部のあらゆる感度を上昇させる。
つまり、頭部からの痛みも通常の人の数倍感じるようになってしまうということ。
「––〜〜〜〜ッ!!!」
お腹にナイフを刺された時並みに痛かった。でもまあそのおかげか、靄がかっていた思考はクリアになり、ボヤけていた視界も元に戻った。
「ッ!な––」
「う、あああああ!!!!」
動かないはずの身体を無理やり動かして、女性の拘束を振り払う。
まさか拘束を振りほどかれると思っていなかったのか、簡単に振り払えた。
––地面に着地したオレはすぐさま地を蹴り、エネドラたちから距離を取る。
……さっきのオレの状態はおそらく、かかってしまうと一番厄介な魅了の類だろう。
主に夢魔や妖精の類が保有している固有スキルで、その危険さから一時期見つけ次第殺害しろとの命令が世界各地で下されていたことがあった。
魅了系統能力は、本当にそれほどまで危険なものなのだ。
「ふーっ、ふーっ、ふーッ……!」
唇を思いっきり噛む。途轍もなく痛いが、こうでもしていないと正気を保っていられないのだ。
また魅了されて仕舞えばそれこそ一巻の終わりだ。
魅了系統能力は一種の幻覚作用のようなものなので、強い痛みや魅了系統能力を使用した術者よりも保有している魔力が多ければ効果はない。
しかしオレは先程この女性に魅了されていた。
ということはつまり、この女性の保有魔力はオレを大きく上回っているということだ。
と、そこでオレは改めて警戒しながら女性を観察する。
艶のあるサラサラとしたまるで黒曜石のような昏さと輝きを持つ髪。
まるで太陽の光を反射することで光り輝く月のような黄金色をした瞳。
口もとにはどんな男性でもころっといってしまいそうな妖しい笑みを浮かべていて、肌は病的に……まではいかないが白い。
体系はでるとこは出ていて、引っ込むところはしっかりと引っ込んでいる。
まさにボン・キュッ・ボン。まるで男性の夢を全て詰め込んだような姿をしている。
ペタ・ツル・ペタなオレとは正反対の体型だ。
……別に羨ましいとかそんなものはないからな?
「うふふ。必死に威嚇しちゃって……。ブラッドナイトウルフが服従する前の最後の威嚇みたいでかわいいわねぇ」
「っ!う、ぅぅぅうぅぅう!!」
おかしい。なにがおかしいかって、唇が裂けてしまうくらい力強く噛んでいるはずなのに、あたまがぼやけてきたのだ。
美人だけどやばい女性がまたオレを捕まえようと近づいてきているのに、身体が思い通りに動いてくれない。
だが––その程度でオレが諦めるはずがない。
この痛みで魅了されそうになるのなら、他の策を取ればいいのだ。
というわけでオレは、ゆっくりと右手をあげる。
「っ!ティターニア、気を付けろ。何かするつもりだ」
「ええ、わかっているわよ。ほんの少し漏れてただけの〈妖魅の香〉だったけれど、彼女はそれから脱したんだもの。きっとなにか––」
なぜか警戒するかのように、動きを止めたやばい女性。
いまが好機!とオレは右手で右耳を引きちぎれるレベルでつねった。
ガクンと身体の力が抜けて、地面に尻餅をついてしまう。
「––ゔぅぅぅ〜〜〜〜〜ッ!!!!」
涙が出そうに……はならない。どうやらこの身体は涙腺も死んでいるようだ。
あれ、おかしいな。最近泣いたような覚えが……、気のせいか?
そんな悶えているオレをやばい女性とエネドラはなんとも言えない表情で見ていて、お互いに顔を見合わせた。
「……もしかして、この仔」
「……仕方ない。やってみてくれ」
酷い痛みに耐えながら、オレは足をガクガクと震わせながら立ち上がる。
そして顔を上げると、やばい女性と目が合ってしまった。
「––〈妖精女王の魅了〉」
その言葉がオレの耳に入った瞬間、オレの視界が一面真っ白に染まり––はじけた。
「は、へ…………?」
視界も思考も白一色。ただただ心地のいい幸福感が全てを支配していて、なにもかもがどうでもよく感じてしまう。
ああだめだ。もう何もかもがどうでもよく、なっちゃう……。
「…………(びくんびくん)」
「……なんか事案後みたいになってるが」
「……一応、魅了術の最下級呪術を使ったのだけれど、効きすぎちゃうみたいね」
主人公をいじめ隊!
昔かいたやつを上げてみたのでお暇があれば見ていってください。
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