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ドゥームセイヤー 破滅の予言者の物語  作者: ほうばなみ
第二章――中つ国
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5. 夜

 夕暮れが近い。森の中を走る道路の片隅で一台の電気自動車が故障して止まっていた。インホイールモーターが焼きついて煙を噴いている。片隅で若い女性が車を何とか動かそうと努力していた。


「動いて! 動いてよ!」


 娘はホイールを蹴飛ばした。が、状況は一向に改善しない。


 彼女はハンドバッグから携帯端末を取り出した。辺りは既に薄暗くなってきている。


「ええ、ええ。とにかく車の位置情報を送ります。すぐにお願いします」

『――落ち着いて。もうすぐ日が暮れますから車の中に退避してください』


 スピーカーからそう指示する声がした。


 通信を切った娘は不安げに辺りをうかがった。森の闇は深い。そのとき、ひんやりとした冷気が流れてきた。その冷気に打たれた背筋を悪寒が奔った。死がすぐそこに迫っている。恐怖に駆られた彼女はドアノブを引いて車の中に入ろうとした。だが、ドアは開かない。


「開いて!」


 叫んだが無駄だった。


 かすかな気配がして娘は振り返った。だが、そこには何もいない。ほっとした娘はふとサイドミラーを見た。ミラーの中には禍々しいものが今にも襲わんと身構えていた。


「!」


 怪物は目にもとまらぬ速さで娘の首筋に取り付くと、生き血を吸った。やがて肌から生気が失われていき、娘はその場に崩れ落ちた。怪物は満足したのか闇の中へ姿を消した。


         ※


 夜の帳が下りた。橙色に染まっていたガラスが藍色になりやがて暗くなった。


 ドゥームセイヤーは意識を外に飛ばした。


「何か来るな」

「来るのはガイスト。この世のものではないわ」


 アギが言った。


「はあん」


 相変わらず気のない返事だ。


「ヒルコもガイストも同じ意味だよ。そう言えば分かるだろ?」


 ザマがフォローした。


「ああ、そんなのがいたな」


 この期に及んでも呑気である。


「雑魚だ」

「君にとっては雑魚かもしれないけどね――」

「早く鍵を閉めて!」


 ザマとアギは部屋中のシャッターを降ろしはじめた。ドゥームセイヤーはというと、ぼんやりそれを眺めている。


「入口を閉めて!」


 アギが声を張り上げた。


「聞こえないの? 入口よ!」


 ドゥームセイヤーは命令されるのに慣れていなかった。彼女はポカンとあっけにとられた。ここでは彼女の地位など何ほどの意味も持たない。


「私に命令するのか?」

「何様のつもりよ!」

「ドゥームセイヤー様だ」


 真顔である。


「ハイハイ。いいから入口を閉めて」


 アギは呆れ顔だ。


 にもかかわらずドゥームセイヤーがもたもたしていると、


「早く!」


 さすがのアギもいらだった。普段は穏やかだが、いらだちはじめると沸点に達するのが早いのかもしれない。


「そう急かすな」


 ドアが完全に閉じられるとアギは傍らに置かれていたかんぬきを金具に挿した。それが済むと緊張でこわばった背中が丸くなった。


「ふう」


 彼女は安堵のため息をもらした。


「何をそんなに怖れる? ここは守られてる。安全だ」

「寝言はガイストに喰われてからにしたら?」


 アギはにらんだ。


「寝言だ?」

「寝言よ。夢から覚めて現実をみなさい」


         ※


 それからアギとザマはまんじりともせずに朝が来るのを待った。やがて扉の隙間から冷気が吹き込んできた。


 アギはその冷気に敏感に反応した。


「ガイストが来る!」

「ここまで来るとは大物だな」


 ザマが言った。


「はい」


 アギはうなずいた。城壁外とはいえ、教会を襲撃するガイストはほとんどいない。


 悪霊の気配か、調度品がカタカタと揺れ、一段と冷気が強まった。照明が明滅をはじめ、ついに完全に消えてしまった。


「非常用電源は?」


 ザマの声に呼応したアギは壁の配電盤をいじってみた。が、反応がない。


「駄目です!」

「近づいてるな」


 ドゥームセイヤーはどこか他人事である。


 ようやく懐中電灯が見つかったそのとき、扉をガリガリと削る音が聞こえてきた。


「来た!」


 ザマは慌てて自室に戻ると机の引き出しからリボルバー式のピストルを取り出し、銀の弾をシリンダーにこめた。


「ゾレン神の威光が薄れたからガイストが地上を徘徊する様になったんだ。だが、この銀の魔弾にはザインの女神の霊力が込められている」

「それは違うな。やつらは銀に弱い。それだけだ」

「君!」


 ザマは思わずたしなめた。


 扉を削る音は止まない。ザマは扉越しに呼びかけた。


「どなたです? 女神の信者?」


 応えはなかった。ガリガリとこすれる嫌な音だけがなおも続いたが、やがてぷっつりと途絶えた。


 ほっと安堵のため息を漏らした二人だったが、暗闇の中、どれだけ時間が経ったのか感覚が狂いはじめた。音もなく、しんとした空気が流れた。


         ※


「今何時なんでしょう?」


 耐えかねたのか、アギが尋ねた。


「分からん」


 ザマは首を振った。


「気をつけろ。まだ近くにいるぞ」


 ドゥームセイヤーはようやく真面目な表情になった。


 外で小鳥のさえずりが聞こえた気がした。みると、サッシの隙間からわずかに光が漏れてきた。


「朝です」


 ほっとした声でアギがつぶやいた。


「やれやれ、ひと安心だな」


 ザマは漏れる光を覗いた。


「待て、これはまやかしだ」


 ドゥームセイヤーは警戒を解いてない。


「いや、確かに光が差し込んでるよ」

「日の光が差せば、もう襲ってこないわ」


 アギは入口の扉のかんぬきを引き抜こうとした。


「やめないか!」


 ドゥームセイヤーはアギを止めようとした。


「大丈夫よ」


 誰に言うでもなくつぶやくアギの表情はまるで魅入られたがごとくである。


「チャームされてるな」


 ドゥームセイヤーはアギとザマの顔を見比べた。


「なら勝手にしろ」


 アギはかんぬきを抜き、扉を開いた。


「大丈夫でしょう、ほら――」


 そう言いかけてアギは息を呑んだ。外はまだ漆黒の闇であった。


 ごうっとした強い風が吹き込んだ。その冷たさが悪寒となって背筋を駆け抜けた。アギは慌てて扉を閉め、かんぬきを差し込もうとした。が、突然扉に圧力がかかった。力は次第に強くなり、半ば差し込まれたかんぬきが歪みはじめた。


「気をつけろ! 扉が破られるぞ!」


 アギは慌てて物陰に隠れ、縮こまった。メキメキと砕ける音とともにとうとう扉が破られた。


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