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ドゥームセイヤー 破滅の予言者の物語  作者: ほうばなみ
第二章――中つ国
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4. 創世神話

「彼女にはここの手伝いをしてもらっていてね」


 ドゥームセイヤーは立ち上がると、寝かされていた小部屋の扉を開けた。その先は古びた礼拝堂だった。そこに流れる空気は不快なもので、肌が粟だち、彼女は無意識に両腕で体を覆い隠した。


「嫌な空気だ……」


 部屋の隅にくくりつけられている宝剣がかたり、と揺れた。アギはちらりと目をやったが、そのまま無視した。


「ここはね、ザインの女神を祀る教会なのよ。でも今はゾレン神の千年紀だから寂れてるけど」

「千年紀の終わりも近い。あと一世紀もしないうちにここは人で賑わうことになるだろうね」

「なら今は乱世だな」

「ええ」


 アギはうなずいた。


「信仰は薄れ、人々は生きることに価値を見出せなくなってる」


 ザマも慨嘆した。


「だが、そんな時代の方が私にとっては楽しい」


 ドゥームセイヤーは強がった。


 アギはそんな彼女をじっと見つめた。


「あなたには不思議なオーラがあるのね。本当にヒルコなのかも」

「だったら?」


 ドゥームセイヤーは背筋を凍らせる不敵な笑みを浮かべた。


 アギは動じない。彼女は微笑みながら尋ねた。


「本当の名は何なの?」


 ドゥームセイヤーは拍子抜けした。この娘は自分の正体を見破っているのか、そんな思惑もあてが外れた。


「他に名などない」

「ドゥームセイヤーなんて呼びにくいわ。ハンサムさんにしましょう。あなた、美形よ」

「別にDSでいいぞ」


 確かにドゥームセイヤーは美形というにふさわしい容貌であった。男ものの衣をまとってはいたが、匂いたつ美しさは誤魔化しようもない。


「ハンサム君、君は何か仕事ができるのかね?」


 ザマが尋ねた。


「もし君さえよければ、ここの仕事を手伝ってもらえないかと思ってね」

「あなた、ズマの市民権はあるの?」

「市民権……いや……」

「身元がしっかりしてれば知り合いを紹介してもいいけど。ともかく当座の職は必要でしょう?」

「その仕事とは?」

「それはこちらへ」


     ※


 ザマは別の小部屋に案内した。そこは書斎で、書庫やコンピュータが所狭しと並んでいた。蔵書が壁の片隅に積み上げられている。


「今にも崩れそうだな」


 率直な言葉にザマは苦笑いした。


「いつか整理しようと思ってるんだけど、なかなかできなくてね。アギ君にもよく怒られてるよ」


 ドゥームセイヤーは机の上に無造作に置かれた論文と思しき書類を手にとった。やや硬い文体で書かれていたが、彼女はそれを読みはじめた。


 ――いにしえの記憶によれば<唯一なるもの>が混沌から、<存在>を司る女神ザインと<当為(とうい)>を司る男神ゾレンを生み出した。ザインの女神とゾレン神は<唯一なるもの>の周りをまわりながら混沌を切り開き次々と宇宙の星々を創造していった。銀河もそのとき生まれた。だがあるとき、男神ゾレンの千年紀にザインの女神が誤って『存在よ、あれ』と唱えてしまった。そのとき生まれたものはとても醜いもの、すなわちヒルコだった。ザイン神とゾレン神はその醜いものを中つ国に封じ込め、人に監視させることにした。そのとき神の目を逃れたものがいる。それがドゥームセイヤーだ。彼女は神にまつろわぬヒルコとして記憶された。彼らは千年紀の終わり、末法の世になると封印が弱まり、(うつ)し世に現れるという――


「ああ、それは私の論文。書きかけだがね。宇宙の創世神話を書きとめたものでね」

「ドゥームセイヤーなんてマイナーな超越者がでてくるのは、その論文くらいよ。その意味ではあなた、神話学に詳しいわね」


 ドゥームセイヤーは、ヒルコ? 私も醜いヒルコなのか? と疑問が脳裏に浮かんだが、質問することはやめ、代りに論文のページをめくった。


「――こんなものを調べてるのか」

「馬鹿にしちゃだめよ。私たちはどこから来てどこへ行くのか、論理的なものだけでは推し量れない何かが神話にはあるの」

「死生観、宇宙観、全てのものが神話に」


 ザマも言い添えた。


「私はこの神話は嫌いだ。だが少し興味が湧いてきた。<唯一なるもの>とは何だ? 私はそれが知りたい」

「<唯一なるもの>は宇宙の究極原理。<唯一なるもの>に人格の様なものはないというね。その下の天つ神はこの宇宙を統べる神。<存在>をつかさどるザインの女神と<1当為とうい>をつかさどるゾレン神の対なる主神がこの宇宙を治めてる訳」


 ザマが言った。


「<存在>と<当為(とうい)>は違う。その違いを理解すべしっていうのが天つ神の教えなのよ」


 アギが説明した。


「<存在>と<当為(とうい)>を平たくいえば、<ある>と<あるべき>ことかな、その二つの原理で宇宙は動いている訳」


 ドゥームセイヤーは記憶をたぐった。


「では国つ神は? 宇宙にはもっと多くの神がいたはずだ」

「国つ神とは……信仰を失った神のことよ」


 アギの口調はどこか寂しげだ。


「信仰を失った神ほど惨めなものはないの。落ちぶれて闇から闇へと彷徨うことになる。それがたとえかつて栄華を誇った神であっても」

「……」


 ドゥームセイヤーは『信仰を失った神』という言葉を噛みしめた。彼女自身、遥かな永い歳月をさまよっていた。心は空虚で喪失感によって占められていた。が、何を喪失したのかすら記憶が薄らいでいた。心の空白に耐えるには戦い続けるしかなかった。


「私はヒルコが国つ神のことではないかと仮説を立ててるんだ」


 ザマが言い添えた。


「はあん」


 しかし、あまり関心がない風である。


「国つ神はどこに消えてしまったのか、それも研究テーマなんだよ」

「消えたのではなく、姿を変えたとしたら?」


 ドゥームセイヤーは意味深な問いを投げ掛けた。


「例えば?」


 ザマの瞳が興味深いものを探り当てた様にきらりとした。


「かつて中つ国には世界帝国と呼ばれる強大な国家があった。その帝国は燎原の野火のごとくまたたく間に大陸を侵略・征服したという。なぜそんなことが可能だったと思う?」

「さあ、優れた騎兵の力や情報ネットワークの力かな」

「それもある。が、事は単純だ。強いものに右へならえしたのさ」

「右へならえ。面白い考えだね」

「逆らうものは見せしめで徹底的に破壊・殺戮する。それを怖れたものは降伏せざるを得ない。それがザインとゾレンのやり方だ」

「君の考えは我々が学んだものとはずいぶん違うんだね」

「異端というのかしら」


 アギが割って入った。


「いや、異端というのは正統があっての話だからね」

「そう。私はザイン・ゾレンの教えなぞ認めない」


 ドゥームセイヤーは低くささやいた。ザマとアギはその言葉に不気味さを覚えた。


「しかし、君の知識は面白い」


 ザマは気を取り直した。


「ふん、私の記憶はまだら模様だから役にはたたんよ」


 ドゥームセイヤーは自嘲気味だ。記憶の欠落は知識と知識を結びつける妨げになった。理解力・判断力はその欠落によって大きく力を削がれた。目を転じれば、神にまつろわぬものたちの記憶は信仰が失われるに従って薄れていった。そも超越者が生命をはぐくんだのではなかったのか? それとも原始的な生命から知性が育ち、それがやがて超越的意思に結実していったのか、今となってはそれすら定かでない。


     ※


 ふとみると窓の外の光が赤みを増して差し込んできた。夜が近い。


「いかん、もう夕方か」


 ザマがつぶやいた。


 その言葉でアギは壁時計に目をやった。


「あら、時計が止まってる」


 彼女は手首を返して自分の腕時計を確認した。


「これも! 止まってる!」

「む……」


 ザマも思わず自分の腕時計、続けて別室の時計を確認した。


「これもだ」


 時計という時計が全て止まってしまっていた。ザマとアギは思いがけない現象に震えた。二人はテレビジョンやコンピュータも確認したが、やはり正常に動作しない。


「今、何時?」

「分からん」


 二人の様子が急に慌しさを増した。


「今日は屋敷のものに連絡してここに泊まることにします」

「その方がいいだろう」

「どうした?」


 ドゥームセイヤーは慌しさの訳を尋ねた。


「夜が来るの」


 アギはそう言ってバッグから携帯端末を取り出した。


「――通じない!」


 通信もできない。


「SDSに救援を要請してくれ!」


 アギはSDSという自警団を呼ぶべく通信端末のダイヤルをプッシュした。が、やはり反応はない。


「駄目です! 回線が麻痺してます!」


 彼らは街の外で孤立したことをようやく認識した。


「これは……こんな事はかつてなかった」


 ザマは震えた。


「ふふ。なあに、特に異常なし。我、状況を制しけり」


 飽きたのか、ドゥームセイヤーは皮肉を口にすると外へ出ようとした。


「よしなさい。これは何かの予兆よ」


 アギが制止した。


「面白くなってきた」


 対するドゥームセイヤーは平然としていた。


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