3. 合わせ鏡
深夜遅くメナスはアパートメントに戻ると、鏡台の前に立った。男には似つかわしくない代物で、それだけが部屋の中で浮いている。左右の鏡を閉じ気味にすると合わせ鏡となった。合わせ鏡は無限に続いているが、その奥にかすかにこの世のものならぬ光景が浮かんだ。鏡面がゆらゆらと水面の様に揺れ、やがて人物の像を結んでいった。
「プリンチェプス――」
メナスが呼んだのはタカマガハラの大天衆だ。
「プリンチェプスはご存知でしょうか? 中つ国の南極で私は見ました。隠された箱舟を。アマテラスとは何者でしょう」
「それは旧神話だ。完全には消えていなかったか」
「箱舟は破壊しました。今は銅鐸が一つ残されているだけです」
「旧神話に関するものは全て破却せよ」
「もはや全てを復旧したとしても断片に過ぎないはずですが」
「断片すら残すな」
その声は厳しく冷たい。
「ザマという男がいたな」
「はい」
「記憶を消せ」
「記憶を? ザマは良き男ですが」
「全てを消し去れ。旧神話は堕落の源だ」
メナスは考え込みおし黙っていたが、重い口を開いた。
「……かしこまりました」
メナスはふと以前に感じた疑問を思い出した。彼はおずおずと疑問を口にした。
「プリンチェプス、お訊きしたいことがあります」
「なんだ」
「なぜ天衆は千年紀の終わりに記憶をリセットされるのでしょう」
プリンチェプスの瞳がギラりと光った。
「天衆は宇宙の万物を守る存在。おのれの関わりあいをもった存在にのみ肩入れすることは許されん。中立を守る、ゆえに記憶はリセットされる」
「しかし、疑問があります――」
海底に眠るワダツ・シティや崩壊した軌道エレベーターは何を意味するのか?
「もうよい」
プリンチェプスはいらだちを隠そうとはしない。
「お待ちください!」
が、異空間とのつながりは絶たれ、鏡は元に戻った。
※
一方、ドゥームセイヤーは廃屋で眠りについていた。目を閉じたまま、彼女は従者を呼んだ。
「フェイト」
傍らに影が浮かび、小人の姿となった。
「なんでがんす?」
「ザマを守れ」
「御意……」
小人は再び影となり、その影は消えた。
ドゥームセイヤーはふとウコン少年のことを思い出した。ジョセフィンの姿で街中を歩くときは、注意を惹かず人ごみに紛れ込む術を使っているのだが、彼は違った。
「あの少年、暗示が通じなかった。成長すれば使いものになるやもしれん」
ドゥームセイヤーは考えを巡らせ、虚空から宝珠を取り出し掌でもてあそんだ。
「これを与えれば……いや、時間が残されてないか」
ウコンに英雄としての力を与え、復活した千年紀の王を討たせる、ちらりとそんな事を考えたが、それは別の想いも呼び覚ました。彼女はこれまで無数の英雄を冥界の河で送っていた。少年には酷な運命だと考え直した。
「あれからどれくらいの刻が経ったか……」
彼女はふとジョセフィンのモデルとした娘を思い出した。




