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ドゥームセイヤー 破滅の予言者の物語  作者: ほうばなみ
第四章――月の光、太陽の影
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3. 南極

 二人は客室に案内された。二人は座席につき、シートベルトを装着すると離陸に備えた。


「南極か、取材したかったな」

「今回は我慢して。特別な旅だから」

「仕方ないね。でもデスクの許可をもらうのが大変だったよ」

「結果次第では記事を書いてもいいから。それは後で判断しましょう」


 機長のアナウンスが流れた。しばらくすると機体がかすかに揺れて動き出した。メナスは窓の外を眺めた。景色が早送りの映像の様に流れていく。輸送機は加速し急激に速度を上げていった。Gで体がシートに押し付けられる。一瞬、底が抜ける感覚がし、空に舞い上がった輸送機はやがて大きく旋回した。


 輸送機が予定した航路に乗ると、アガタが話しかけた。


「これを見て」


 アガタがデータパッドを出して操作すると、立体構造図がディスプレイに表示された。


「一帯をスキャンした結果よ。地底湖に凄く巨大な構造物が眠ってる」


 地下の広大な空洞に巨大なカプセルが浮かんでいる。


「これは……遺跡?」

「多分、旧神話時代の」


 メナスは驚いた。旧神話時代の痕跡が手つかずで残されている。歴史的発見に違いない。


「なるほど……俺を呼んだ理由が分かったよ」


 メナスはようやく納得した。


「しばらく休んだ方がいいわ。到着するのは一〇時間くらい後だから」


 そういうと、アガタはシートを倒して目をつぶった。


 メナスはアガタの寝顔はこんな感じなのかなと考えながら、自分も休むことにした。


 目をつぶったメナスはそのままアガタに尋ねた。


「なあアガタ、南極の遺跡って何だって思ってるんだ?」

「まだ謎ね」

「どういう経緯で?」

「うちの研究者が過去の気候変動を測定しようとして氷原でボーリング調査したの。氷柱から色んなデータが採取できるから。で、その試掘で偶然空洞がみつかったの。でもカプセル内部に入ったものはまだ誰もいないわ」

「へえ」

「まるで侵入者を拒んでるみたいだって調査した人間は言ってたわね」

「この旅で何か結果が出せるのかな?」

「分からない。ただ見学して帰るだけになるかも」


 それから沈黙が続いた。やがてメナスは眠りに落ちていった。


         ※


「メナス、そろそろよ」


 その言葉でメナスは目を覚ました。夢も見ない眠りだった。眼下に滑走路が見えた。そこが南極観測の拠点だ。

「あそこが基地なんだね」

「そう。ズマが南極に建設した観測基地よ」


 アガタの口調は普段と変わらない。告白は受け流したのか?


 輸送機はゆっくりと降下していき、やがて滑走路すれすれになった。と、ガクンと機体が揺れ、着陸した。


         ※


 輸送機を降りたメナスとアガタは基地に向け歩いていった。刺す様な空気の冷たさにメナスは身をすくめた。


 防寒設備の備えられた基地は多くの都市国家の出資で成り立っていて、ズマも有力な出資者だ。常駐する学者たちも多国籍の雰囲気が濃い。


「うちのブロックはあっちよ」


 メナスはアガタに案内されるままに歩いていった。専用のブロックがあるらしい。


         ※


 二人は防寒服に着替え、それから車輌置き場に向かった。レーテ家、正確にはレーテ資本のグループ企業のために用意されたブロックに中型の雪上車が停車していた。その姿は無骨で機能優先のデザインである。


「あれに乗るのか」


 ハッチは既に開かれていて、アガタたちの乗車を待っていた。


 メナスはおどけた調子でハッチの前で立ち止まった。


「レディファーストだったね」

「あら、優しいのね」


 この時代、レディファーストは必ずしも好ましい習慣ではない。治安の悪い地域で女性を先に乗り物に乗せればそのまま誘拐される危険もある。が、ここは南極だからもちろん心配無用である。


「どうぞ、お嬢様」

「ありがとう」


 アガタはそういうと雪上車に乗り込んだ。メナスも後に続いた。


 二人は雪上車に乗り込むと、エンジンをスタートさせた。小刻みな振動とともにキャタピラが回りはじめ、雪上車は一気に氷原に乗り出した。


         ※


 平坦で一面白の世界が続いた。風が降り積もった雪を巻き上げる。アガタはGPSを頼りに雪上車を走らせている。


「この下よ」

「なるほど」


 気象観測のために建設されたと思しき構造物が見えてきた。簡易的な天幕に似たものだ。


     ※    ※    ※


 天幕の中は思いのほか寒さが和らいでいた。みると巨大な重機が身を横たえ地底へと至る縦坑が掘られていた。地底での発見で急遽拡張されたものだ。


「こちらです」


 研究者が奥の縦坑に案内した。


 案内に従い、メナスとアガタは縦坑を往復するリフトに乗り込み、下っていった。鋼のケーブルが上下する。どれくらい経ったか、リフトは止まった。


「ここ?」


 メナスは思った。分厚い氷の中に空洞――むしろ氷のドームという方がふさわしい――がある。しかし、ここはさほど大きなドームではない。


「ここは副室で向こうに続いてるの」


 巨大なドームの周囲にいくつか副室があり、ここはその一つらしい。


「私はここでお待ちしておりますので」


 そういうと研究者は立ち止まった。


 メナスとアガタは二人きりでドームを進むことになった。二人は主室につながる隧道に入った。


「これは……確かに人工物だ」


 隧道はおそらくパイプ状なのだろう。壁は金属に合成樹脂をコーティングしているらしい。人の侵入を検知したのだろうか、突然灯りがともった。


「行きましょう」


 アガタは奥を指し示した。


 彼らは手探りのまま進んだ。やがて隧道は終点に至った。


「これは!」


 メナスは息を呑んだ。


 氷原の地下に広大な空洞、つまり主室がある。そこは透き通った水で満たされ、所々氷が浮かんでいる。あたかも地底湖だ。見ると、その中に何か影が見える。巨大なカプセルだ。


「入口はないのか」

「あそこが多分、そう」


 アガタは空洞の一角を指差した。近づいて見るとカプセルに至る桟橋が掛けられている。


「行きましょう」


 アガタは桟橋の先を指した。そこは水面からわずかに顔をのぞかせたカプセルの頂である。


 桟橋を渡りきるとカプセルの入口があった。そこは内部へ通じる門である。門はしかし壁で閉ざされていた。そこは装飾が施され古代文字が浮き彫りされている。


「何て読むんだろう?」


 メナスは内心驚いた。天衆である自分にも読めない文字がある。


「……絶望した者に告ぐ。最後の希望を得よ……」

「えっ?」


 アガタはこの古代文字が読める。絶望とは? では希望とは?


「……ここはアマノ……イワト……」


 アガタはうわごとの様に何かつぶやいた。アマノイワト、アガタは確かにそう言った。


「それはどういう意味?」

「分からない……まるで誰かの意識が私の中に流れ込んできたみたい……」


 アガタはうわのそらで壁に触れようとした。


 メナスは慌ててアガタの肩を引き寄せた。


「やめるんだ! 帰ろう! ここは危険だ」

「私を呼んでる……」


 制止を振り払ってアガタは壁に手を触れた。突如、金属の壁に波紋が浮かび波打った。


「な……」


 メナスは目を見張った。


 招き入れるかのごとく壁の一角に穴が開いた。継ぎ目も何もない平面に突如として開いた穴。形状記憶合金か? その先は暗く見えない。アガタは導かれる様に中に進んでいこうとした。


「いっちゃ駄目だ!」

「私には……見届ける義務がある……」


 アガタの声音はいつもと違う。


 彼女はメナスには構わず先に進んだ。メナスもやむを得ず後を追った。アガタ独りでは危険だ。


         ※


 南極の異変は廃屋で眠っていたドゥームセイヤーの知覚にもさざ波となって伝わった。まぶたをかすかに開けると、彼女はけだるげに身を起こした。


「南の極で何かが起こりつつある……」


 ドゥームセイヤーは目をつぶり、遠くで起こった事件の顛末を感じとろうとした。


「アギか。彼女に何が起こった?」


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