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ドゥームセイヤー 破滅の予言者の物語  作者: ほうばなみ
第三章――偽救世主
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14. 異端審問

 季節は初夏を迎えていた。街は瑞々しい生命力で覆われた。


 アガタは防壁の外にある監獄を訪れた。彼女は古びた地下牢に案内された。そこは主に政治犯を一時的に拘禁するところで、身柄を確保されたゼゼはそこに幽閉されていた。


「ここです」


 看守に従い、薄暗く湿った空気の中をアガタは進んだ。階段を降りると牢獄として使われているフロアがあった。そこはもう何十年も使われていないはずで、ゼゼが久方ぶりの囚人という訳である。


「スースセイヤー」


 アガタはゼゼに呼びかけた。


 ゼゼは独房の奥で瞑想していたが、目を開けると鉄格子のところまで歩み寄った。


「あなたはアガタ・レーテですね」

「ええ。この間のお礼と、それと誤解を解いておきたくて」

「じきに異端審問がはじまります。私の潔白はその際明らかになるでしょう」


 ゼゼはあくまで強気だ。


「私は十人衆の一員という立場上、あなたの味方はできません。ですが主義主張があるなら審問の場で堂々と主張すればいいでしょう。あなたのいう事に理があれば、人の心を動かすでしょうから」


 ゼゼは無言だ。


「参考人としてザマ神父に証言をお願いしました。彼ならあなたの力になるでしょう」


 時間が来た。アガタは看守から外に出るよう促された。


         ※


 月が改まって、異端審問が催されるというニュースはズマの庶民の間で大きな話題となった。およそ数百年ぶりの大事件である。審問には双子の大聖堂の間にあるアトリウムを利用することが決まった。


 異端審問の日、大聖堂の周囲には大勢の市民が集まった。ゼゼの奇蹟の恩恵を受けた者も多いので、審問の行方には皆大きな関心を持っていた。当初、非公開の予定だった異端審問は公開されることになり、大聖堂の周囲にはアトリウムに入りきれなかった市民たちが列をなした。彼らのために審問の様子は中継されることになった。

 アガタは十人衆の一員として招待され、アトリウムのよい場所に陣取った。一方で、メナスとサコンは記者たちに用意された席で審問の行方を見守っていた。


「メナス、この異端審問、どうなると思う」


 サコンが話を振った。


「さあ、火あぶりの刑とかじゃなきゃいいけど」


 そうはいいながら口調はそっけない。


「んな、アナクロな」


         ※


 ブザーが鳴り、ざわめきが静まった。看守に連れられゼゼが入ってきた。続けて審問官たる聖職者たちが入場してきた。特別に設けられた壇上に高位の聖職者が並んだ。右側には白い法衣を着たザイン派の聖職者、左側には黒い法衣を着た聖職者が並んだ。中央の席には現在の主流であるゾレン派の聖職者が座った。参考人として呼ばれたザマ神父も席に着いた。


「どうしてザイン派は白でゾレン派は黒なんだ?」


 サコンが尋ねた。


「白は純潔、黒は何ものにも染まらない中立を意味するのさ」


 ドゥームセイヤーがこの光景を見たら滑稽とあざ笑うであろう。かつてザイン派とゾレン派は激しい抗争を繰り返した。それはあたかも異なる文明が覇を競うがごとしであった。しかも彼らは同じ聖典を抱くもの達であった。ともかくもそうやって彼らは活力を得、勢力を伸ばし、他の信仰を過去のものとしてきたのである。が、それも既に遥かな古代の出来事であった。


 廷吏役の聖職者が宣誓書を読み上げた。


「対なる主神ザイン神とゾレン神の名の下に良心に従い公正に審議し評決することを誓いますか?」

「誓います」


 審問官たちは口々にいった。


「参考人クランド・ザマ、よろしいでしょうか?」


 廷吏がザマをうながした。


「はい。誓います」

「それでは審問を開始する。審問を受ける者は証言台へ」


 ゼゼは席を立ち、証言台に立った。


「審問を受ける者に訊く。名はなんという?」

「スースセイヤー」


 ゼゼは胸を張って答えた。


「それは通称だろう。本名を言いたまえ」

「私の名はスースセイヤーである」


 ゼゼは頑として態度を変えない。


「……君は銀山の鉱夫サカツコ・ゼゼであろう」


 聴衆席からくすくすと笑いが漏れた。


「その名は過去のものである。今はザインの女神の(しもべ)、スースセイヤーだ」

「君の言いたいことは分かった。では次に訴状を朗読する。一つ、スースセイヤーことゼゼはザイン派を名乗りながら教会組織に所属せず、女神の名を騙り、信仰を捨て邪教に改宗する様民衆に迫った。二つ、ゼゼは次なる千年紀の王と自称し、民衆を扇動、特にアマゴを占拠した暴徒たちと接触し、既存の秩序を破壊しようと謀り事をした。三つ、ゼゼはズマ・シティにおいて、免許なしに祈祷と称した医療行為を行なった。ゼゼ、何か意見は?」


 ゼゼは無言であった。


「では、これより審問をはじめる。まずゼゼ、異端であることを認め、懺悔するか? 認めるならば、罪は減じられよう」

「私は千年紀の王。予言者にして預言者。私の行ないが全てであり、私こそ正統である」


 審問官たちは苦笑いをこらえた。


「ゼゼ。君は祈祷と称した治療行為を行ない、医師による治療を妨げた。結果、病人は死に至った。そう告発されている。起訴事実を認めるかね?」


 おそらくゼゼに泥を投げた男が告発したのだろう。


「その者は私が赴いたとき既に死んでいた。私の行ないは死者を黄泉の淵から呼び戻すものではない」


 ゼゼはきっぱりと答えた。


「では、祈祷とは何だ? 具体的に何をした?」

「シティに蔓延した病はジンリンというヒルコの発する瘴気が元凶だ。私はレーテの屋敷においてそのヒルコを滅した」


 その言葉にアガタは思わず立ち上がった。


「レーテです。その件は私とザマ神父が証人になります。実は……私どもの不始末なのです。強力なガイストが私の使用人にとり憑きました。ゼゼはそれを祓ったのです」


 ザマもすかさずフォローした。


「私も証言します。ズマを襲った伝染病は、そのガイストの瘴気だったのです――」

「参考人および傍聴席は静粛に」


 審問官はアガタたちの言葉をさえぎった。傍聴席のアガタに発言権はない。アガタは渋々座った。


 別の審問官が言った。


「アマゴの暴徒と接触したという証拠物件がある。サオ・ソトオシという者から君に指示を請う信書だ。君がアマゴの暴徒を煽動している疑いは極めて濃い。何か意見は?」

「アマゴの少年たちは私のよき理解者であろう。しかし、今までに接触した事実はない」

「アマゴの暴徒はガイストを操り、SDS自警団の小隊を壊滅に追い込んだという」


 傍聴席から驚きのため息が漏れた。


「ガイストを操るのは禁じられた秘術だ。これを破れば極刑は免れない。ゼゼ、君はザインの女神の教えを説くといいながら、一方では禁断の秘術に手を伸ばしている。これは大いなる矛盾ではないか?」

「私はガイストと無関係だ。いや、知っている。アマゴに巣くうガイストはザインの女神御自ら退治なさった」


 審問官たちは顔を見合わせた。


「馬鹿馬鹿しい。君はそれを目撃したとでもいうのかね」


 傍聴中のメナスは考えた。確かにナシロの供述ではガイストはザインの女神によって消滅させられたらしい。しかし、ゼゼとアマゴのつながりが今ひとつ見えてこない。


「私はザインの女神の声を聴くことができる」


 審問官たちは低く含み笑いした。


「ではゼゼ。話を元に戻そう。君はザインの女神の教えを説いているそうだね」

「確かに」


 ゼゼは頷いた。


「更にあろうことかスースセイヤーと名乗っている。スースセイヤーとは古語(ベーシック)で予言者の意味だ。では君に訊きたい。君が真に予言者なら未来を予知できるはずだ。このズマはどうなるかね?」


 預言者は得てして社会情勢に通じたものだ。透徹した頭脳の持ち主はものごとの本質をえぐり出し、その行く末を指し示す。ゼゼは今まさに試されている。


「ズマには旧神話を甦らせようと図る者がいる。その裏切者にザインの女神の天罰が下されるであろう」


 次の瞬間、はははっ! と失笑が漏れた。参考人席のザマは明らかに困惑した表情だ。アガタも今の発言は信じられない、という顔である。


「今、何を笑ったんだ?」


 サコンは突然の失笑に当惑した。


「ああ、ザインの女神に天罰はありえないんだよ。ゼゼはそんな知識もないのか」


 メナスは苦々しい顔だ。


「いや、門外漢には何がなんだかさっぱりだよ」

「まあ、聖職者しか判らないかもな」


 そう言ってメナスははっとした。ゼゼは旧神話を甦らせようとする者がズマにいると言う。それはやはりザマやアガタではないか。


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