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ドゥームセイヤー 破滅の予言者の物語  作者: ほうばなみ
第三章――偽救世主
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9. 舞姫

 ザマはメナスが帰った後も執筆に没頭していた。ふと顔を上げると執務室の入口に男が立っている。


「……あなたは旧神話を調べてるのですね」


 ふいにゼゼが口火を切った。


「そうだが。君は?」

「すぐに全てを破棄しなさい。あなたの行ないは神への冒涜です」


 それはあたかも宣告するがごとくだ。


「私は旧神話の研究が人類の歴史を解く鍵になると思ってるから」

「そうですか。ザインの女神の怒りは深いですよ。では」


 ゼゼはそれだけ言い残すと、すぐに教会から出て行った。


 ザマは突然の闖入者に唖然として、しばらくの間仕事が手につかなかった。


         ※


 メナスが礼拝堂に飛び込むと、ゼゼもザマの執務室から出てきたところだった。二人は歩みを止め、にらみ合った。


「ゼゼだな?」

「あなたは?」

「俺はメナス。ズマ・ニュース・エージェンシーの記者だ」

「それは世を忍ぶ仮の姿でしょう?」


 メナスは驚いた。この男は自分の正体を見抜いているのか?


 ゼゼの声音が変わった。


「我は次なる千年紀の王、スースセイヤー」

「ザインの女神に選ばれたか」

「そう。あなたはゾレン神の命を受け動いているのですね。ですが、もうあなたの存在意義はないでしょう。去りなさい」

「残念ながらそれはできない。俺はヒルコを封印せねばならん」

「ほう、面白い話ですね。どうぞご自由に」

「俺は認めないぞ。王などと」


 メナスはにらんだ。


「女神が私を選んだのです」

「お前は何かが違う。これは何かの間違いだ」


 女神が選ぶ王は穏やかな変化をうながす目立たない触媒のはず。


「何も間違ってなどいはしませんよ。女神のお導きのまま動くのみです」


 そういうとゼゼはメナスには構わず外に出ていった。


 今また、女神の(しもべ)が動きはじめた。メナスは彼の背をみつめるのみだ。ザインの女神が背後にいるのか。


 ザイン、ゾレンいずれの世でも活動可能なメナスは知っている。対なる主神は決して一枚岩ではなく、唯一絶対神となる機会をひそかにうかがっていることを。だが、それは何らかの理由で封じられている。その理由は秘密のベールの奥だった。


     ※    ※    ※


 週が改まり、メナスとアガタはドウシツの邸宅を訪ねた。ドウシツが伝染病に倒れたと聞いたのだ。ドウシツは自室でふせっていた。


「すみませんな。わざわざ見舞ってもらって」


 畳敷きの部屋で、ドウシツは蒲団から身を起こすと、かすれた声で言った。


「いえ、いつもお世話になってますし」


 アガタは言った。


「しかし、はやり病だから、あまり外出するのもよくない」

「ここ数日病の勢いは衰えてるそうですわ」

「大分、人通りも戻ってます」


 メナスも口添えした。


「そうかね」


 ドウシツは咳きこんだ。


「わしは病気なぞほとんどしなかったが、流石にこの歳になるときついわい」

「でしょうねえ」


 アガタが相槌をうった。


「おお、そういえば最近変わった踊りがはやってるそうでな」

「踊り? メナス、知ってる?」

「いや」

「なんでも若い娘だそうだが、聴いたことのないリズムに合わせて優雅に舞うそうでな。一度観てみたいものだよ」

「まあ、ドウシツさんがそんなことおっしゃるなんて」

「まだまだ枯れておりませんぞ。それに若い頃はこれでも(かぶ)いておりましてな」

「かぶく?」


 メナスは聞き慣れない言葉にきょとんとした。


「奇抜な衣装を着たり、自由奔放な振る舞いをすることね」


 アガタが説明した。


「今評判を呼んでるそうな。一度観ておきなされ」


         ※


 ドウシツの邸宅を出たアガタとメナスはシティの外れにある円形劇場に向かった。サコンからの情報によるとズマの外から流れてきた舞姫たちの一座がそこで公演しているらしい。円形劇場といっても丘の斜面を扇形に削って観客席にして天幕を張ったもので数百人ほど収容できる程度のいわば公園に近い施設である。


 劇場ははやり病にも関わらず大人たちで賑わっていた。メナスとアガタもチップを払うと手近な席に座った。アガタは長い髪を後ろでまとめている。今日はアギとしてお忍びのつもりらしい。


 やがて日が落ちて辺りを暗闇が包んだ。かがり火がステージをこうこうと照らしている。それに合わせてバックミュージシャンたちが出てきた。

「はじまるね」

 演奏がはじまった。メナスとアガタは衝撃を受けた。強烈なビートと独特のリズム、更に鳥がさえずる様な弦楽器の奏法はこれまで全く経験したことのないものだ。


「大陸の音楽?」

「かもね」


 大陸は大半が砂漠化して沿岸部に都市が点在するのみだが、これだけの文化を持つ集団がいたのか、ならばこれが人気の秘密か、メナスがそう思うと、一際大きな歓声が上がった。


「あれが主役なのね」


 音楽に合わせて主役の舞姫が出てきた。舞姫は薄い衣を身にまとい、白磁の肌が透けている。すらりとした肢体に豊満なバストが誇らしそうにその存在を主張していた。


「いやだ。これが目当てだったの?」

「まあまあ」


 舞姫は一振りの剣を身に帯びていた。その剣を振りかざすと。パーカッションの奏でる激しいリズムの鳴動に身を任せ舞いはじめた。それはこの世のものとも思えぬ剣舞であった。すらりとした肢体がしなやかに躍動し、白刃の輝きが目にもとまらぬ速さで弧を描く。


 メナスとアガタは思わず剣舞に惹き付けられた。舞は清楚ともエロティックともいえた。メナスは舞姫の美しさに釘づけになったが、ふと彼女の剣に目がとまった。あの剣……どこかで見たことがなかったか? メナスはバックミュージシャンたちに目をやった。人の姿をしてるが人でない? そういえば、どのミュージシャンも体のどこかに刺青がある。目を脇にやると、アガタは何も気づいてない様だ。


 舞が終わり、舞姫はステージの奥に下がっていった。観客席から『ジョセフィーン!』と掛け声がした。おそらく舞姫の名はジョセフィンというのだろう。公演が終わり、観客たちはわらわらと帰路につきはじめた。


 アガタも立ち上がると言った。


「帰りましょうか」


 彼女は顔色が少し優れなかった。


「大丈夫?」

「ええ……」


 またにするか、メナスはジョセフィンの背後を洗うことは後回しにした。


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