3. 亜空間回廊
ヒルコの軍は敗走を続けていた。細い道の両脇は高い崖となっていた。薄暗く草木一本も生えていない岩だらけの細い道。そこはヨモツヒラサカ――黄泉津平坂――と呼ばれる亜空間ネットワークだ。今やヒルコたちは傷つき、生き残ったものは少なかった。ドゥームセイヤーも馬を失い徒歩である。やがて峠が遠くに見えてきた。そこはネットワークの結節点だ。敗北の痛手は深かったが、ドゥームセイヤーは気をとり直した。
「あと少しだ。ヨモツヒラサカを抜ければ暗黒星雲に出る」
暗黒星雲は彼女たちの根城であった。この宇宙でそこだけは神の支配が及ばなかった。
「裏切りさえなければ……」
ドゥームセイヤーはぐっと歯噛みすると、傍らの影に声をかけた。
「フェイト、長弓隊の長はジンリンか?」
影は兎に似た小人の姿となった。
「ジンリンでがんす」
ジンリンは、ドゥームセイヤーが長弓隊を任せていたヒルコである。そのジンリンが彼女を裏切ったのだ。
「ジンリンが神の側に寝返ったか」
さしものドゥームセイヤーの声も弱々しい。背後を撃たれた屈辱感にさいなまれ、それはやがて怒りへと変化していった。
「馬頭星雲のやつぁ、あんなもんでさあ」
フェイトはそっけない。
「やつが寝返った以上暗黒星雲に帰るのも難しいな」
彼女は怒りを必死に鎮めようとした。今はとにかく生き延びねばならない。
「ご主人、あっしは殿をつとめまさぁ」
「お前がか? まあいいだろう」
一応の承諾を得たフェイトが再び影となって消えた。
「我らは一枚岩ではないのか……」
思わぬ離反にドゥームセイヤーはため息をついた。
「ヨミの国で追っ手を巻くのも悪くないが……」
道は冥界ヨミの国――黄泉の国――につながっているはずだった。そのとき、崖の上に松明のともし火が灯った。
「!」
喚声が鳴り響いた。伏兵が崖に潜んでいる。
「伏兵か!」
弩の矢が雨あられと降り注いできた。矢に貫かれ、ばたばたと兵士たちが倒れる。唇をかんだドゥームセイヤーは剣を抜くと、なだれ込んできた神の軍の兵士たちを斬った。既に崖下は阿鼻叫喚の場と化していた。細い道筋で身動きもままならずヒルコの敗残兵は伏兵の餌食になるしかない。ドゥームセイヤーも剣をなぎ払い、敵兵を片っ端から斬り捨てたが、斬っても斬っても敵兵は湧いてきた。
「切りがない!」
とうとう完全に包囲されてしまった。老臣が盾となり仁王立ちで立ちはだかったが、あえなく弩弓の餌食となった。
ドゥームセイヤーが叫んだとき老いた幕臣は既に燃え尽きていた。肩にとまっていた機械仕掛けのカラスがバタバタと飛び退いた。
「ここまでか!」
斬り死にの覚悟を決めたドゥームセイヤーに伏兵たちが襲い掛かった。やがて彼女の姿は兵士たちの渦に巻き込まれ、見えなくなった。