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ドゥームセイヤー 破滅の予言者の物語  作者: ほうばなみ
第二章――中つ国
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20. ジブ・アケロン

 アガタは一心に祈っていた。が、その祈りは部屋に入ってきたZSGの警備員たちによってさえぎられた。


「何事です?」

「我々について来てください」


 警備員たちはライフルを構えている。抵抗は無駄だ。アガタはしぶしぶ案内されるまま部屋を出た。

 ハイタワーの屋上は強風が吹き荒れていた。警備員に連行されたアガタはヘリポートに停まったチルトローター機に向けて重い足取りで歩んだ。アガタが近づくと機体のドアがスライドして開いた。ドアの先に見慣れない若い男がアガタを待っていた。


「ようこそ、アガタ姫。私はZSGのオーナー、タギです」


 三十代半ばほどのその男はよく仕立てられたスーツ姿だ。


「あなたがタギ」

「ご案内します」


 アガタの栗色の髪が強風で乱れた。警備兵が背中を銃身で押し、彼女は渋々チルトローター機に乗り込んだ。ドアが閉じられるとプロペラが回転をはじめ、ローターが角度を変えゆっくりと上昇していった。


         ※


 ドウシツがファイルを抱えて茶室に戻ってきた。ドウシツは静かに腰をおろすとファイルをメナスに差し出した。それを受け取ったメナスはページをめくると目を通しはじめた。内容は客人のリスト、加えて供された食事のメニューであった。


「これは?」


 メナスは拍子抜けした。


「それは本来他人に見せるものではないが、今回は特別に。この茶室でもてなした客人たちの備忘録でな」


 ようやくメナスも意図を理解した。


「そうか、これでソウハンの記録を追えばいいんですね」


 ドウシツはうなずいた。確かにズマの人間関係が一目瞭然だ。メナスはページをめくってファイルに記された文を追っていったが、やがて一つの記述に目をとめた。


「ソウハンにタギ……これだ、ジブ・アケロン」

「アガタお嬢さんの叔父君ジブ殿はタギの資金調達先らしくてな」


 ドウシツは示唆した。


「タギの資金関係を洗うといい。おそらく今回の事件は裏でジブ・アケロンが糸を引いている」


 メナスは一礼した。


「ありがとうございます」

「なに、構わんよ。わしの甥はズマの統治者としてはふさわしくなかった様だ」


 ドウシツは言い添えた。


「それとの、先刻ソウハンからアガタの出生について声明があった」

「え、それは?」


 初耳だ。


「アガタはいわゆるわらの上の養子なのだよ」


 わらの上の養子、つまり実子でない者を実子として虚偽の出生届を出すことである。


「それは事実なのですか?」

「うむ。これは口外してはならぬが、わしはアガタお嬢さんの後見人を務めとる関係上、この件については承知しておる」

「では……」

「問題は既に彼女の両親が亡くなり、改めて養子縁組できぬことだ。レーテ一門で紛争が起こりかねん」

「しかし、なぜ、ソウハン議長がそれを?」

「おそらくジブ・アケロンだ。急ぎなされ」

「はい!」


 メナスは急ぎドウシツの茶室を飛び出した。


         ※


 ドウシツの邸宅を出たメナスはサコンに連絡を取った。


「ああ、そうだ。タギの背後の資金関係を洗うんだ。ジブ・アケロンという男が関与してる可能性がある」

 小声でそういうとメナスは通信を切った。ふと気づくと周りに人影はない。元々閑静な住宅街だが、周囲には異様な雰囲気さえ漂っている。メナスは感覚を研ぎ澄ませ身構えた。


 風がごうっと吹き抜けた。その風は冷たく闇の深みに引きずり込むかとさえ感じさせた。


「久しぶりだな。メナス」


 声がした。


 視線の先にドゥームセイヤーが立っていた。彼女の姿は青白い月光に照らされ輝いている。


「今お前と戦う暇はない。邪魔だ」


 その言葉を聞いたドゥームセイヤーはふっと笑った。


「取り込み中の様だな。まあ私も傷が癒えていないのでな」


 メナスの直感が何かが違うと告げる。


「お前は化身だな。そこをどけ」

「おっと。ふふふ。お家騒動というのは、傍目には楽しいものだな」

「下衆が!」


 メナスは思わず吐き捨てた。


「そう案ずるな。相手は心理操作に長けている。が、得てしてそういう輩は誰も信用できないのさ。既に自滅の因子は組み込まれている。恐るべきはむしろ不慮の暴発だ」

「む……」

「ついでだ、いい事を教えてやろう。アギに会いたくば、ガイストの気配を追え」


 それだけ言い残すと、ドゥームセイヤーの化身は姿を消した。


 メナスはそれを見守っていたが、やがて意を決したのかガイストの気配を追って空へ舞った。


     ※    ※    ※


 アガタを乗せたチルトローター機はシティを離れ、東に向かっていた。窓の外を見るとそこは湖の上だ。暗い湖面を越えて機体が降下をはじめるまでそれほど長くはかからなかった。湖の向こう岸、ズマの衛星都市ヤクモ・シティであることは間違いない。


 しかしSDSは何をしてるのだろう? 制空権はSDSが握ってるのに、アガタは思った。しかも夜間のフライトはガイストに狙われる危険があるはずなのに襲撃の気配はない。なぜだろう?


 やがてチルトローター機は一軒の邸宅の敷地に着陸した。


「さあ着きましたよ」


 タギが言った。


「ここは確か――」


 その邸宅には覚えがあった。


「そう。あなたの叔父君の別荘ですよ」


 ドアが開き、アガタは外に出るように促された。出ると叔父のジブ・アケロンが待っていた。彼はアケロン姓を名乗っているが、アガタの父クナイの実弟である。


 アガタはジブをにらみつけた。


「叔父様、あなたという人は!」


 アガタはいきり立ったが、ジブはどこ吹く風で平然としていた。


「まあ落ち着きたまえ。さあ私の別荘へようこそ」


         ※


 アガタはジブの部屋に招き入れられた。柱時計に目をやると既に深夜だ。疲労がじわじわと体に染みこんでくるのを感じたが、ここで休む訳にはいかない。ジブとタギは休息を与えないだろう。疲れきったところで自分たちに有利な条件の取引を申し出てくるはずだ。


「そんなに身構えなくてもいいだろう」


 ジブはアガタの目の前に、タギは斜め前に陣取っていた。心理的に圧迫感を感じさせる陣取りである。


「脅しには屈しませんよ」

「おーや、いつまで強がりを言ってられるかなぁ?」


 タギが茶化した。


 ジブは立ち上がると棚から蒸留酒を取り出しグラスに注ぎ、その一つをアガタに差し出した。


「どうかね?」

「いりません」


 もし毒物が入っていたら、精神を弛緩させる薬が入っていたら、彼女は叔父たちの思い通りになってしまうだろう。だからアガタは拒んだ。かたくなな態度をみたジブは余裕を示しながらゆっくりと蒸留酒を口に含んだ。


 話をそらさなければ、アガタは必死で考えを巡らせた。


「弟のカルテが偽造されてたという嘘はあなたたちの差し金ね」

「どうだろうね。アソンは毒殺されたのじゃないのかね。君が一番よく知っているだろう?」

「私が弟を殺してなんの利益になるのです」

「もちろん、このズマの実権だよ。君は自分で思うよりずっと大きな力を握ってる。ズマのリーダーであることは、つまり緑の残されたこの列島のリーダーであることと同義だ。それでも心を動かさない者がいると?」

「あなたならそうでしょうね。権力に目がくらんで、結局は全てを失うのです。みてなさい。例え私の命が失われてもザインの女神はあなたたちを許さないでしょう」

「おーやおや、今度は神頼みかな?」


 アガタはタギをにらんだ。その突き刺す様な視線はタギを思わずたじろがせた。


 ジブは含み笑いを漏らすと、書棚から書類を取り出した。


「契約書だ。SDSの株を譲ってもらおう」


 やはり、アガタは思った。アガタをズマのリーダーたらしめているのは、SDS自警団の出資者であるという地位だ。


「SDSの株……ZSGを操って、今度はSDS。そんなにズマを牛耳りたいの?」

「どうだろうね?」


 ジブは脚を組み直した。


「君がわらの上の養子と裁判で争ってもいいが、まだるこしい。SDSの株を譲れば、この件は不問に付すことにしよう。どうかね?」

「いい加減になさい。元々あなたたちの言いがかりではないですか」


 アガタも一歩も引かなかった。わずかな譲歩も許されない。おそらくSDS株を渡せば、彼はアガタをレーテ一門から追放しようとさらに畳み掛けるだろう。


「じれったいなあ。ほら、ここにサインするだけだよ」

「強迫しても、その契約は取消し可能なのよ」

「そんなもん、後でどうにでもなるさ」


 タギはアガタの掌をとってペンを握らせようとしたが、彼女はその手を払いのけた。


「いい加減、楽になりなよ」


 タギはむっとした表情になった。


「ズマを手に入れて、何をするのです?」

「ふふ。今はゾレン神の千年紀。今やその千年紀は終わりを告げようとしている。だが、次の千年紀はこない」

「え?」


 思いもかけない言葉にアガタはぎょっとした。


「ザインもゾレンも、この地球から全ての信仰を消し去る。末法の世が永遠に続くのだ」

「何を言ってるのです?」

「私は正気だよ」


 だが言葉とは裏腹にジブの声は低く、闇に誘い込むがごとくであった。冷気が流れた。


「な……」


 アガタは恐怖に駆られ思わず立ち上がった。


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