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ドゥームセイヤー 破滅の予言者の物語  作者: ほうばなみ
第二章――中つ国
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10. 対決

 メナスは求人コーナーに並んでいた。どうにも落ち着かない気分がする。多分、そういう場なのだろう。待ち行列は徐々に進んでいって、前の者が席を立った。


 女性職員がなにやら事務処理を済ませると、メナスに声をかけた。


「次の方、どうぞ」


 呼びかけに応じメナスは椅子に腰掛けた。


「この街で職をみつけたいんだけど」

「市民権は持ってます?」


 メナスはポケットからパスを取り出した。偽造したものだが人間に見破れるはずもない。パスを受け取った職員はそれをスキャンするとメナスに返した。パスのデータがディスプレイに表示される。メナス・マキシマスが地球での名だ。


「コシ・シティの方ですか」


 職員はメナスのデータを確認する様に暗誦した。


「コシの市民権はお持ちですね。年齢は二十歳。何か職歴は?」

「特には。できればこの街の警備の仕事……ガイストに興味が」

「射撃か格闘技の経験は?」

「特に経験は……市警の求人は?」

「市警はズマの市民権が必要ですから。コシの市民権では採用されませんよ」


 そう言った職安職員が端末を検索すると、リストの一覧が画面に表示された。


「まあ、そうはいっても市警は今じゃ事務処理しかしてないですけど。直接警備の仕事ならSDSはどうです? 民間の自警団ですからコシの市民権でも構いませんが」


 メナス側に向けられた画面に応募要綱が表示された。健康な青年男子求む、射撃・格闘技の経験があればなお可、とある。


「業務は危険ですが、その分手当てはいいですよ。レーテ家が出資してますから万が一の保障もしっかりしてます」

「レーテ?」

「ズマの名家ですよ。ご存知ない? コシもレーテ家の出資した会社、多いでしょう?」

「いえ……」


 メナスは言葉を濁すと、話題を切り替えた。


「じゃあそこに応募しよう」


 職員は端末を操作すると事務手続きをはじめた。自警団の所在地がプリントされた紙を受け取るとメナスは職安から出た。


         ※


 論文を執筆していたザマはふと顔を上げた。先ほどまでこの部屋で本を読んでいたはずのドゥームセイヤーの姿がない。


「ハンサム君?」


 ザマは彼女を呼んだが返事はない。


 ドアを開け礼拝堂もみたが、やはりいない。執筆に没頭してたから部屋からいなくなることにも気づかなかったのか、それにしても一声かければいいのに、と考えをめぐらせたが、どうしようもない。


「風来坊……なのかな」


         ※


 SDS自警団の入居した建物からメナスが出てきた。メナスはため息をついた。


「コシのパスじゃ駄目か」


 職安ではズマのパスでなくても入隊できると言っていたが、実際に採用されるまでにはかなり厳しい審査が必須であった。激務だが入隊を志願する若者は多く新人の枠は数ヶ月待ち、しかもズマの市民優先である。登録だけはしたものの、風来坊同然のメナスには厳しい状況だ。


「半年待ち、しかもズマ市民優先……出直すか」


 落胆したメナスはとぼとぼと歩きはじめた。夕暮れが近い。どこか宿を探さねば、そう思った矢先、メナスは悪寒に襲われた。


「この感覚は……闇の眷属(けんぞく)?」


 思わずメナスは走り出した。


     ※    ※    ※


 日は落ちて街は灯りで照らされはじめた。電力不足なのか規制されているのか強いネオン広告の類はなく、闇のなかに街全体がぼうっと浮かび上がっていた。


 ドゥームセイヤーはいつの間にかシティを守る城壁の上に立って街の夜景を眺めていた。夜になればガイストたちがまたうごめきはじめる、更に例の一件であのガイストにとどめを刺した者も動く、彼女はそうにらんでいた。彼女はすっと鼻をきかせた。


「ガイストの臭いがする……」


 衣のすそが風になびいた。


 街中に一斉にサイレンが鳴り響きはじめた。ガイスト侵入の警報である。城壁の外ではSDS自警団の隊員たちがガイスト相手に立ち向かっていた。


 凶暴なガイストは人の倍の大きさはあるだろうか。頭部は魚類、肉体は大トカゲ、鷹の翼と魔物そのもの姿は禍々しい。低いうなり声をあげたガイストは城壁を前にして身じろぎもしなかったが、警察犬をけしかけられるとまるで蝿でも払わんばかりに一蹴した。


 鋭い爪によって深手を負った犬たちは動けなくなりその場に伏してしまった。ガイストはその犬をわしづかみにすると臭いをかいだが、興味がないのか放り捨てた。


 五名からなる班編成の隊員たちは動きの止まったガイストに向けてアサルトライフルを構えると一斉に射撃を開始した。ヒュン、と空気を切り裂く音がして命中した、はずが弾は幻影をすり抜け逸れた。ガイストは牙をむきだしにして咆哮した。


「駄目です!」

「ひるむな!」


 リーダーとおぼしき男が答えた。城壁の上で待機していた別班の隊員たちがガイストの背後めがけて銃弾を撃ち込んだ。が、これもすり抜けてしまう。


「銀の弾倉に替えろ!」


 自警団の小隊長がインカムに向かって叫ぶと、指示を受けた隊員たちはアサルトライフルの弾倉を付け替えた。新たな弾倉には銀でできた特殊な魔弾が装填されている。


「よし、構え! 撃て!」


 銀の魔弾が撃ち込まれ、今度は確実にダメージを与えた。一説には銀は月の力を蓄えるとされる。巨体が揺らぐ。が、このガイストの耐久力は隊員たちの予想を超えていた。


「まだ動いてる!」


 驚愕した声だ。


「こいつは大物だ!」

「構うな! 撃て!」


 隊員たちは続けざまに魔弾を撃ち込んだ。

 巨体がよろめくと、その場にうずくまった。


「やったか?」

「いや、まだだ!」


 自警団隊員たちは再び狙いをつけた。と、冷気が隊員たちにまとわりついた。ガイストの口から毒の息が吹き出た。


 毒が辺り一面に拡がると、隊員たちに異変が起きた。肌に黒斑が浮かび、ある者は吐血した。あたかも悪性の病原菌に犯されたかのごとくである。毒の息は城壁の上にいた隊員たちをも犯した。


 どうやらそれは致死性のものではなかったが、無力化された隊員たちを尻目に息を吹き返したガイストは城壁に飛び乗ると結界を破り、一気に街の中へと飛び降りた。


         ※


 メナスは悪寒のする方向に全力で駆けていった。すると突然街中に重苦しいサイレンの音が鳴り響きはじめた。

「この警報は何だ?」


 警戒警報が流れると、街の雰囲気が一変した。建物という建物は慌ててシャッターを閉めはじめ、街路を歩いていた人間たちは手近な地下シェルターに逃げ込みはじめた。メナスが逃げ惑う人の流れに逆らって城壁近くまで辿りついたときは既に城壁内部にガイストの侵入を許した後であった。城壁周辺に人影はない。彼は辺りを見回した。


「誰もいない。好都合だ」


 メナスはガイストの行く手を阻みつつ立ちふさがった。


 ガイストは彼に目をとめると、餌に手を伸ばす様にして襲い掛かろうとした。が、その瞬間、メナスは抑制していた荒ぶる魂を開放した。


「そうか、街中央の聖堂が結界を張っている。それを狙ってるのだな」


 ガイストはピクリとも動けなくなり硬直した。


「闇の眷属(けんぞく)、天つ神ゾレンの名において滅ぼしてくれる」


 メナスは本来の短衣(チュニカ)姿になった。


「天つ神よ、我に裁きの剣を」


 メナスが叫ぶと手前の空間がぼうっと光って一振りの剣が現れた。メナスはその柄を握り締めた。


「はっ!」


 メナスは剣を抜いて虚空を斬った。


 空間が裂け、体にまとわりつくと具足に変化した。戦装束を身にまといメナスは剣を構えた。ガイストはおびえていたが、やがて低くうなって攻撃の態勢をとった。ガイストの眼が幻影となって浮かび、一つに重なった。その瞬間、邪視の衝撃が襲った。


「むっ!」


 メナスは剣で邪視の衝撃を受け止めた。刃の周りで電撃がほとばしる。


「邪視を使うか」


 メナスは剣を振りかぶると斬りかかった。


「はーっ!」


 その斬撃がガイストの右腕を斬り落とした。斬った口から体液がどろりと垂れ下がる。ガイストも痛みを感じるのか、大きく吠えると後ずさりした。


メナスは上段の構えをとると一気に決着をつけようとした。が、そのとき冷気が奔った。それは闇の暗さ、死の深みにつながる暗さを秘めたもので、メナスですら悪寒を感じずにはいられなかった。彼は構えを解き、静かに辺りの気配を探った。


「誰だ?」


 城壁の上、月を背にしてドゥームセイヤーが立っていた。彼女は城壁の上からメナスを見下ろすとにやりとしてつぶやいた。


「あれはゾレンの配下。奴を追えばタカマガハラの手がかりがつかめる」


 ドゥームセイヤーはふわりと宙に舞うと、一気に飛び降りた。


「我が名は破滅の予言者ドゥームセイヤー」

「ドゥームセイヤー!」


 メナスは驚いた。こうも早く標的に遭遇するとは。


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