白雪、静かな夜
白い雪が降っていた。いつも以上に静かな夜だった。
「今夜は泊まっていきますか?」
コーヒーを淹れるためのお湯を沸かしながら、エリさんに聞く。雪が街路を白く埋め尽くす。
「____帰るわ。彼が心配するもの。」
ベッドから起き上がって彼女は言う。
「___どうせ旦那さん、帰っていないんでしょ?」
エリさんは何も言い返さず、ただ窓の外を眺めているだけだった。
雪が静かに積もっていった。
あの夜以来、僕たちの関係は続いた。仕事の後の夜、たまに休日の昼下がり____。少しの時間、人目を忍んで会う関係。昼は同僚として共に働き、夜は抱き合う関係。早くこの関係を断たなければならない。そう、理解はしていた。だが、僕にはできなかった。会えば会うほどエリさんに惹かれていった。憧憬はいつしか強い思慕になっていった。
そんな関係が四年、ズルズルと続いた。僕のエリさんへの思いは日に日に募っていくばかりだった。
ベッドから出て服を着たエリさんと二人で、リビングで熱いコーヒーを飲んだ。二人とも何も話さなかった。僕はこの時間が嫌いだった。彼女を見送る時よりも。二人の時間の終わりを二人で静かに受け止める時間。時間がゆっくり流れる分、僕には辛かった。
「___そろそろ、お暇するわ。」
エリさんが立ち上がり、玄関に向かう。僕も彼女の後について玄関まで行った。ゆっくりコートに腕を通すエリさんの後ろ姿を、僕は黙って見ていた。帰りたくないと語っているような、寂しそうなその後ろ姿を。
この人と過ごした後に、一人部屋に残される孤独な夜を、何度過ごしただろう。しかしそれは、果たして僕だけなのだろうか。この部屋から出た後、彼女は寒い家に、一人寂しく帰って行くのだろう。僕、彼女も、独りだ____。
「____行くなよ。」
堪えきれず、エリさんを抱き寄せていた。彼女の香りが鼻をかすめる。
『愛してる。』
その言葉は、声にならず、吐息に溶け込んでいった。本当は、伝えたい。言ってしまいたい。しかし、その言葉は僕たちには残酷だった。特にエリさんには。
ふ、とエリさんが静かに長い息を吐いた。
「_____優しいのね。あなたは。」
その声は、細く、震えていた。
外では雪が静かに降り続けていた。
拙文を読んでいただき、ありがとうございます。