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「彼女」  作者: フクロウ
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冬風、あの人の記憶

外では冷たい風が吹いていた。季節の移り変わりは早く、僕の小説も半分ほど書き上がっていた。ここまで小説を続けられたのも「彼女」のおかげだろう。

朝から続けていた執筆作業もひと段落つき、僕はぼんやりと窓の外を見ていた。

(今日は来ないな。)

自分の思考に苦笑した。それほど「彼女」の来訪は僕にとって当たり前のようになっていた。

外では風が強くなるばかりだった。

「寒そうだな。」

帰り支度をしようと立ち上がる。

『____寒いの。すごく___。』

不意にあの人の声が頭の中で響いた。

『____ねえ、寒いのよ___。』

まただ。

頭がガンガンと痛む。最近は「彼女」のおかげで思い出すこともなかった。何故、今頃になって__。忘れたと、忘れようとしていたのに____。

風は強く吹き荒む一方だった。



あの人____武仲エリは、新米教師だった僕の教育係だった。教師になりたての僕は、まだ何もわからない青二才だった。エリさんは、右も左もわからなかった僕に色々と親切に教えてくれた。やがて、エリさんも僕と同じ英語教師であるということもあって、互いに授業のことなどについて相談し合うようになった。エリさんは良い仕事のパートナーだった。そうであるべきだった。自分の感情は一生胸に秘めておくつもりだった。

しかし、その日がやってきた。


その日も、風の強い寒い夜だった。定期テストの問題のチェックのため、僕とエリさんは学校を出るのが遅くなってしまった。

「久々にどこか呑みにでも行く?」

エリさんがコートを羽織りながら聞く。

「相変わらず呑むの好きですね。もう8時半ですよ。」

「いいじゃない、今日で仕事も目処ついたし。」

呆れる僕をよそに既に吞む気満々の彼女に苦笑しながら、行く店について彼女と相談した。


「呑んだ呑んだ!」

「呑みすぎなんじゃないですか?」

「大丈夫だって。明日は休みなんだし。」

ため息をつき、エリさんを最寄り駅まで送るつもりで彼女の横に並んで歩く。

「じゃあもう帰りましょうか。」

急にエリさんの歩みが止まった。

「_____くない。」

「え?」

「___帰りたくないの。」

エリさんは俯きながら言った。

「またそうやって。今夜はもう呑みたりたんじゃないですか。ほら、帰りましょう。」

自分の中で首をもたげた感情を振り切るように僕は再び歩みを進めようとした。

不意に袖を引かれる。振り返ると、エリさんと目が合った。その目には涙が溜まっていた。

「____寒いの。すごく。」

袖を引っ張る手を離さず、涙が溜まった目でエリさんはじっと僕を見つめる。その手を振り払うべきなのに、僕はできなかった。

「ねえ、寒いのよ。」

その言葉が引き金となった。僕はエリさんを引き寄せてしまった。

(帰らなくていいんですか?)

喉まで出かかったその言葉にを飲み込んでただただ彼女を抱きしめた。

夜のネオンを反射させて輝く、彼女の薬指のことを忘れて。

風が強く吹いていた。


拙文を読んでいただきありがとうございます。

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