執事と名乗る男
いきなりの事に身体は自然と扉から飛び退き、警戒心とともに冷や汗がでてきていた。
「驚かせてしまい、誠に申し訳ありません。私この館に仕える執事にございます。ご不安とも思いますが、どうか入室を許可して頂けませんでしょうか。そうすれば、貴方様の疑問にお答え出来る所存にございます。」
扉の外から、凛々しい男の声が訴えてくる。
予想外すぎて疑問がむしろ増えたよ。
ありがとう執事。
察するに、この部屋は館にある部屋という事はわかった。
どの規模かまではわからないが、執事と名乗る男が言う事が本当なら大きな館なのだろう。
仮に本当だとしたら、やはり拉致されたか。
それにしては嫌に丁寧な言い方ではあるが、裏があるかもしれない。
だが入り口が一つしかないこの部屋では逃げれないだろうし、力に訴えた所で腕っぷしに自信はない。
詰み
である。
もう正直分からない事だらけで、投げやりな気持ちにもなっていただろうが、この状況で抗えるはずもなく、震えそうな声をちっぽけなプライドで我慢しつつ答えた。
「どうぞ...。」
しばしの沈黙の後、
「失礼致します。」
と、やはり丁寧な言葉遣いで執事を名乗る男が入ってきた。
灰色の髪をオールバックにした、30代後半、もしくは40代前半といった、年頃だろうか。
言葉が分かった事から日本人だと勝手に思っていたが、外人さんでした。
彫りの深い目の奥から見えるダークグレーの目が、真っ直ぐにこちらの目を見て、申し訳なさげな顔をしたかと思うと、深々とお辞儀をしてこう言った。
「貴方様の心情の最中、私の入室をお許し頂き誠に有難く存じます。まだ私を怪しんでおられる事も承知です。が、しかし、私が貴方様に不利益になる事は何一つとして行なわい事を自分の命を持ってして宣言させて頂きます。」
何が何やらである。
いやいやそこまで言われたら逆に怪しいんですけどと思いつつも、やはり日本人の性なのか、
「はあ...」
と曖昧な返事を返してしまった。
執事と名乗る男は続ける。
「ありがとうございます。貴方様の現状の説明、疑問。お答えしたく思います。しかしこの部屋では落ち着いて話も出来ないというもの。ですので、別の部屋へとご案内させて頂きたく存じます。」
もう流れに身を任すしかなく、考えるまでもなくまたしても曖昧な返事をし、
「ありがとうございます。ではこちらへ。」
と、まるで自分が有名な高級ホテルに来たかの様な錯覚を覚えるほどスマートな動きをする執事と名乗る男に案内されるまま、やっとの思いで部屋から出たのである。
部屋から出ると見えたのは螺旋階段。
どうやら地下にある部屋であったようだ。
手すりに掴まりつつ、階段を上っていると彼が語りかけてくる。
「このようなご不便、申し訳ありません。てすが、すぐに落ち着いた場所へと着きますので、もうしばらくお付き合い下さい。」
正直そんな気を使われると、逆にこっちが申し訳なく思う。
素直に、
「いえ、大丈夫です。お気遣いなく。」
というと、
「寛大な御心に感謝致します。」
と、感謝された。
何故こんなに恭しく扱われるのか全くもってわからないが、なんだろうか。
とりあえず言える事はこの男プロである。
しばらくすると螺旋階段が終わり、彼が扉を開くと、やはり映画の中にある様な落ち着いた雰囲気のある20畳ほどあるのではないかという、談話室の様な場所に着いた。
「さあ、お茶でもお入れしましょう。ご用意いたしますので、しばしそちらのソファにてお待ちください。」
誘われるまま、フカフカの自分好みの革張りのソファに座り部屋を観察していた。
高そうな調度品はあるものの、豪華絢爛という事はなく、全体的にシックなイメージを受ける、センスの良い部屋という印象を受けた。
暖炉があり、まさに海外のお金持が住んでそうな部屋だ。
ふと気が付く、自分が出てきたのがこの部屋にある本棚からだと。
おいおい浪漫が分かってらっしゃるなこの館の主はと、少し興奮したが、自分の現状を思い出し苦笑してしまった。
ひとりでに本棚の隠し扉が閉まり、やはり浪漫だなどと思っていると、
「お待たせいたしました。お口に合えば幸いでございます。暖かいハーブティーをご用意致しました。お茶受けとしてクッキーもございますので、ご賞味下さい。」
そう言って差し出してくれたのは、アンティーク調の高そうなカップに入ったハーブティーと、これまた高そうなケーキスタンドに乗った様々なクッキー。
「あ、ありがとうございます、」
自分は何故こんな扱いを受けているのだろうとか、毒入ってないかなとか、ハーブティー初めて飲むなとか、思考がグルグル回っているが、もう流れに身を任せた俺には、そんな心配事より身体が勝手に動き、ハーブティーを頂いた。
「大変良いお手前です。」
多分というか絶対間違っているが、何か言った方が良いのだろうと思い、とりあえず言っていたが、まだやはり混乱しているのか、微妙に違った感謝を述べてしまった。
「お褒め頂きありがとうございます。」
こちらのミスを無かった事のように振る舞うこの男。
プロである。
こんな受け応えができればカッコイイなとマイペースに思ってしまった。
「では、まずは貴方様の現状からご説明させて頂きます。よろしいですか?」
少し落ち着いた頃合いを見計らって彼がそう言った。
もちろん俺としてはすぐに説明して貰いたい事だし間をおかずに説明をお願いした。
「かしこまりました。では、まず結論から言わせて頂きます。貴方様は貴方様が生きていた世界とは別の世界へと移転しました」
ああ。
ハーブティーが美味しいな。