失われし国
「何ですって!?」
私は議会に参加した者達の情報を聞いて声を上げた。
「既に亡びた国―――・・・!?」
「・・・はい。その通りで御座います」
私は時代の落差を感じた。あいつは一体いつの時代から来た訳!?知らなかった世界の目まぐるしさに唖然とする。
「彼等の居たアマゾニスには事実上の政府が存在せず、元海賊の横暴な振舞いを外側から食い止めている状態です。こういった閉じ込めを予見して、辛うじて国を脱した海賊の一部の民が現在のキャラバンとなっている模様です」
その者達は可也詳細に調べてくれていて、彼等の知る総ての真実を教えてくれた。キャラバンがアマゾニスという赤道の国の難民であり各地を転々としている事、アマゾニスの民は気性が荒々しく国の内外に被害が飛火している事、其に見兼ねた周辺の国々が外側からの防衛を始めて、内部からの越境を認めない事―――・・・
「・・・併し、矛盾した事に彼等の入国は非常に開かれています―――其は、周辺の国々が難民を認めておらず、アマゾニスの民と確認され次第不法入国者として送還する協定を夫々で結んでいるからです。・・・・・・詰るところ、我々が一度身柄を渡してしまえば、二度とその国から出る事は無いという事です」
「――――・・・」
私は絶句した。キャラバンの歴史がまだその程度だったなんて!子供と謂えど、私達を脅かした民が外へ出る心配が無いという事は、少し許のマリの民の気休めにはなるだろう。在り得ない事だと私は思えるけれど、彼が大人になった時、冷遇された事への復讐をしに来る事を懼れていたのかも知れない。
「・・・・・・アマゾニスの内情はどうなの?」
話を聞いている限り、彼等は元は同じ海賊であってもキャラバンの自罰的な傾向とは違い、敵意は外に向いている様に思えた。
・・・この情報が、真実か嘘かは判らないけれど。
「・・・決して平和とは言えませんが、民族の結束は固く所謂殺戮や宗教・政治的な内輪事の争いはありません。そこはやはり海賊で、外国へ狩りに出る、そういった単純なスタンスで一応生命の保証はされている様です」
「外へ出られない、だけか―――」
全く、素晴しい出自だわ・・・私は何度目かの感嘆の息を吐いた。
各地を歩いて来た者が、世界に解き放たれ路頭に迷う自由の中の不自由と、狭い世界に押し込められ乍も助けは受ける不自由の中の自由―――・・・どちらが彼にとって幸せなのか、私には判らないけれど
「ならば還した方が良くはないか」
モスクの入廷を赦した民の代表の一人が口を開いた。
「戦争中ならまだしも、ある程度保障が有るのなら其はもうマリ(我々)の関るところでは無い。キャラバンが子供を措いて往ったという事は後は子供がどうなってもいいという事だし、被害者には択ぶ権利があると思う」
「―――子供の人権は?其に、あなた達を貶めたのはその先祖であって、この子じゃないわ」
「―――私は、子供だからだとも思いますがね」
一人の民を切口に、議会に参加していた代表達が次々と議論を交し始めた。
「この国に置くという手もあるが、其では民―――特に海賊世代の者達が納得しないでしょう。ならば、何の保護も無く外へ出されるよりは、母国で養って貰えたがいいのでは?」
「―――そうだ。冷静に考えてもみましょう。たった独りでは死ぬ可能性だって在る。其では人権も何も在りませんよ、マンサ=ムーサ=ディアラ」
祖母が私の背後を通った。
「子供には何かしらの大人の用意が必要だ・・・生きるか死ぬかの駆け引きなんて、最初から子供に突きつける事じゃない。其に、マンサ=ムーサ=ディアラ、君はマリの民の事を考えなければならないよ」
「・・・やはり、私個人としてはその子供も恐いです。所詮は海賊の血。此の侭野放しにすれば、いつか叉同じ事をその子供がするかも知れませんし、そうで無くとも我々は既に怨まれている可能性が」
「そうだ。再び襲われない様にする為に!」
「せめて生きる保証だけはある様に」
「民衆の気が出来る限り済む様に。マンサ=ムーサ=ディアラ」
「マンサ=ムーサ=ディアラ」
「マンサ=ムーサ=ディアラ!」
マンサ=ムーサ=ディアラ―――私はその名を呼ばれ続けた。最終判断は王である私が下す他無い。・・・そう、私はマリの王。
民達の意見は、よく解った。
民達は私の判断を俟っている。意見で無くて判断を。そう、マリの為に総轄した答えを導き、歩ませるのが王の仕事。
・・・王の判断は、決った。
「わたしは―――・・・」
「ディアラ!」
祖母が突如、話し合いをしている部屋へ飛び込んで来た。祖母はリディアの眠っている部屋へ足を運んでいた筈だ。
「―――どうしたの、おばあちゃん」
私は出来る限り私情を排して訊いた。
「御免なさいね、ディアラ・・・私が少しの間、目を離している内に―――・・・」
「――――・・・」
―――・・・素顔を隠す黒いベールだけが、外から通る風に揺らいで床を這う。
私が急いで駆けつけた時には、リディアの姿はもう其処には無かった。
あいつ――・・・。私は呆れが宙返りをした。最早何の感慨も浮ばない。只、一杯食わされた様な何とも言えないぽかんとした思いが心を占める。
―――聴いていたわね。
何かおかしいと思っていたのよ。彼にとっても沙に埋められる事は誤算で、本当に気絶していたんでしょうけど、その時と最近では何か様子が違っていたのよね。最初の方は夢でも見ている様に顔をしかめたりもしていたけれど、最近は表情を少しも変えないし、寝返りも打たなくて。
―――空寝をしていたな。
「まだ遠くへは行っていない」
「追いますか」
民達が私に判断を求める。
「―――いいえ」
私は民達の言葉を否定した。
「・・・いいの、之で」
―――何と無くそういう気がしてた。私は妙に納得していた。あいつを、只の子供と思っていたら痛い目に遭うもの。
やっぱり、あいつに変な気遣いや保護は不要なんだわ。
枠の中での無知な幸せを願うより、枠の無い世界で何処までも自由を求める。あいつは最後に確り主張し、父と同じ様に、幻想の如く消えて往った。
リディアが居なくなってから、まるで魔法が解けたかの様にマリの沙の城は崩れて往った。音を立てる事も無く。
私は元の一般人に戻った。書記官だった弟達も、之迄の知識から少し小賢しいだけの子供に戻って、リディアを彷彿とさせる様になる。其はとても自然な成り行きで“マンサ=ムーサ=ディアラ”と言われ続けながらもやはり予想した通り、徐々に衰退の一途を辿った。
「・・・あんたね、その言い方が猶更げんこ(コレ)を助長させてるの!わかる?!」
「いってー!何だよディア姉、リディアにはげんこお見舞いしなかったくせに!!」
「あいつだって相当殴りたかったわよ!でも他所の子傷つけたら後が恐いでしょ!」
・・・そういうのは怪我させたら親が黙っていない様で恐いものだ。だけどあいつに限っては、本人から陰湿な遣り方で復讐されそうで恐かった。
「・・・やれやれ。ディアラ王のご降臨だ」
「ディアラが私達大人の言いたい事を弟君達に言ってくれるから、うちの子も睨みを利かせるだけで黙ってくれるわ♪」
「ほら、行くわよファサード!今日は会計あるんだから、帳面を忘れない様にね!」
「あ!俟てよディア姉ーー!」
民衆も、何事も無かったかの様に総てを受け容れ元の日常へと戻っていった。
父が戻って来ない事と、私達が職に就いた事を除いて、凡ては元へ還りつつあった。・・・私も、もう働く年齢だ。
引き続き、ベルベリーとの交渉を受け持つ外交官となった。
誰の所為にもしたくはない。自分で自分を責め苛むのも、他人に罰を与えるのも。
キャラバンと海賊の歴史を以て実感した私の気持ちを汲んだ様に、マリの国が亡んだのは、全く関係の無い理由からだった。
私が生れてから雨なんて降った事の無いこの沙漠を、集中豪雨が襲ったのだ
沙漠には木が無い為、洪水の水が一気に押し寄せてたくさんの犠牲者が出た。自分が無事に生きて還れた事が不思議な位だ。土は赤い色に変り、酸性の雨が降った。原理はよく解らないけれど、其に因って有毒ガスが発生し、私達の地域は住めなくなってしまった。
まさか自分がこうなるとは思わなかった。父だけでなく家族全員が散り散りになってしまった。・・・あの時、余分に水を求めなければ多すぎる水に襲われる事も無かったのかしら?
哀しんでいる暇なんて無い。生きる事に必死だからだ。そうで無かったら私は何故、あの時水を求めたの。
ベルベリーとの間で培われた交渉能力を活かして、私は行商人として店を開いては閉じの生活を送っていた。キャラバンが昔、遣っていた様な形だけれど私はマリから離れた処へ行く気にはどうしてかなれなかった。
―――今日も、売れないな
(・・・こんな人の来ない処で売ってるからでしょうけど)
知らない世界に独りで羽ばたくのが怖かったのかも知れない。或いは、抗争の中で人と関っていくのが?
毒ガス問題で皆が避ける地の入口で、ビュートの周辺に住む人々を常連にやっと生計を立てていた或る日―――
一人の男が、雨に流されて重い岩石しか遺されていないこの固い土地を彷徨っていた
男は私の店を見つけると、一心不乱に歩いて来た。もう何年も見ていない筈だけれど、私はその男が何者であるか直ぐに判った。
(!まぁた―――)
傷ついて帰って来て―――この男はいつだって、自らに降り懸る事は隠そうとする。
併し彼の身に起きた事の大きさに身体の方が耐えられなかった様で、容貌の方は昔と大きく懸け離れていた。髪は奇妙な色に染まり、瞳も愁いを帯びた様に色素が沈んでいたが、其でも生きる希望を失ってはいなかった。
―――いえ、寧ろ、あの頃達観していた世界はまだ狭かったと言わん許に
まだまだ、知りたい眼をしている。
「・・・・・・髪しばるやつ、ココに売ってる?」
私より背が高くなっていて腹が立つ。でもあれだけ食べさせて貰えなかった体躯ががっしりとしているのには安心した。
低くて安定感のある声が私の耳に届く。
―――あぁ,きちんと生きていたのだ
「―――ええ、あるわよ」
私はそう言って微笑んだ。すると男の無表情が、憶えていてくれたかの様に少しだけ笑み崩れる。
初めて目にする大人の素顔は、とても神秘的だった。