最終話 -死人の教壇-
《登場人物》
アラン・ダイイング 探偵
マリア・シェリー 探偵助手
モーリス・レノール 警部
カール・フリーマン 刑事 モーリスの部下
ジェームズ・クレムリン 容疑者 教師
ジョン・ボルト 容疑者 教師
ゲイリー・ワシントン 容疑者 教師
トマス・ヴィエト 容疑者 教師
トミー・D・ピアーズ 第一発見者 容疑者 警備員
エレノア・カーリッシュ 故人
ロジャー・ワシントン シラーク・カレッジ 学長
シュゼット小学校 立てこもりから1時間
緊迫した状況の中、レノールは駐車場で待っている。腕時計の秒針はどんどん一回転していく。
大きなタイヤの摩擦音とエンジン音が奥の入口からやってくる。
「来たか!?」
車が駐車場に入り、停まった。
運転席のドアからアランが出てきた、その次に続けて助手席から、マリアが降りてきた。
レノールはアランに近づく。
近づいてくる警部にアランは告げた。
「道が混んでてな」
「そんなことはどうでもいい。待っていたぞ。さぁ、来てくれ。フリーマン! メディアを小学校に入れるな!」
警部はフリーマンに命令した。
彼に命令されたフリーマンは急いで、メディアの規制を張る為に他の部下と共に準備をする。
「はい!」
アランは、腕時計で時間を確認しながら言った。
「マリア、僕が現場の窓を開ける、そのあとは作戦通りに頼むぞ」
「分かりました。それではあとで」
アランは確認の為に、彼女に告げた。
「サインはわかるな」
マリアは強気な素振りで答えた。
「先生、私を誰だって思っているんです?」
彼女はトランクを開け、大きく細長いバッグを背負って、小学校とは反対方向の山へと向かって走った。
「よし、警部、行こう」
アランも、レノールと共に小学校の玄関に入り、そのまま現場である教室に向かう。
シュゼット小学校の裏の山
マリアはゆっくりと獣道から上っていき、現場の窓が見えるところを探していく。そして絶景のポイントの調整を忘れない。
「このポイントにするべきか……」
現場の窓から約300m。
マリアは絶好のポイントを見つける為にゆっくり移動していく。
「ここなら絶好かな?」
細長いバッグを下に置いて、双眼鏡をバッグから取り出し低地を確認した。
「ちょうどいいな。窓が開くまで待たなきゃ」
マリアは現場の窓を誰かが開けるまで待機した。
現場 教室
ジムは膝を床につき、両手を頭においたままヴィエトに訊いた。
「お前どうしてこんなことを……」
「う~ん。それはちょっと教える事はできないよ。探偵が来るまでちょっと待てばいい。おっと来たな」
ヴィエトの視線は教室のドアの窓にあった人影。ドアの前で男性の声が響いた。
「来てやったぞ!」
「自分で開けて入ってきてくださいよ。ミスターダイイング」
アランは自分でドアを開けて、教室へと入っていく。レノールも中に入ろうとするが、ヴィエトに止められた。
「おっと刑事さん、あんたは外に出てもらえますかな!」
「大丈夫だ。俺に任せろ」
「大丈夫か?」
「ああ、勿論」
「分かった。何かあったらすぐに行くからな……」
「早くでてくれ。撃たれるから」
レノールはゆっくりと後ろに下がりドアを閉めた。
「ドアの鍵を閉めてもらえますかな?」
アランは踵を返し、ゆっくりとドアの鍵をかけ、振り返る。
ニヤニヤと気持ちの悪い笑みをこぼして銃を構える男と拳銃を突きつけられて、膝をつき、目を瞑ったまま両手を頭においている男そして、緊張状態を肌身で感じ、現場で立ち尽くしている探偵の3人。
そんな緊張した空気を破壊したのはアランだった。
「やはりあなたでしたか。迎えに行くと聞いた時に止めておけばよかった」
ヴィエトは軽く笑いながら言った。
「ははは。あのままうまく逃げても良かったんだけど、少々予定を変更してね……こういう形にしたんですよ。どうです面白いでしょう?」
「狂ってやがる」
「うるさい。お前は黙っていてくれないか。今、大事な話をしているんだからね」
アランはジムに告げた。
「ああ、大事な話をしているから少々黙っていてくれ。それよりもここは少々埃っぽい窓を開けても?」
ヴィエトはアランの要求を受けた。
「いいだろう。開けるのはお前だミスターダイイング。おい、ゆっくり歩け」
ジムに指示しながら、ヴィエトは窓側から移動し、廊下側に体を近づけた。
依然としてジムの体勢は膝をつけたまま。
アランはゆっくりと窓側の方に近づいて窓を開けた。左耳に着けていたインカムがポケットに入っており、アランとの会話はマリアの右耳に着けたインカムにつながっていた。
窓を開けてアランは深呼吸をする。
「これで気持ちのいい空気が入る」
マリアは遠巻きからインカムから入る声と双眼鏡で、アランが窓を開けるのを確認した。
「開けた。時間ね」
双眼鏡を片付けて、彼女は細長いバッグのチャックを開け、1丁のシングルアクションのスナイパーライフルの部品を1つずつ取り出して組立を始める。2、30秒してからライフルを完成させ、三脚をカバンから取り出して地面に設置。
重いライフルを三脚に取り付け、その後で銃口を窓に向ける。マリアはポケットからタバコを取り出して、火をつけた。
火がついた部分を真上にかざし風がどのくらい吹いているかを確認する。
「南東方向に2mってところね……」
マリアは合図が来るまでスコープで、アラン達とのやり取りを観察する事にした。
シュゼット小学校 現場 立てこもりから1時間15分
アランはヴィエトに向けて言った。
「あんたがエレノア・カーリッシュを殺害した犯人だというのは、暗号を解いてからだったよ」
ヴィエトはアランに訊く。
「ほう! それは聞きたいな。是非、教えてくれ。どう解いたんだ?」
探偵はポケットから1冊の本を取り出した。
「解き方はこれさ」
ヴィエトはアランが示した本について知らなかったが、ジムだけが反応する。
「それは?」
「《コードクラブの手引き……》」
「元素周期表と電子殻を覚えてるか? ジェームズ、これをお前が作った。この元素周期表と電子殻表に908(3p、6、18)33の番号を照らし合わせていく」
そう言ってアランは近くのホワイトボードに、記していく。
「まず、90は元素番号で表すと《トリウム》で《Th》だ。8は《酸素》で《O》。そして括弧内にある(3p、6、18)は電子殻の《M核》の事だ。つまり《M》そして最後。33は《ヒ素》つまり《As》だ」
ヴィエトはボードに書き連ねる単語を見て、アランに訊いた。
「それがどうなるんだ?」
アランは一言だけ言ってボードに仕上げを入れる。
「簡単さ。あとは暗号の順に並べるだけ」
アランは並び変えて、書き記した。そしてホワイトボードには、暗号の答えが記された。
908(3p、6、18)33
《Th》《O》《M》《As》
908(3p、6、18)33=THOMAS
THOMAS
暗号を探偵が解読した瞬間。真実の入口である。アランの目の前で拳銃を構えているのが、今回の事件の犯人と言える男。
トマス・ヴィエトこそが、エレノア・カーリッシュの命を奪った犯人だった。
ジムはアランが並べた単語を呟いている。彼自身、単語が与える衝撃は誰よりも強かった。
「THOMAS……」
ジムはヴィエトの方に顔を向けた。
「お前がエレノアを……」
ヴィエトは喜んでいる。おそらく今まで歩んできた人生の中で一番喜んでいる。
「やはりそうだったんだね。満足だよ」
アランは暗号を解く方法を述べた。
「全ては彼女のおかげだよ。この解き方が思いつけたのもメッセージがあったからだ。元素番号と電子殻表を用いて、表記を直し、並び替える。実にシンプルながら難しかった。素晴らしい暗号だった」
ヴィエトは更に喜んだ。
「なるほど。ふふふ、素晴らしい。それでこそ僕のエレノアだ。まさに死人に教えられたわけだ。教壇に立ったエレノアに……」
「死人の教壇か。いただけないな」
アランはほくそ笑み、ヴィエトも狂喜じみた笑いをする。異様な空気をジムは肌で感じ、この場から逃げ出したい気分だった。
アランは笑いをやめてヴィエトに訊く。
「一つ教えてくれ。どうしてこんな事を?」
ヴィエトの顔はすでに狂気に満ちた顔だった。
「エレノアは僕のものだから独り占めしたかった。でも、そうはできなかった」
「それだけの為に殺したのか? 彼女を!?」
ジムは、ヴィエトに言葉を投げつけた。
「くそったれ。くたばれ!」
ヴィエトはジムの言葉を軽く無視しながら、続けていく。ヴィエトの語調が荒くなっているのを感じた。
「殴った瞬間。たまらなかったんだ。僕のものになった瞬間だった気がした。だけど、これだけじゃすまなかったんだ。エレノアを汚したコイツも消さないといけないな~って思ってさ。だから、今、この状況ってわけ」
「俺を呼んだのは、どういう事だ?」
ヴィエトは答えた。
「簡単な事さ。暗号の答えを知りたかったのさ。だって、エレノアが残した暗号だよ? 答えを知らないわけにはいかないじゃないか! だからこのシチュエーションを用意したんだよ。あなたから答えを聞く為に。やっぱりあなたは流石だ。素晴らしい」
アランは首をかしげている。
「僕が……?」
「そう。あなたが暗号を見せてきた時から賭けていたのさ。あなたなら僕の為にエレノアの為に暗号を解いてくれるとね! そして見事にやり遂げてくれた」
アランはため息をついて全てに理解した。
「僕を道具扱いしたわけだね。自分の欲の為に……だから、アリバイの証言も自分が怪しまれ安いように発言したわけだ」
「このシチュエーションを作り上げるためにね。さてと、ここまで解答と解説をどうもありがとう。ミスターダイイング。おっと動くなよ。あんたには見届け人になってもらう」
「見届け人?」
ヴィエトは狂気じみた声と共に拳銃の銃口でジムを示した。
「ああ」
ヴィエトは、拳銃をジムに構えた。
「こいつを地獄へ落とすんだ。あんたは、その見届け人になってもらう」
アランは軽く笑い、背伸びをした。
「俺が見届け人か……。はっはっはははっはっは。そりゃ面白い」
ヴィエトも更に笑いだし、おかしな雰囲気がまた再びジムに襲いかかった。ジムは笑っている二人に怒声を浴びせる。
「何がおかしいんだよ!! おい!!」
アランはぎこちないウィンクをジムにぶつけた。
「これから起こる事を静かに見とけ。そうすれば分かる」
スコープ越しからマリアはアランの動きを確認した。背伸びをしている。
「合図だ!」
マリアは安全装置を外し、引き金に左人差し指を置き、待機する。犯人が見える瞬間は、アランの体が下に下がる瞬間である。
彼女は、一秒一秒を大切にスコープで標的の位置を確認しながら撃つタイミングを測っている。
アランは次の瞬間、マリアに撃つ合図をした。
「さて、クレムリン先生。お別れだ」
ヴィエトが拳銃の安全装置を外し、いつでも撃てる体勢になる。
「靴紐がほどけている。結ばなくちゃな……。見届け人が、だらしないと格好悪いからね」
そう言って探偵はしゃがむ。
しゃがんだ事。これは探偵と探偵助手にとって打ち合わせ通り。つまり作戦だった。
アランがしゃがんだ事によって遮られていた窓がヴィエトの目に映る。窓から映る裏の山の景色。そして光る何か。
ヴィエトは不意を打たれた。
「えっ?」
「きたっ!!」
マリアは、スコープでしゃがんだ事を理解し、標的を示し、左人差し指が動き、引き金が引いた。
一瞬の事だった。
どこかから拳銃の炸裂音が聞こえ、教室内では、何かがはじくような音が響き、教室にいる3人の耳に通す。
ジムに構えられていた拳銃が下に落ちた。理由は簡単。ヴィエトの左肩に弾丸が激突したからである。
マリアは手応えを感じた。
「やった!」
アランは目でマリアが撃ったライフルの弾がヴィエトに着弾したのを感じとり、急いでヴィエトの下に近づいて、腕をつかみ、ヴィエトに一本背負いをして教室の床に奴の体を叩きつけた。
数秒間の動きはジムにとってスローモーションであり、一秒が淒い長く感じた
「うおわああああああ!」
ヴィエトは肩にくらった弾丸の激痛にもがき苦しんでいる。
「安心しろ。ゴム弾だ」
「くそ! くそ! くそーーーーー!! ひっひっひっひ……」
ヴィエトはもはや精神崩壊状態になっている。アランはヴィエトに大きな声で告げた。
「刑務所で詫びるんだな。まぁ、一生振り向いてもらえそうにないがな。彼女には……」
アランはそう言ってヴィエトを取り押さえている。
「ジム、ドアを開けろ!」
取り押さえたまま、アランはジムに指示した。
「……ああ」
ジムはドアの鍵を開けた。するとドアは力強く開き、レノールや警察関係者がどっと押し寄せてやってきた。
「クレムリンさん! ダイイング! 大丈夫か!?」
アランは突入してきたレノール達に、叫んだ。
「遅い。警部!」
マリアはスコープ越しで現場の動向を確認した。
無事に犯人が取り押さえられた事と警察関係者達が立てこもり現場を突入し終わった声と映像をスコープと右耳につけたインカムで確認したマリアは、ライフルを片付ける。
「……終わったわね」
ヴィエトはレノールや警察のイカツイ人達によって連行されていく。
彼の顔は連行されていく時も満面の笑みでずっと大きな声で狂気じみた笑いをしていた。
延々と。
シュゼット小学校 駐車場
「ふ~やれやれ。終わったわ~」
事件が収束し、マリアはアランの車のトランクにライフルの入ったバッグを入れ、アランが出てくるまで車のボンネットに座って、待っていた。
アランは小学校の門から出て、彼女が待っているのを見て急いで向かった。
「いや~ご苦労様だったね。流石、元国家を守っていた人。お得意のスナイピングも落ちてなかったね」
「ふぅ……久しぶりでしたからきつかったですよ。本当に日本製で良かった。あ~早く帰りましょ。お腹すきました。先生。運転、お願いしますね」
とマリアは背伸びしながら助手席に移動して、車に乗った。
「また僕かい? 僕も疲れたんだよね」
アランは言い訳するが、マリアは元軍人としての殺気と威圧で一言返した。
「つべこべ言わない」
探偵は元軍人の探偵助手に従うしかなかった。
「はい、分かりました」
探偵は仕方なく運転席に向かい、車に乗ろうとした。
「ダイイング!」
自分を呼ぶ声を聞いて、声の方に視線をやると、ジムが立っている。
「この事をなんと言えばいいか。ありがとう」
アランはジムの言葉を聞いて、一枚の紙を彼に手渡し、一言だけ返した。
「相談があるなら、ここに来たまえ」
紙は名刺ぐらいの大きさだった。内容は……
《どんな暗号でも解きます。ダイイング探偵事務所》
ぎこちないウィンクをしたあとでアランは車に乗りシートベルトを締める。エンジンを作動させて、ハンドルを握り、アクセルを踏んだ。
ジムは、車が駐車場を出て、道路へと走っていくのを見送っていった。
「アラン・ダイイングか……」
彼はアラン・ダイイングが世界中の探偵より淒い探偵ではないかと心の中で感じていた……
END
最終話です。
約6ヶ月ちょっとでしたがありがとうございました。最後の最後まで超展開や下手くそながら皆様の応援や感想、アドバイスなどのおかげでここまで頑張って来ることができ、完結することができました。
ここで、お礼を申し上げます。本当にありがとうございました。




