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花咲姫  作者: いちい千冬
花咲姫
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“春”遠き国1

長くなりそうなので、また番号付きサブタイトルにしました。

 用意周到すぎるんじゃないだろうか。


 桜がそう疑うのも無理はなかった。


 人攫いの一行は豊国家の離宮を飛び出すと、萌葱の都を馬で走り抜け、関所すらもそのまま押し通り、あっという間に街道へ出た。

 追いかけてきた関所の兵たちをあっさりと引き離し、それでも勢いは衰えない。

 追っ手を寄せ付けない人攫いたちの馬術も見事だが、二人乗せても速度が変わらない馬もまた並みの馬ではないのだろう。


 暦が春でも、道端にはまだ雪が残る場所もある。上着を借りたとはいえ、まさか着の身着のままで宇佐への山道も越えるつもりかと寒さと恐怖に震えていると、一行は一軒の農家に入った。


 そこで雰囲気からして明らかに農夫ではない屈強そうな男たち数名と合流し、簡単に食事をし、旅支度まで万端整えてそこも早々に出立した。


 農家での滞在時間は、半刻もなかったと思う。


 小袖と袴姿の上に綿入りの衣と外套を着せられた桜は、ただ手綱を握る人攫いの頭目にしがみついていることしかできなかった。

 なにより、腰には賊の腕が枷のようにがっちりと回されていて身動きもとれない。

 乗ったこともない馬に乗せられ、残雪がそこここに残る山道をがくがく揺られ、桜は早々にくたくたになってしまった。休憩らしい休憩もない。


 かなりひどい扱いだと思うのだが、休みなく馬を走らせている人攫いたちも同じのはずである。しかもこちらはそろって平気な顔をしているのだから、さすがは鬼とその部下だ。体力も人並みではないらしい。



「おい青嶺」


 あまりの強行軍に意識まで朦朧としてきた桜の様子に気付いたらしい。見かねた直亮が鬼に言った。

「火を焚いて少し休憩しよう。お姫様が死にそうだ」


 誰が姫だ。


 反論したかったが声を出すのも億劫で、かといってにらんで「まだ元気じゃないか」と休憩がなくなるのも嫌だったので、とりあえず顔を伏せて大人しくしてみる。


 すると顎を捕まれ、強引に上を向かされた。

 ぐきっと首が鳴る。


「ぐ……っ」


 乱暴な所業に思わず恨みがましい声が漏れる。首がもげるかと思った。

 桜の白い顔を見て、鬼は納得したらしい。


「……わかった。この先に狩小屋があったはずだ。そこで休む」

 ため息とともに出た言葉には、やはりというか思いやりのかけらも感じられなかった。




     ☆ ☆ ☆




 途中から街道を外れて山道に入ったのでわからなかったのだが、どうやらここはもう宇佐の国の領内らしい。

 男たちの会話を寝たふりで聞きながら、桜はそっとため息をつく。萌葱から、いったいどれだけ離れてしまったのだろう。


 お尻だけは皮が剥けたんじゃなかろうかというほどひりひりと痛く熱を持っていたが、それ以外の箇所は冷え切っていて麻痺したように強張っている。なのに身体の節々がしくしくと痛みを訴えてくるのだ。


 彼らはどうして平気なんだろうか。


 火を焚いた囲炉裏のそばに、思ったよりもずっと丁寧に寝かされた桜は、離れた場所で話し合う人攫いたちをぼんやりと見ていた。


 戦場で馬を駆るような人たちだから、慣れているのだろうか。

 しかし乗馬はともかく、寒さはどうなのだろう。旅支度に着替えたとはいえ、桜に比べてとくべつ厚着をしているようには見えないのだが。

 雪が積もるこの辺りで、寒い時期に戦をする者はいない。等しく冬という名の将軍の前に敗北するのが分かりきっているからだ。


 狩小屋を囲む木々の裸の枝が、からからと寒々しい音を立てているのが聞こえた。

 これだけ寒いのだから、雪が降ってくるかもしれない。


 ふる、と身体が震える。


 こんなに寒いのに、どうしてわざわざ山を越えてこの人たちは萌葱にやってきたのか。

 相手が人攫いだと分かっていれば、今日の花見の宴だって頑張らなかったのに。

 冬の間の苦労を返せと言いたくなる。


 からからと、風もないのに枝が揺れる。


 男たちの話し声よりも小さくかすかな音に安心して、桜は息をつく。


 身体が温まってきたら眠くなってきた。

 まずい。なんとか隙を見つけて逃げなければならないのに。


 だが重石をくくりつけたようなまぶたは、彼女の意に反してあっけなく落ちた。




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