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花咲姫  作者: いちい千冬
余話
50/54

その膳は、誰が為に

萌葱の“使者”だった槐兄さん視点のお話です。


 数日間の滞在をお許しいただきたい。



 そう願い出たときの彼らの顔つきは微妙だった。

 迷惑がるでも歓迎するでもない、むしろ相手に哀れみを向けるようななんとも言えない表情。


 その本当の理由に気が付いたのは、すぐ後。


 出された食事を目の当たりにしたときである。




     ☆  ☆  ☆




 目の前に整えられた膳を見て、槐はひくんと片眉を上げた。


 とっくに湯気も出なくなった真っ白い粥を、箸ですくってみる。


 細い竹箸にねっとりと絡みつくそれはどろりとしていて、持ち上げるとぼったりと器に落ちる。

 粥というより(のり)に近い。

 そのくせ硬く細かいものがざらざらと舌に残るのである。

 これが実は粥ですらなく、ちゃんとかまどで炊いた――はずの――ご飯だと知ったのは、ずいぶん後になってからだった。


 申し訳程度に横に添えられていた大根の漬物は、漬物というよりは生野菜に近い。

 にもかかわらず、口が曲がるほどにしょっぱい。

 山国なのに、塩がたくさん手に入ると誇示してでもいるのだろうか。


 そして汁物は……具がぐずぐずに煮崩れて、すでに何が入っていたのかさえわからない。

 どれだけ煮込んだのか、煮立った味噌の香りがなんとも言えず食欲を減退させた。


 毒は入っていない。

 いや、毒を盛るならもう少し食欲をそそるような膳を用意するだろう。

 そもそもここは毒を用いるのが日常茶飯事の萌葱ではなく、宇佐だ。


 最初は嫌がらせかと思った。

 歓迎されるとは露ほども期待していなかったので、まあそれも仕方がないかと納得してもいた。

 だがどうやら城内の誰もが同じ食事を口にしていると知って、さすがに槐は驚いた。


 萌葱の城で連日行われる宴のように、古今東西の美味珍味が食卓に上がるとは彼も思っていない。

 しかし…まさか、ここまで宇佐の食事の質は劣るのだろうか。


 基本的に腹が膨れればそれでいいという考えの槐でさえ、これなら自炊したほうがましかもしれないと考えはじめたとき。




 なぜか、劇的に食事が変化した。



 献立が変化したわけではない。

 よく言えば素朴、悪く言えば代わり映えしない食材と料理である。


 しかし米はふっくらと芯を残すことなく炊きあがり、青菜の漬物が程よい塩加減で、汁物の味噌の香りはいっそう食欲をそそるようだった。

 ときどき見た目やら味やらが微妙な皿もあるにはあったが、随分と食べられるもの、口を付けやすいものに変わった。少なくとも、持参の胃薬を飲む必要はなかった。

 ささやかな副菜も、少ない食材から味付けなどを工夫しているようだ。


 食事に対する城内の浮かれ具合が招かれざる客の槐に伝わってくるぐらいだから、宇佐と萌葱で味覚に違いがあるわけでもないようだった。



 汁物を口に含んだとき。



 槐は思わず口を緩めた。


 絶妙な味加減は、まぎれもなく慣れ親しんだもので。

 それは焦がれるほどに久しぶりで、ひどく懐かしく感じるものだった。



 ―――どうやら、元気にやっているらしい。



 大事な大事な妹を思いながら、槐は人知れず笑みをこぼした。

 口の中にわずかに広がる苦味は、決して汁物の葱だけが原因ではないのだろう。


 萌葱の色狂い息子の命令通りに桜を連れ帰る気など、最初からなかった。


 だが風巻の“鬼”がいるこの宇佐に、これ以上大事な妹を置いておくつもりもなかった。

 一族の持つ“力”に頼らずに精進を重ねてきた身である。どんな手を使ってでも、救い出す。その自信もあった。



 だが彼女が、それを望んでいないのであれば。

 少し事情が変わってくる。


 彼の愛するべき妹は、やはりと言うべきか彼らの妹だった。



 整えられた膳が桜本人によるものなのか、それとも彼女の指導を受けた誰かによるものなのかはわからない。

 が、彼女が深く関わっていることだけは間違いない。


 余所者が城の炊事場に入り込む。それは、本来ならば非常に難しいことのはずだった。少なくとも、萌葱ではそうだ。

 毒は、口から摂取させるのがもっとも簡単で確実だからだ。

 だから、信頼のおける者でなければ食事には関わらせない。


 それをこの短期間で成し得る桜は、正しく彼らと同じ血の流れた兄弟だった。


 まあ、以前の料理を思えば、城内の者たちが余所者だろうがなんだろうが桜に頼りたくなる気持ちはわからないでもないのだが。


 妹は心配になるほどのお人よしだが、強要されて頷くほど従順ではない。

 まして食事など、毒さえ入っていなければ何とでもなる。自分だけならばともかく、不特定多数の他人にふるまう必要は、本来ならないのだ。


 つまり、彼女が彼らに料理を作りたいと思わせる要素が、ここにはあったということ。



 彼は、この造りかけの城の城主であり宇佐の跡取りである青年を思い返した。

 かの“鬼”の血を引く男を。


 なるほど『青鬼』の異名をとるだけの覇気を備えてはいたが、噂のように血に飢えた、人の皮を被った馬鹿には見えなかった。


 あれが、桜を動かす要因だとすれば。



 ……面白くない。まったくもって、面白くない。


 愛するべき妹の性格を表したかのような、優しい味付けの食事を口元に運びながら、彼の口元は不機嫌にゆがむ。


 予感がないわけではなかった。

 だが覚悟、したくもなかった。


 だが、どんなに気に入らなくても、きっと自分は…いや自分と兄は、彼女が望みさえすれば、それを叶えるべく動かざるを得ないのだろう。


 それが予想どころか確信できてしまうだけに、彼の渋面はしばらく直りそうにもなかった。



「………まあ、あの豚よりはましか」



 渋面が、ようやく苦笑に変わるころ。



 彼は、動き始める。











2014/5/16 こっそり(笑)追加修正しました。今さらですが。

別話を立てるほどでもないけど、でもちょっと書き足したい、と唐突に思ったもので……。

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