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花咲姫  作者: いちい千冬
花咲姫
34/54

“淵”に沈む花

今回はちょっと短いです。

 当初、梶山保経の姿勢は確かに“様子見”だった。


 おそらく、阿賀野を通じて祖父は『花咲』の“力”を知ったのだ。

 祖父が望んでいた、『癒し手』にも通じるような何かを。

 だから青嶺を急かし、彼が応じないと見れば阿賀野を使って強引にでも奪おうとした。

 物言わぬ身となった阿賀野にそれを確かめることはできないが、間違ってはいないだろう。


 阿賀野保行の亡骸は、丁重に埋葬された。

 彼の死と、そして黒崎栄進の負傷は、表向き青嶺と『花咲』を狙った“賊”から彼らを護った結果だということになったのだ。


 理由がどうであれ、仲間内で切り合ったという事実は内外に余計な混乱と困惑を招くだろう。ひと気のない離れでの出来事であったことを幸いと、砂原直亮はこの事件を隠し通すことに決めた。


 それに阿賀野の行為は、青嶺にとっては裏切りだが祖父・保経の命を受けたものでもある。

 彼は忠臣だったのだ。忠義を尽くす相手が青嶺ではなかっただけで。


 いろいろな憶測も出たが、周囲はおおむねそれで納得したようだ。

 むしろ青嶺に抱かれて血まみれで帰ってきた『花咲』の様子に、自分たちの危機意識の低さを痛感し、我らが『花咲』の姫君をどこぞに奪われてたまるかとさらに士気が上がったくらいだ。


 阿賀野もまた、確かに『花咲』を大事に思っていたのだろう。

 保経に聞いた『癒し手』の候補であるというだけでなく、おそらくは桜というひとりの少女として。


 執着と、慈愛。


 青嶺と刀を交えてさえ、自分の命が失われる時まで――いやその後も、阿賀野は彼女の腕を決して放そうとしなかった。

 そのくせ常に刃が届かないよう配慮していた。自身を彼女の盾にしてさえいた。

 逆に彼女を盾にすれば容易くその場を逃げおおせることができると、知っていただろうに。


 自分の命が失われるその時でさえ、彼は倒れる自身の巨体から彼女を護った。

 諦めたような、ほっとしたような笑みまでうっすらと浮かべて。


 つくづく不器用な男だと思う。


 ―――この方の起こす奇跡を、あなたは知っているのか。


 花を咲かせたり薬草の知識があったりというだけでは、“奇跡”と呼ぶ根拠には弱い。

 祖父の態度を急変させ、阿賀野を追い詰めた『花咲』の“力”とは何なのか。



「それで。もう一度、確認するが」


 直亮がこめかみを押さえながら言った。

「阿賀野が言った“奇跡”とやらに、心当たりはないんだな?」


 青嶺は肩をすくめる。

「ないな」


 奇跡などどうでもいい。阿賀野に言い放った言葉に嘘はない。

 たとえ死人を生き返らせることができると言われても、人一倍死人に恨まれている自信がある青嶺である。とても有り難い心地にはなれない。


 だが、『花咲』の“力”を欲している輩から彼女を護ろうとすれば、彼女の抱える“力”が何であるか知る必要がある。

 彼女が青嶺に対して嘘をついていたのは明らかだ。


 知らなければ、ならないのだが。


 阿賀野の一件以来、青嶺は『花咲』の少女とほとんど顔を合わせていなかった。

 彼が会いに行くこともなければ、もちろん彼女が訪ねてくることもない。

 同じ屋根の下に住んではいても、ふたりの距離は果てしなく遠い。

 少しでも縮まったと思ったのは幻で、もとから変わってなどいなかったのかもしれないが。


「……この大馬鹿野郎」

 どはあー、と直亮がわざとらしいため息をついた。


「派手にやってくれやがったな『青鬼』。戦場じゃあるまいし、もうちょっと穏便に出来なかったのかこんちくしょう」

「―――」


 いつもふてぶてしい腹心のさらに二割り増し柄の悪い小言に、青嶺は返す言葉もなかった。


 事情がどうであれ、阿賀野の裏切り行為を許すわけにはいかない。

 仮にもう一度同じ場面を繰り返したとしても、青嶺は迷わずに阿賀野を切り捨てると断言できる。


 だが、問題はそこが戦場ではなかったこと。

 側に『花咲』の少女がいたこと、である。


 惨劇を目の当たりにした彼女は、何を思っただろう。


 力尽き血の海に沈む阿賀野と。

 眉ひとつ動かさずにそれを作り出した青嶺に。





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