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花咲姫  作者: いちい千冬
花咲姫
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“桜”散る力は



 毒だった。


 宇佐の『青鬼』が受けたという矢。そこに毒が塗ってあるかもしれないと疑ったのは、矢を受けた張本人の言葉がきっかけである。


「萌葱がおまえを取り戻そうとしているのかもしれないぞ」


 桜ははっとした。

 そして血の気が引いた。


 どうしていままで考えなかったのだろうか。


 やりかねない。ほんとうに、やりかねないのだ。



 萌葱の国ではなく、二人の兄が。



 護身術がせいぜいの引きこもりの妹と違って、兄たちは身体を動かすのが嫌いではなく、護身術以上にいろいろと会得している。

 いつだったか庭の隅で、(えんじゅ)が弓の練習をしていた気がする……。


 『花咲』は薬と同様に毒薬にも通じた一族である。

 用途に応じた毒を調合することも、兄たちならば簡単にやってのけるだろう。


 ほんとうに『鬼』の命が欲しい者なら、もっと強い即効性のある毒を使うはずだ。


 目的は、足止め。もしくはほかに気をそらすこと。


 襲撃者は、梶山青嶺の命を取ろうとは思っていない。

 もしほんとうに兄たちだとすれば、桜さえ無事ならあとはどうでもいいと思っているに違いない。


 もっと言えば、この宇佐の国の誰が生きて誰が死んでいようが全く興味がない。



 だから鬼の矢傷を看たとき。




 迷わず、手を、かざしたのだ。




 間の悪いことに、桜の手の内には毒を癒すだけの“力”があった。

 日に日に弱っていくさほの身体をどうにかしたくて蓄えた“力”だった。


 鬼の怪我が、命に関わるものではないことはすぐに分かった。

 傷は深くなく、入り込んだ毒も主に身体を動けなくすることが目的のものであり、それも少量であればまったく問題がない。少し熱が出る程度だ。


 なにより本人、桜を担いで山道を歩けるほどに元気だったのだ。いっそ放っておいてもよかったはずだ。動けないさほのほうがずっと重症である。


 だが偽善と言われようと自己満足と言われようと、嫌なものは嫌だった。

 目の前で誰かが弱り、果ては死んでいく事が。


 それが兄の手によるものかもしれないと思えば、なおさら。


 兄たちが、自分を大事に思ってくれているのは身にしみて知っている。

 だが、桜も同じくらい、兄たちが大事なのだ。

 自分のために兄たちが誰かを傷つけるのは、我慢できなかった。



 けっきょく誰が鬼を狙ったのかはわからずじまいで、兄たちが現れる気配もなかったのだけれど。


 ほっとしたようながっかりしたような、微妙な気分である。





 そしていま、さほを挟んで、桜と桜の枝が対峙していた。


 細い花器からすらりと伸びる薄墨色の細い枝と薄桃色の小さな花、柔らかな褐色の葉。


 眉根を寄せてにらみ合ったあと、そろりと周囲を見回して自分とさほ以外の誰もいないことを確かめては吐息をつく。


 そして再びにらめっこに戻る。


 同じことをもう何度も何度も、繰り返していた。



 罠、なんだろうか。

 罠かもしれない。


 その可能性は高い。


 しかし、とも思う。


 自分たちが持ち得た“力”を、ほかの誰が正確に知るというのか。


 お詫びと言ってそっと山桜の枝を差し出した阿賀野の態度は、大きな身体がふた回りは小さく見えるほど卑屈で、別の意図があるようには見えなかった。


 なにより、さほを助ける手段がそこにある。


 最初の機会をふいにしたのは、自分だ。

 次の機会が廻ってくるまで待つことはできない。次があるかもわからない。




 桜はもう一度周囲を見回し、今度は大きく深呼吸をした。


「ごめんね」


 一言心から、かすかに、呟いて枝に触れる。



 しばらくして。

 はらり、と薄く色づいた花びらが落ちた。


 雪が降り積もるようにはらはらと音もなく小さな花びらが、柔らかな若葉が落ちていく。


 それら全てが、急速に色あせていく。


 そしてすべての花と葉が落ちた後。



 さらりと。


 小さな音を立てて、薄墨色の枝が崩れた。


 小さな、けれども確かな命も燃え尽きた、灰のように。







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