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花咲姫  作者: いちい千冬
花咲姫
20/54

“毒”解く力は

(ほど)く、と読みます。




「毒だった」


 短く簡潔に告げる側近に、青嶺は「は?」と聞き返した。


「何が? どれが?」


 毒という単語そのものに驚きはない。


 宇佐の嫡男が命を狙われるのは日常茶飯事であり、その手段として毒が使われることも珍しくないからだ。今回不意を突かれた襲撃にしても、矢じりには毒が塗ってあった。致死量でなかっただけまだ襲撃者に良心があるほうだ。


 それを見破ったのは、『花咲』の少女。


「まさか『花咲』が作ったものの中に?」

「大馬鹿野郎」


 どすっと直亮の拳が青嶺の懐に刺さる。油断していた青嶺は「むぐっ」と呻いた。

「おれが毒を食べたように見えるか。それに桜自身も食べていた粥だぞ?」


 そういえば彼が鍋から粥を救って口に入れるまではあまりに素早く、そこに『花咲』が手を出す隙はなかったはずだ。


 宇佐の『青鬼』の腐れ縁で幼馴染は、はああ、と重いため息をつく。

「そもそも彼女が誰を殺すっていうんだ? さほか、おれか、お前か? そんなわけないだろうが。頼むからその考えなしの口を彼女の前できくなよ」


 『花咲』は馬鹿ではない。


 彼らの前で、彼女は常にしゃんと背筋を伸ばしている。

 付け入られる隙を作るまいと言動にも注意しているのがわかる。 


 いきなり見知らぬ男たちに見知らぬ土地へ連れてこられたのだから、もっと取り乱し泣き叫んでもいいようなものなのに。


 まだうんと若いはずの彼女の痛々しいまでの気の張り方が「なにか隠しているのではないか」と思わせる一因なのだと教えてやるべきだろうか。


 それに彼女の性格上、無関係の者、弱っている者を見殺しにすることができないのだろう。

 なにしろある意味同じ被害者であるさほはともかく、桜を攫ってきた張本人の『青鬼』に入り込んだ毒を見破り、その上侍医が太鼓判を押すほど完璧な手当てをするくらいだ。


 青嶺を襲った矢に塗られていたのは、遅効性の毒である。

 襲撃時の混乱でいつの間にか件の矢じりはどこかに行ってしまい、確かめる術もなかった。


 まあ毒に対してある程度の耐性はあることだし、本人がぴんぴんしているので大丈夫だろうと高を括っていたのだが、その放っておいては危険な毒を『花咲』は看破した。


 黙っていれば勝手に弱ってくれたものをあえて指摘してきたのだから、彼女は襲撃者とは無関係なのだろう。


 そんな彼女が無作為に毒を盛るなど、あり得ないのだ。




「毒が入っていたのは、水だ。水がめに溜めていた水」

 おかしいと『花咲』が主張していた水である。


「侍女の病状が悪化したのは、どうやらそれが原因だったらしい。入れ物に付着していたのか、水に混入されたのかはわからないが、人為的なものに間違いはないだろう」


「水なら、それこそあの娘とか栄進(えいしん)も飲んでるだろう」

 青嶺は首をひねった。


 彼女をあの家に連れて行ったその日、彼も柄杓でそれを飲んだ覚えがある。


「混ざっていたのはほんの微量だという話だ。よほど衰弱してでもいない限り、身体に影響が出ない程度のな。長い間飲み続ければわからないが」


 矢傷といい水といい、まったく大したものだ。

 直亮の口元に作り物でない笑みが浮かぶ。


「水が苦いと、桜は言っていたそうだな。入れられていたのは草の汁だ。ただし熱を通せば、つまり白湯の状態で飲めば毒性は弱まるらしい」

 それでも当初鍋ひとつ置かれていなかった状況を考えれば、じゅうぶんな脅威ではある。


 鍋がないと憤慨していた彼女を思い出し、青嶺は苦い顔をした。

「……あれはよく気付いたな」

「毒だとは分かっていなかったようだがな。知っていれば、毒を飲まされているんだ。もっと騒いだはずだし」


 植物の知識に秀でているという『花咲』。

 毒に気付くのも早いのかもしれない。

 薬草に詳しいということは、毒草にも詳しいということなのだから。


 隣国の萌葱は、薬草だけでなく裏で毒の売買も盛んに行っている。利益でいえば、毒薬のほうが上かもしれない。


 『花咲』がそれに関わっていないはずはないのだ。


 それが萌葱の『花咲』を重用する理由でもあるのだろう。


 『花咲』というのは予想以上だ。知れば知るだけ、ただの庭師ではないと分かる。


「桜で半人前というのは本当なのか? あの勘の良さと植物全般の知識、青嶺を前にしてまったくひるまない度胸で」

「……三番目のは余計じゃないか」

「そこがいちばん重要だろうが」

 直亮の口調は楽しげでも、目はいたって真剣である。


「この世の中におまえを怖がらないお嬢さんが何人もいると思うか。宇佐の『青鬼』と対峙すれば竦みあがり回れ右をして逃げ出す男だっているというのに。それに忘れてるなら何回でも言ってやるが、おまえの矢傷の手当を完璧にしてくれたのは彼女だからな」

「う」

 痛いところを突かれ、青嶺は腹に拳を見舞われたときよりもなお顔をしかめた。

 気のせいか、彼女にこってりと薬を塗られた右肩がひりひり痛む。


 彼女の採取した薬草を練り混ぜた薬は、わざとだろうと疑いたくなるほど傷にしみた。そして妙に熱かった。

 そのおかげなのか、矢傷そのものは周囲が驚くほど回復が早かったのだ。


「怖がられ震えられて手当てどころじゃなければ、今頃おまえは医師のじいさんの小言を食らいながら寝床でうんうん唸ってたな」

「………」


 同じことを小さな擦り傷から大きな刀傷まで、幼少の頃からお世話になりっぱなしの侍医からも言われた。


 不本意ながら、青嶺はまったく反論できなかった。

 今回のように襲撃者から毒を受けて、実際何日も床について唸っていた経験があるからだ。



 水がめを調べた事について、『花咲』には知らせていない。


 なけなしの信頼関係だが、これ以上の悪化を避けるためには言わないほうがいいだろう。

 毒を入れたのは彼らではないが、そんな環境に彼女が置かれているのは間違いなく彼らのせいである。


 思わずといったように、直亮がぽつりとこぼす。


「……保経さまに、引き渡すのか?」

 あの娘を。


 側近の問いに、青嶺はすぐに答えることができなかった。



 もともと萌葱の国へ『花咲』を求めたのは、祖父の命令があったからだ。


 祖父は、もうすぐ死ぬ。


 寿命というやつだ。

 そう、医者から言われている。


 だから、最期の頼みくらい聞いてもいいかと思った。

 それで祖父の気が済むのならと。


 梶山保経が欲しているのは、『花咲』の勘の良さでも知識でも度胸でもない。

 まして、彼女そのものでもない。


 定められた寿命を覆す力。

 存在しているかどうかも分からない不可思議な力だ。

 死を目前にした今、それを異常なまでの執着でもって追い求めている。


 今は静観している祖父は、いずれ『花咲』を連れてくるよう青嶺に命じるだろう。


 そして、彼の願いを叶えることのできない彼女は殺される。


 『花咲』の様子など、いちいち報告しなくても把握しているに違いない。

 下手な嘘もごまかしも無意味だ。厄介なことに、祖父に心酔し手足となって動く部下がいまだに存在するのだから。


 おそらく水がめに毒を入れたのは、祖父の命を受けた誰かだ。

 『花咲』を試す、たったそれだけのために。


 なにしろ、自分の目的のためには誰が死のうと傷つこうとまったく気にしない鬼畜である。

 血のつながった自分の孫にも平気で毒入りの水を飲ませることができる。

 青嶺に矢を射かけた犯人は分かっていないが、その黒幕が祖父だという可能性だってあるのだ。


 ……否定できないのが悲しい。



「なんか馬鹿馬鹿しくなってきたな」


 答えになっていない独り言を呟けば、直亮は苦笑をもらした。

「そうそう。もうちょっと考えろ。悩んどけ」


 憮然とした表情になる青嶺の右肩を、彼はぽんぽんと叩く。



 矢を受けたはずのその箇所は、すでにほとんど痛むことはなかった。


説明くさい回でした。

できるだけ改行入れてみましたが…読みにくいと思います。スミマセン。

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