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花咲姫  作者: いちい千冬
花咲姫
17/54

“病”癒す薬は1

またしても長くなりそうなので、キリのいい所で分けました。


「さほ」

 小さな身体をそっと揺り起こせば、水底から浮き上がるように小さな双眸が静かに開く。


「姫、さま……?」

 力の入らない、まだ夢の途中のようなぼんやりした声と眼差し。

 思わず唇を噛みしめそうになったが、どうにか笑顔らしきものを作って桜は優しく言った。


「お粥ができたけど、食べられる?」

「お、かゆ……」

 うつろに繰り返す病人に向かって、そう、と大きく頷いてみせる。

「お米を分けてもらったの。あんなまず…冷たいご飯食べるくらいなら、自分で作ったほうがいいかと思って。その辺で採ってきた菜も入れてみた」


 侍女は目を見開いた。

「姫さまが、作ったんですか?」

「うん。ただのお粥だけど。ここのご飯よりは美味しいと思うよ」

 少なくとも米に芯が残っていたり、塩の塊かというほどしょっぱかったりはしない。

 さっそく支給された食材と鍋でとっさに作れたのは粥だけだったが、ここでは自分で作った食事ほど美味しくて安心できるものはない気がする。


 食事を作るくらい、生粋の“姫”ではない桜には朝飯前である。

 普段から引きこもり気味だった事もあり、彼女は家の家事ほとんどを請け負っていたのだ。


 萌葱の国領主から貰い受けた『花咲』の屋敷は、広いが使用人は極端に少ない。

 よって、必然的に身の回りのことは自分たちでしなければならなくなる。

 それは素人が不用意に繊細な花木に触れて欲しくないからでもあるし、珍しい植物や『花咲』の技術を盗もうとする輩への自衛手段でもあった。

 何よりもともと小さな山村でつつましく生活していた農民の出なので、人にかしずかれる生活がどうにも落ち着かないのだ。


 桜が生まれたとき、すでに父は『花咲』だったが、両親や兄たちの生活を見ていた彼女もまた質素で気楽な倹約生活が板についてしまっていた。

 侍女なんて本当はいらないくらいなのだ。


 もっとも、ひとりぼっちで閉じ込められ人相の悪い男たちに見張られているよりは、さほにいてもらったほうが心強くはあるのだが。


 驚いてぽかんと口を開けたさほだったが、さすがに主が手ずから作ったものを「食べない」とは言えなかったのだろう。

 食事量が減る一方だった侍女は、取り分けた量を全部平らげた。

「ほんと、あったかくて美味しいですー」と嘘でもなさそうな笑顔とともに。



 さほの病状は、あまりよくない。


 初めて顔を合わせた初日はまだ意識がしっかりしており、滋養のあるものを食べてゆっくり休めばある程度回復するだろうと思っていた。


 だが、予想に反して良くなる事はなかった。

 それどころかどんどん悪くなっている気さえする。


 少しずつ、少しずつ。

 まるで命の砂がどこからか音もなくこぼれ落ちていくように。


 震えが来た。


 この感覚を、知っている。


 あの宇佐の鬼は「何もしなければ、さほは死ぬだけだ」と言った。

 それは万病を治すと噂される『花咲』でなければ治らない類の病気にかかっている、ということだったのだろうか。


 桜は医者ではないので、詳しい病状はわからない。

 だが、確信していた。

 特殊な力でもなんでもなく、それは直感のようなものだ。


 さほの命はここで消えて無くなるものではない。

 死の気配は、感じられない。


 彼女の場合は……きっと、間に合うはずだ。




 桜は、身につけていた帯の内側から匂い袋を取り出した。


 口を開けば、花の芳香とともに白く小さな包み紙がのぞく。

 包み紙を取り出してそれを開き、ころんと出てきたのは暗褐色の小さな丸い粒。


 薬師として勉強中の兄・樹に持たされた、お守り代わりの丸薬である。

 そして、今は『花咲』と呼ばれる一族に伝わる秘薬でもある。


「さほ」

 そっと呼べば、食事を終えてうつらうつらとしていた侍女のまぶたが上がる。

 丸薬を彼女の口元に持っていき、さらに小さな声で囁いた。


「すごく苦くて不味いけど、これを飲んで」


 さほはのんびりと首をかしげる。

「すごく……甘い匂いがしますけどー」

「匂い袋に入れて、ごまかしてるから」

 相性の良い香でごまかしているからこそ、香木をくべたような上品な香りになってはいるが、口に入れれば味もにおいも、それはそれは苦い薬である。桜自身、これを飲むくらいならちょっとの風邪も引くもんかと固く決意しているほどの。


 鍋に残っていた粥といっしょに口に入れすぐに白湯で飲み下してもらうと、さほはいっしゅん顔をしかめたものの、すぐに「大丈夫ですよー」とへらりと笑った。


「苦いのはお薬ですか? なんだかぽかぽかしてきましたー」

「……それはお粥のせいかな」


 桜は苦笑しながら、小さく呟いた。

 やっぱり温かい食事はなによりの薬だ。

 それに、あれから水がめごと家の水を交換してもらうことができた。言ってみるものである。


 宇佐の『青鬼』はそのあだ名に恥じない立派な鬼畜だとは思うが、話が通じないわけではないらしい。

 自分にとってもさほにとっても、それは救いたっだように思う。




 少しだけ血色が良くなったように見えるさほは、またとろとろと眠りについた。





『花咲』の秘薬は、正○丸を少し大きくしたようなイメージです(笑)

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