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花咲姫  作者: いちい千冬
花咲姫
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“鬼”を憂う鬼

鬼さんサイドのお話です。

「なあ直亮。あれは、ほんとうの話なのか?」

 さくさくさく。

 雪や枯れ草を踏みしめる音と共に、梶山青嶺は後ろからついてくる腹心の部下に言う。


「攫っておいて、なにを今さら」

 青嶺の幼なじみにして悪友、側近にして参謀でもある砂原直亮は、肩をすくめた。


「まあ、お前がこんな怪しい噂を信じるとは。おれも意外だったよ」

「お前が言ったからだろうが……」

「ふうん、おれのせいか」

「……責任を取ると言ったのはおれだけど」

 決まりが悪そうに青嶺はぼそぼそと呟いた。


「見たんだろう? 彼女が花を咲かせるところを。だから無理やりにでも連れてきたんじゃないのか。『花咲』の力が本当なら、実に興味深い。この国のやせた土地でも自在に花を咲かせることができるのなら、役に立つんじゃないかと思ったんだが」


 言われて、彼は萌葱の国での花見の宴を思い出す。


 豊国家に取り入り、小さな山村の農民という立場から出世した『花咲』の一族。

 どんな狡猾で抜け目のない人間が出てくるのかと思いきや、宴の席で控えていたのは豪華な薄紅色の衣をまといながらもそれに飲まれることなく、野望のやの字もない瞳で真っ直ぐにこちらを見つめる少女だった。


 あの『花咲』の少女が触れたとたん、紅白の梅の蕾は一斉にほころんだ。

 冬の長い眠りから、たった今揺り起こされたように。


 たかが、花。

 梅、桃、藤、牡丹、紅葉―――そして桜の枝の若葉。見たことのない草木など、あの中にはなかった。


 それでも見とれていた自分を、青嶺は自覚した。

 それほど彼女の咲かせた花々は見事だった。


 だが、『花咲』の少女はそれを「普通」だと言ってのけた。

 周りの温度調節や水のやり方や土の作り方、肥料の種類……細かく気を配れば誰でも出来ることだと。


 それは嘘ではないのだろう。

 だがそれだけであんなにも美しく生き生きと草木がそこに在ったとは、思えなかった。

 なぜか、どうしても思えなかった。


 『青鬼』と恐れられ、常に殺伐とした世界に身を置いている自分が。

 歌舞音曲にまるで心が沸き立たず、花鳥風月を馬で蹴散らしてもなんとも思わないこの梶山青嶺が。


 ただ季節を外しただけの花木に、あれだけ目を奪われるはずがない。


 だから手に入れてみようと思ったのだ。

 祖父に命じられたからではなく、自分の意思で。


「それで。なにか不可思議なことはあったのか?」


 苦笑交じりの側近の声に、彼は首を横に振る。

「いいや、まったく」


 近くで観察していたが、『花咲』の娘はなにも起こさなかった。なにも起きなかった。


「狩小屋から逃げたとき、妙な気配を感じたような気がしたんだが」

 だからすぐに連れ戻すことはせず、様子を窺った。

 彼のこういった直感はよく当たる。虫の知らせとでも言うのだろうか。戦場で背後を突かれそうになった時や闇討ちされかかったときなど、彼自身もその周囲もかなり助けられてきたのだ。


 だが、『花咲』はふらふらと木々の間を彷徨っていただけだ。


 彼女が“何か”を起こしやすいように、付き従っていた従者たちを減らしてみた。

 ひと気のない、木々が生い茂る獣道を選んで進んでみた。


 しかし誰か助けが来るわけでも、はたまた化け物のように木々が蠢いて道を阻むようなこともなかった。

 何事もなく、西峰に辿り着いてしまったのだ。

 これには少々拍子抜けした。


「普通の娘……に、見えるんだが」

 歯切れの悪い言葉に、彼の側近はわずかに目を見開き、そしてにやりと笑った。


「いいや。お前を怖がるどころか、真正面から見据える女性には初めてお目にかかったよ」

「……どうでもいいだろう、そこは」


 青嶺は憮然とした顔つきになった。

 否定はしないが、それを笑って指摘されるのは面白くない。

「いまの問題は、あれが噂通りの力を持つのかどうかだ。じい様もそれが知りたいんだろう」


 自分が鬼だというのなら、血のつながった祖父もまた鬼だと彼は思う。


 さほは、祖父保経が寄越してきた侍女だ。

 西峰城に着いたとき聞かされた話に、「あのもうろくジジィ」と思わず舌打ちした。


 それとも、少しは怪しい噂に疑いを抱くようになったことを微笑ましく受け止めるべきなのか。


 梶山保経はかつて、見知らぬ男に戦で負った瀕死の重傷を治してもらった経験があるらしい。

 手をかざすだけで怪我や病気を治す、不可思議な力をその男は持っていたという。

 保経のほかに男を見た者はいないのだが、傷を負って本隊から離れてしまった祖父が、数日後にまったくの無傷でひょっこり帰ってきたのは事実である。

 しかし彼は、命の恩人だという男を探す一方で、妖しげな術や祈祷、占いなどに傾倒しはじめた。彼が息子、つまり青嶺の父親に強制的に隠居させられたのは、その悪影響が問題になったからだ。彼の集めた者たちは偽物だったのだ。


「……あの侍女、もう手遅れで、行ったら死んでたなんてことはないだろうな」

「ああ。さほなら大丈夫だ」

 直亮はあっさりとうなずいた。

「養生すれば回復できると医者が言っていた。放っておいてもすぐには死なないし、『花咲』に移る心配もない」


 使用人とはいえ、宇佐の民を簡単に見殺しにするつもりはない。

 だが病人を前にして『花咲』がどう出るか、それを見たいと青嶺も思っていた。


 あきれたように黙り込んでいた泥だらけの姫君は、しかしすぐに温かい布団と栄養のある食事、そして何種類かの薬草を要求してきた。

 何でも用意するとは言ったが、これは少々意外だった。

 ただし、極めて常識的ともいえる。


 そして彼女は祭壇も護摩壇もない場所で、神に祈るでもなく仏を拝むでもなく、お札も使わずお払いもせず、祝詞も呪詛の言葉も発することなく、ただ侍女を看病していた。見張りの報告を聞いても、怪しい素振りはどこにもない。


「これで、侍女がもう治りました、って事になっていたら面白いが」

 手詰まりに近かった。


 祖父が今度は死体を放り込んで来ないかと心配だ。





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