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花咲姫  作者: いちい千冬
花咲姫
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“砦”に囚われた姫


 宇佐の国、西峰(にしみね)


 それが、まず桜の連れて行かれた場所だった。


 梶山青嶺が「城」と言ったので、海辺にある萌葱の国の城のような広大で壮麗な建物を想像していたのだが、まるで違った。


 三方を山や川で囲まれ近くに街道が走るこの場所は、砦を築くのにとても条件が良いのだろう。

 しかし平地の少ない場所がら、広さは花見の宴が開かれた萌葱の離宮よりもかなり狭い。

 そして驚くほど質素で埃っぽかった。


 それもそのはず、この「城」はまだ建設途中だったのだ。



 トントンカンカンと木槌の音が響く中を颯爽と馬で通り抜け、たどり着いたのは敷地の外れ。

 山すそというよりほとんど山の中にある家屋である。


 少しばかり余裕のある農家の住まいといったところだろうか。一晩休憩した途中の狩小屋よりは広く、小ぎれいな外観をしていた。


 足で入り口の木戸をガタンと開け、ずかずかと大股で土間を横切った西峰城主は、奥の部屋への戸を開けて肩の荷物をぞんざいに下ろす。

 すると、落ちた荷物が呻いた。


「うう。お、鬼……っ」

「いまさらだな」

 打ち付けた腰をさすりながら、桜は目の前に大きくそびえ立つ鬼をにらんだ。


 萌葱を出てから受けた扱いが、あれでもいちおう気遣われていたのだと知ったのは今朝のこと。

 夜更けに逃げ出したと見なされた彼女への扱いは、夜が明けてからいっそう容赦のないものになった。


 近道だとかいう、馬が通れるのかと疑いたくなるような細い悪路をわずかな休憩もなく――休憩する場所もなかったのだが――進まれ、蹄が跳ね上げる泥で顔や髪の毛まで汚す羽目になる。

 同じく全身泥はねだらけの鬼の側近が「なんでよりによってこの道を通るかなあ」とぶつぶつ言い、鬼と鬼の側近の二騎以外は「われわれは到底ついて行けるものではありません」とかなんとか悔しそうに呟いて途中で別れてしまったので、おそらくもう少しましな道があるのだろう。


 おかげで夕暮れ前には着くだろうと聞いていた西峰へ、昼には到着していた。



 昨日からの疲れもあり、抵抗する気力も体力もなく鬼の肩に担がれていた桜は、自分が落とされた場所を見回してぽかんと口を開けた。


 少し離れた木々の中にあるせいか、建設現場の喧騒はほとんど聞こえない。

 泥だらけの冷え切った身体を、上品な香をくゆらせた暖かい空気が優しく包み込む。

 無骨な外観に反して中の部屋は明るく広く、さらには高級な調度品が整然と並んでいた。


 どこかで、ホトトギスがのんびりと鳴いていた。


 農家の家からいきなり貴族の屋敷にでも迷い込んだかのような違和感である。

 ああ、やっぱり『花姫』を迎えるつもりだったんじゃないの。そう頭の中で逃避しかけた桜の耳に、『青鬼』の容赦のない声が飛んだ。


「『花咲』の姫」


 この呼び方を嫌っていることを知っているはずなのに、この鬼はわざとそう呼んではにやりと笑う。


「今日からここがお前……いや“姫”の屋敷だ」

「……」


 上目遣いににらむと、なんだか嬉しそうに目を細められた。

 この鬼、ほんとうにいい性格をしている。


「一通りのものは揃えたが、足りないものは直亮に言え。それから――」

 青年は黒々と冴えた瞳で桜を捉えたまま、通りのよい声で言った。


「さほ!」


 すると二拍ほど間を置いて、部屋の入り口のあたりから慌てた返事が返ってくる。


「は……っはい!」


 いつの間に入ったのか、それともずっと控えていたのか。小袖を身に着けた少女ががばりと頭を上げた。まだ子供のようなあどけない顔は青く、小柄で線も細い。というより、細すぎる。


 小さな少女をちらりと見てから、彼は続けた。

「あれはさほという。お前の身の回りの世話をする侍女だ」


 とさり、と音がした。


 見れば、少女が平伏していた。

 いや、突っ伏して倒れていたのだ。


「見ての通り、病気だ」

「え、ええっ?」


 仰天する桜のそばで、平然と彼は言う。

「死人は無理でも、病人くらいは治せるか?」

「は、はあ?」

「あれを治さなければ、お前の世話をする者がいない。侍女がいなければ困るんじゃないか、『花咲』の姫?」


 黒く鋭い双眸は、見間違いでなければきらきらしている。

 彼女の反応を楽しむように。


「本気で、言っているの?」

「本気だ。それから、いちおう正気だ」

 桜は怒りを通り越してあきれてしまった。


「試せと言われたのでな」

「だから、そんな力はもとから無いって言ってるじゃない!」


「必要なものがあったらこいつに言え。なんでも揃えさせる」

 聞く耳持たずといった様子で、彼はかたわらに立つにっこり笑った泥だらけの部下を指さした。


「自己紹介はまだでしたね。これの側近で砂原(さはら)(なお)(あき)と言います。そんなわけで、しばらくここにいてください。これからよろしく」

 人懐こい笑みを浮かべた鬼の側近は、鬼より身長は高いが体格は細く、鬼のように問答無用で人を威圧するような空気はない。

 ただし、こんな状況で平和そのものといった笑みを浮かべる彼が心落ち着く存在かというと、むしろまったく逆だった。


「……無茶苦茶だと思わないの?」

「まあ、無茶苦茶だろうな」


 天候によってはまだ雪もちらつくこんな時期に山を越えて隣国萌葱に乗り込み。

 萌葱の国領主・豊国忠朝に掛け合ってまで『花咲』を欲して。


 にもかかわらず、このあっさりした返事と適当な態度は何なのだろう。


 噂を聞きつけて『花咲』を狙う人々の目は、目先の欲にゆがみ曇っているか、わらにもすがる思いで血走っているかのどちらかだ。

 だが目の前の鬼の視線は、そういった意味ではむしろ清清しいほどだ。鋭いがねっとり絡み付いてくる不快感がない。


 たぶん、『花咲』を呼んだとかいう梶山保経はともかく、その孫は噂を頭から信じているわけではないのだろう。

 というより興味がない。それが嘘でも真実でも、彼はどちらでもかまわない。


 だが、無関心というわけでもない。

 人の反応を見て楽しんでいる風でもあるのだ。

 ちょっと珍しい獲物を捕まえて、悦に入っている猟師のように。


 いったいなんなのこの鬼。

 こんなの、どうしたらいいの。

 どうやったら帰してもらえるの。

 それとも、彼の言う“じい様”とやらを待たなければいけないの。


「安心しろ、期待はしていない」


 途方にくれた桜の耳に、鬼の声が嫌味なほどに朗々と響く。


「『花咲』に治せないのなら、さほは死ぬだけだがな」

 鬼は、別にそれならそれで構わないと言いたげだった。






新キャラ「さほ」ちゃん登場。

登場……?

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