ゲロ袋はいらねーよ
あちらこちらの廊下を曲がり、どんどん地下へと潜っていく。明かりの入らない階段を、何度も折れ曲がりながら降りていく。
いったい何階分潜ったのか判らない。
明りは隣を歩む青年のもった小さな火の灯りのみ。明りの届くぎりぎりを空色の長髪が獣の尾の様にゆるゆると揺れている。
・・・・。夢の無いこと言って悪いが、重機もなさそうな世界でどうやってこんな地下造ったんだろう。強度とかは大丈夫なのだろうか。いや、地球にだって地下都市とかある訳だし。いけるのか・・・?
だめだな・・・私のこの思考が横滑りする癖はなんとかしたほうが良いと思うぞ。
ぶるりと寒気がした。
気が付けば目の前に階段は無く、石の重たそうな扉が有った。
寒いわけだよね。ココは地下だし、階段も壁も天井も全て冷気を放つ滑らかな石だ。そうきっとそういう当たり前な理由だ。目の前の石の扉から妙な空気が舫ってるとか、そんなオカルトチックな理由じゃ無いはずだ。ああそうだ。
でも一応確認してみたり・・・。
「あの、ヘレネ、さんてどんな人なんですか?」
どうかこの薄ら寒さがこれから会う筈の人ではありません様にと願ってみたり。
「さあ?チラッと顔をみたり一言二言話したことしかないのから、白いって印象しか無いな」
マジでか・・・。人と話したがらないタイプだろうか?
背後で2人が話しているのも気にせず、ビクビクしながら先導していた『陛下』が石の扉をぺちぺちと叩いている。絶対に中には聞こえないと思うんだけど。
「ヘレネー」
呼掛けにうっすらと扉が開く。僅かな隙間に向って何やら話しかけている。しばらくして此方を振り向いて目を合わせないまま、
「入って」
っと促された。
恐る恐る扉に近づくと私と入れ違いに、だっと青い髪をたなびかせて階段の上へ逃げていった。
よし、なんか今ので少し落ち着いた。要因は違えど、自分よりビビッてる奴を見ると余裕が生まれる原理。
意を決して、扉の内側へ滑り込んだ。
ヘレネさんの第一印象を言おう。
白い。
うん。マジで。別嬪さんだとか以前に全身が白い。
床に届きそうな緩くウエーブした髪は真っ白。
肌も真っ白、肌の表現に使う白いではなく、絵の具などの箱を開けて『白』と書かれているあの色。アルビノ?とかそういうわけではない。
目も白いのだ。虹彩の部分が白く、かろうじて白目との境がうっすらグレイのラインが入っているだけ。瞳孔のみが黒い。『白』という色素をしっかり持っているらしい。
そんな彼女が着ているのも、真っ白な服。全体が白いせいで体と服の境目があいまいでどんな服を着ているのか定かではない。
石の扉の向こう側はひたすらに大きな空間だった。不可思議な淡い光に包まれた、滑らかな石で出来た空間。材質は今まで下ってきた階段と変わらないようなのに、そこは別世界だった。空気がいやに澄んでいて冷たく突き刺さるようだ。自分でもどう表現した物か困るが、神社の中を更に飛び越して神社の祭壇の中っといった気分。
そんな中で佇んだ真っ白な女性に完全に腰が引けている私を、見た目からは想像も付かないようなふんわりとした暖かい声で呼ぶ。
「待っていた。こちらへ」
唇や頬さえ温かみの無い色なのに、ひどく優しい笑みをつくった。その優しい笑顔にホイホイされた私は改めてこのヘレネという女性の容姿を見てみた。
綺麗、美人と言うよりは普通に可愛らしいと言うような顔立ちをしていた。人間離れした色合いに比べて余りにも当たり前な愛らしさだった。
あぁ~決して普通顔って訳じゃないよ?ヘレネって名前からの期待と、あと高校の友達に人間離れした美女(まぁ性格はともかく)が普通にいたせいで女の子の美形に免疫がある。
「ニノマエイチ、か?」
人を品定めっぽいことをしていたので、いきなりフルネームで呼ばれて驚いた。
「は、はい。何で知ってるの?」
あ、ってか私ここに来てから一回も名乗ったり名乗られたりしてねー。
おっとまた横滑りしてしまった。
「わたしは巫女だからな。神に御仕えしている」
そうまた微笑んで言った後に少し苦笑した。
「と言っても、長い間生きていて初めてお声を聞いたのだが」
あの女神さん本当に見てるだけなんだな・・・。
「正直、わたしはなんの為に居るのか判らなかった。が、少しだが存在意義が見えた。お前のおかげだ」
「はぁ・・・ってはあ?なんでそこまで飛躍すんすか」
「お前がこちらに来るといって、神がわたしに話しかけてくださった。わたしたちの国を救う為に、人を遣ると言って」
そこまで言って、色合いとはかけ離れた酷く人間臭い笑みを浮かべた。心底嬉しそうに。例えるなら、学校の帰りに友達と甘いものでも食いにいこーぜー。見たいなノリの笑顔。
「まあ、本当のことを言ってしまうと神はわたしと友達になってくれるらしい。そこが一番なのだが」
そしてちょっと真顔で付け足した。ただ、今までどうりこの世界の全てに平等にする為。特別な何かはしない。神の中にある人格とだけ親しくしたいらしい。
あの神さんまじフリーダムやわー。
「お前の存在が橋渡しになった」
「あーえー、そうすっか。どういたしまして?」
引き篭もっていたわりに、誰かと関わりたかったのだろうか?
「ところでニノマエイチ、わたしに何か聞きに来たのではないのか?」
しまった忘れるとこだったぜ。
「そうなんです!実は・・・」
かくかくしかじか四角いムーっと、最近このCM見ないなーなんて・・・。今ここに至るまでの経緯を簡単にヘレネに告げる。
「・・・・。体温はあるんだな?」
私は頷く。自分に触ってみるが普通にぬるい。
「仮定はいくつか出来るのだが・・・本人に聞いてみた方が早いと思うぞ」
「え、本人ってあのウザ・・・いや女神様に?どうやってそんな」
「気になっていたのだが、お前の持っているそれは何だ?」
それ、と言って私の制服を示す。正確にはスカートのポケットあたりを。
え、と思って手を突っ込む。くっそ一回墓穴に埋められかけたせいで随分砂っぽい。制服って高いのに。それともこれはもう二度と着ることはないっていう皮肉なのだろうか。
汚れにいらっとしながらも入っていたものを引っ張りだす。
出てきたものは2つ。
ひとつは大型バスなどで良く見かけるアレだ。私は一回もお世話になったことは無いが必ず一つの座席に一つ用意されているアレ。
ゲロ袋である。
・・・・。本気で用意しやがった。
もうひとつは鍵だった。
何の変哲も無い、普通の鍵。何となく形状がウチのに似ている気がする。
「それで会えると思うぞ」
え、どっち?
もちろん鍵の方ですよね。