嘘が可視化される世界。婚約破棄してきた王子に「大好きです」と微笑んだら、私の嘘の残数がゼロになりました
「王子、ミシュは何も知りません。本当に、何もしていません。信じてください⋯⋯っ」
両手を胸の前で握りしめ、消え入りそうな声で訴える。王子の後ろで、今回の冤罪を仕組んだ私の異母妹が「勝った」と言わんばかりにニヤリと笑うのが見えた。
いいぞ、もっと油断して。
私の嘘の残数はあと「1」。この最後の1発を、あなたたちを地獄に叩き落とすためだけに、最高に可愛く使ってあげる。
「見苦しいぞミシュリー! お前の頭上の数字はすでに『1』だ。悪だくみのために嘘を使い切った証拠ではないか!」
王子が勝ち誇ったように私を指差す。
わたしは生まれつき『1』なんですけどね、バカ王子様。
「お前が何をしたかはすべて聞いている!」
私はうるうると瞳を揺らし、一歩、王子に歩み寄った。
「王子⋯⋯ミシュは、王子のことがだーい好きです」
にっこりと笑って言うと。
ピカッ。
私の頭上の数字が「1」から「0」に変わった。神のシステムが、私の言葉を大嘘だと判定したのだ。
「ははは! 見ろ! 今『好き』と言った瞬間に数字が減ったぞ! お前は俺を愛してなどいなかった! 稀代の悪女め!」
「ええ、大嫌いですよ? 豚のほうがまだ愛嬌があります」
「なっ⋯⋯!?」
私はパッと涙を拭い、すっと真顔に戻って冷ややかに言い放った。周囲の貴族たちが「えっ、ミシュリー様⋯⋯?」とザワつき始める。
「嘘の残数が『0』になった私は、もう二度と嘘をつけません。つまり、ここから私が口にする言葉は、神に保証された百パーセントの真実のみです。ねぇ王子様、私の異母妹が『お姉様にいじめられた』と泣いていた件ですが⋯⋯」
私は小首を傾げ、最高に無邪気な可愛らしい笑顔で、トドメの質問を投げかけた。
「あれ、妹の自作自演ですよ。王子はまんまと騙されて、婚約破棄の口実に使っただけです。⋯⋯さあ王子、神に誓って『そんなわけない、妹は嘘をついていない! 』と言い返してみてください? あなたの頭の中の、本当の本心が嘘と判定されて、数字が減っちゃいますよー?」
「くっ⋯⋯う、嘘だ! そんな、俺が騙されているわけが⋯⋯!」
ピカッ。王子の頭上の数字が「2」から「1」に減った。自分の間抜けさを心の底では自覚していた王子の言葉を、神は「嘘」と判定したのだ。
「あ、減っちゃいましたね。おいたわしや、おバカな王子様」
「そ、そんなはずは⋯⋯」
王子が慌てて自身の頭上の数字を見ている。
嘘だったら、罰の石化でもう私はここにはいませんよ、王子様。
「あなたはもうおしまいですよ」
そのとき。それまで黙っていた異母妹が、やっと動き出した。
「ミシュ、私、悲しいですわ! そんな本性を隠していたなんて⋯⋯! 何故そんな人に育ったのかしら? 生んだ母が悪いのかしらね?」
私はいつものようにニコッと笑おうとした。でも、今回はうまくいかなかった。
異母妹は、私の最大の弱点をよくわかっている。
私の母は、私が幼い頃に死んだ。
父はその後すぐに新しい妻を娶り、すぐに妹が生まれた。
嘘をつける回数は生まれつき決まっている。それなのに父は、私の回数が少ないことを「私の心がねじ曲がっているせい」と決めつけて虐げてきた。
家族として認められず、「可愛くない」という言葉ばかりを浴びせられて。
気がついたら、自分を可愛く偽装しなければ生きていけなかった。自分の本当の性格も好きなものも、全部隠すようになった。
でも、そんな偽りの生活も、王子の元へ行くことになってさらに地獄へと変わった。
「可愛いから」と本物の愛を注がれ、決して表に出されなかった異母妹のシュリ。そのシュリに恋い焦がれる王子。
そんな王子の元へ身代わりとして差し出された私に浴びせられる言葉は、実家にいた頃よりももっと厳しいものだった。
『何でお前はシュリのようにできないのだ』
『せめて可愛くいろよ、この無能が』
そう言われても、十分可愛くしているつもりだった。
その言葉たちが、彼らの心の底からの本音だと神の数字が証明するたび、私の心は冷え切っていった。王子は心の底から、私を無能だと見下していたのだ。
「私、異母姉様が怖いですわ⋯⋯!」
異母妹──シュリアーナがか弱いふりをして王子に駆け寄った。
王子は私を憎々しげに指さしながら叫んだ。
「もういい! こいつを捕らえろ!」
抵抗する気も起きず、私はあっさりと兵士たちに捕らえられた。
◇◇◇
「はぁ⋯⋯今日はもう嘘つけないなぁ」
薄暗い地下牢で、私はぽつりともらした。
明日になれば、日付が変わって嘘の残数も「1」に回復するはずだ。そうしたら、明日は王子様になにか盛大な嘘でもついて遊んでみせよう。
「もう寝よっかな」
カビ臭くて汚そうな床をじっと見つめ、座ろうとしたときだった。
「異母姉様、惨めねぇ」
「⋯⋯シュリ?」
鉄格子の向こうから、シュリが近づいてきた。
「何でここに⋯⋯?」
私がこてんと首を傾げると、「あんたの本性はすでに分かってるわ」と鋭い目で睨まれた。
「あんたはしばらく大人しくしてなさい。王子様をあれだけ怒らせたんだから、死刑でも文句は言えないわよ?」
シュリはニターっと下品に笑った。
私は、いつものあざとい作り笑いを捨てて、まっすぐに睨み返した。
「じゃあ早く行きなよ。王子様と、せいぜい楽しく過ごしてなよ」
「は、はぁ!? あんた、本気で王子に興味ないわけ? あのとき言ったことは本心⋯⋯?」
「そうだよ? 私の数字、いま『0』でしょ。ここで私が言ったことは、全部神様が認めた『本音』なんだけど。それすらも分からなかった?」
私が冷たく言い返すと、シュリは顔を引きつらせた。嘘をつけない状態の私が放った「王子への完全な無関心」と「侮蔑」が、本物だと理解したらしい。
何も言い返せなくなったシュリは、屈辱に震えながらそそくさと逃げるように帰っていった。
◇◇◇
翌朝。私は重い鉄の鎖につながれ、大勢の貴族たちが見守る大聖堂の裁判場へと引き出されていた。
天井の高い大聖堂には、きらきらと輝く神聖な光。その下で、私を断罪せんとする者たちの頭上には、今日も分かりやすい数字が浮かんでいる。
王子の頭上には『2』。シュリは『3』。
そして私の頭上には、日付が変わったことで回復した『1』の数字。
「悪女ミシュリーの公開裁判を始める!」
豪華な椅子に座った王子が、勝ち誇ったような顔で叫び、昨日と同じ冤罪の数々を並べ立てる。
さらに、裁判席の最前列から私の実の父親が立ち上がり、王子に向かって深く頭を下げた。
「王子、我が公爵家からこのような嘘つきの悪女を出してしまい、申し訳ありません! 私は本日をもってミシュリーを勘当し、心優しいシュリアーナを我が家の正式な跡取りといたします!」
父親はシュリが王子と結婚して王妃になれば、自分が国を操れると確信しているのだろう。醜く口元を歪めてニタついていた。
私は冷めきったジト目でその光景を見つめつつ、心の中で小さくカウントダウンを始める。
(よし。父親も、シュリも、バカ王子も。私のことを嵌めたクズが全員綺麗に揃ったね。⋯⋯じゃあ、お片付けを始めましょうか)
私は手元の『たった1回』しか使えない嘘のスイッチを入れるため、一歩前へ出た。
そして、これ以上ないほど痛々しく、健気で、今にも消えてしまいそうな可憐な表情を作り、瞳に涙をいっぱいに溜めて、彼らに向かって両手を伸ばした。
「お父様⋯⋯シュリ⋯⋯王子様⋯⋯。ミシュは、皆さんのことが心の底から大好きです。私は皆さんの幸せを、ずうっと応援しています⋯⋯っ!」
ピカッ! ! !
大聖堂に、ひときわ眩しい、そして乾いた光が弾けた。
私の頭上に浮かんでいた数字が、無情にも『1』から『0』へと減少する。
神のシステムが下した判定は──大嘘。
会場にいた貴族たちが一瞬で静まり返った。
「えっ、あんなに健気なのに⋯⋯全部嘘だったの!?」
「あの子、家族も王子のことも、心の底から虫ケラみたいに嫌悪してるんだわ⋯⋯!」
貴族たちは一斉にドン引きして王子たちから距離を取った。
私はパッと涙を拭うと、いつものあざとい作り笑いを完全に捨て去り、冷徹な真顔に戻って凛とした声で告げた。
「さあ、私の嘘の残数は『0』になりました。お分かりですか? これ以降、この裁判場で私が口にする言葉はすべて、神が保証した百パーセントの本音と真実のみです。嘘をついた瞬間に私は石になりますからね。⋯⋯まずはお父様、お久しぶりですね」
私の、容赦のない「真実の弾丸」の連発が始まった。
「お父様は昔から、私に『お前は可愛くない、無能だ』と言って虐げてきましたよね。でもそれ、ただ単に、死んだ、私のお母様が遺した莫大な財産を、私に渡したくなくて家から追い出すための口実でしたよね?」
「な、何をバカなことを! 私はお前を愛して──」
ピカッ!
父親の頭上の数字が『3』から『2』へと減少する。愛していないことが神の目によって即座に証明された。父親の顔が真っ青に染まる。
「次、シュリ。あなた昨日、地下牢にわざわざ私を煽りに来ましたよね。『王子様をあれだけ怒らせたんだから、死刑でも文句は言えないわよ?』って。王子を騙して私をハメたの、そんなに楽しかった?」
「ち、違うわ! 私は異母姉様を心配して──」
ピカッ!
今度はシュリの数字が『3』から『2』へと減少した。心配など1ミリもしていないことが白日の下に晒される。
「ミ、ミシュリー! 王族に対する不敬罪だぞ! 王宮兵、早くその口を閉じさせ──」
パニックに陥った会場で、王子が立ち上がり怒鳴り散らす。私はその哀れな男を、ゴミを見るような目で見据えた。
「最後に王子様。あなたはシュリが『可哀想で可愛い聖女』だから愛していると言いましたよね。でもあなたの本心は違います。あなたはただ、シュリの実家が持つ『聖なる魔道具の利権』が欲しくて、彼女を都合のいい神輿にしたいだけ。ミシュのことなんて最初からどうでもよかったんですよね?」
「ふ、ふざけるな! 俺はシュリを純粋に愛して⋯⋯」
動揺した王子は、自身の醜い本心を隠そうと言い訳を重ねるが、喋れば喋るほど彼の頭上の数字は『2』から『1』、そして『0』へと高速で減っていく。
ついに嘘の残数が『0』になった王子は、「次に関係のない嘘を一つでもつぶやけば、その瞬間に石化する」という極限の恐怖に支配され、ガタガタと震えて借りてきた猫のように何も喋れなくなった。
それを見たシュリと父親は、震えあがって無言になった。
嘘をつけない状態の私が放った言葉がすべて「真実」だと認められ、裁判は完全にひっくり返った。
虚偽の罪で王族を欺こうとした父親とシュリは即座に財産没収の上で捕らえられ、利権目当てで勝手に婚約破棄を騒ぎ立てた王子も、王位継承権を剥奪されて引きずられていく。
カチャリ、と私の手首から重い鉄の鎖が外された。
私は最後に、静まり返った会場の全員に向かって、今度は心の底からの、最高にスッキリとした本物の笑顔を浮かべて言い放った。
「はぁ、すっきりした! これでようやく、可愛いフリをするのも、あのバカたちの相手をするのも本当におしまいです! 私はお母様の遺産を全額回収して、静かな田舎で自由に楽しく過ごしますね! それじゃあ皆様、さようなら!」
呆気にとられる周囲の貴族たちを置き去りにして、誰よりも自由になった私は、軽やかな足取りで優雅に裁判場を去っていったのだった。
お読みいただきありがとうございます。




