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おかえりなさい

作者: 高橋志歩
掲載日:2026/03/31

 その日は本当に寒く、ようやく仕事を終えて帰宅しようとした時には凍えるような夜になっていました。

 これから暗い一人暮らしのアパートに辿り着いても、夕飯を作る気力なんかありません。だからコンビニに立ち寄って、お弁当とサラダとお茶、気晴らしにチョコレートをカゴに入れました。お弁当は焼肉弁当です。疲れた日ぐらいはどんなに微妙でも、やっぱりお肉が食べたいじゃないですか。


 カウンターに行き、店員さんの前にカゴを置きます。いつものように店員さんが尋ねます。

「お弁当を温めますか?」

 いつものように答えます。

「お願いします」


 コンビニのお客は他に誰もいません。店内は陽気な音楽と、大きな電子レンジの低い音だけ。疲れもあって、ぼんやりとお弁当が回る電子レンジを眺めていました。


 やがて時間が経ちました。でも店員さんはお弁当を取り出そうとしません。いえ、ふと見るとカウンターには誰もいません。お弁当は電子レンジの中でまだゆっくり回転しています。変だなあと思った時、電子レンジから優しい声が聞こえてきました。


「おかえりなさい、お疲れ様。今日も大変でしたねえ」

 思わず返事をしてしまいました。何だかちょっと嬉しかったのです。

「本当に、上司が無茶ばっかりいうんですよ。ずっと前に提出してあった書類を無くしたからもう一度出せとか、見積書を今日中に作れとか、倉庫に行って商品のサイズを測ってこいとか」

 嬉しかったので、思わず愚痴を長々と喋ってしまいました。お弁当はまだ回っています。

「それはそれは。働くというのは本当に大変ですねえ」

「本当にそうです。でもまあ給料のためですからね」

 少し気分がすっきりしました。電子レンジから声が続きます。

「でもねえ、その上司さんも今頃別のコンビニでお弁当を買って温めているかもしれませんよ」

 ちょっと考えます。確かに上司も同じ頃に会社を出ました。

「そうかもしれません。いやでも上司はどこかでお酒を飲んで、その後にお弁当を買ったと思います」


 電子レンジから、陽気で明るい音楽が聞こえてきました。声が歌います。

「おかえりなさい、おかえりなさい、どこからここから、ここからむこうまで、お家にかえろう、いつもかえろう、おかえりなさい、おかえりなさい!」

 思わず笑顔になってしまいます。

「みんなかえろう、おかえりなさい、お弁当をもって、かえろう、かえろう、おかえりなさい!」

 一緒に歌おうか、と思った瞬間声がぐんと高らかに歌います。

「おかえりなさい! 温めたお弁当をもってかえろう!」


 はっと気が付くと、電子レンジはピーという音をたてて止まり、店員さんが焼肉弁当を取り出します。立ったまま夢でも見ていたのでしょうか。よっぽど疲れているようです。

「お箸をお願いします」

「はい、お箸ですね」


 料金を支払い、コンビニを出ます。外は凍えるような寒さです。早く帰らないと、お弁当が冷めてしまいます。歩きながら、さっき夢で見た明るい歌を思い出します。


 ――みんなかえろう、おかえりなさい、お弁当をもって、かえろう、かえろう、おかえりなさい!

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