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君の目になる。

作者: やまぎつね
掲載日:2026/02/15

人はいつだって自分勝手だ。

欲しいもののためなら、何かを捨てることも厭わない。

俺も、そうやって生きてきた――いや、そう信じているだけかもしれない。

朝の街は静かで、聞こえるのは自分の足音だけ。

そんな日常が、俺には心地よかった。

だが、ほんの小さな出来事が、退屈な毎日を揺らすこともある――。

人はいつだって自分勝手だ。

欲しいものを手に入れるためなら、平気で何かを捨てる。

俺もそうやって生きてきた――いや、そう信じているだけかもしれない。

どうせ人生は、損得と退屈の繰り返しだ。

人を好きになって自分を忘れたり、

欲しいもののために時間を捨てたりするのも、結局はその一部だろう。


朝の街は、少し静かだった。

笑い声も怒鳴る声も聞こえない、聞こえるのは自分の足音だけ、

俺はそれが良かった、誰にも求められていない、

そう思うと、胸の何処かが軽く感じる、

だって他人に求める時間なんて無駄じゃないか。

信号が青に変わる音、電線に止まる小鳥たちのさえずり、

そんな小さいものだけで、俺には十分だった。


いつも見るあの空が、いつもとは違く見えたが

きっと気のせいだろう。


手にしたカバンを肩に掛け、歩き出す。

コーヒーの匂いが漂ってきても、特に心は動かない。

でも、さっきの空の色だけは、妙に胸に引っかかっていた。


学校に着くと、いつも通りやたらとしつこい、一馬が絡んできた。

「おい、今日こそお前をニヤつかせてやるぞ」

俺は無言でそいつの頭を小突いた。

「いい迷惑だよ...」

こういうやつには関わらない、そう昔から決めていた。

時間の無駄になるからだ。


「ちぇーつまんねーの!あ、てか知ってか!隣のクラス転校生が来るってよ!

噂によると、東京の元アイドルとかなんとか。くそぉ!」

と一馬は羨ましそうに無駄口を叩いた。


「しらん、どうせただの噂だろ」

俺は眉一つ動かさず、そいつを無視した。


「はーいじゃあ席につけ〜」

先生の声が教室に響く。


また始まるんだ、どうせ役に立たない、

この学校生活がーー俺にはただ時間を無駄に捨ててるようにしか思えなかった。


「はーいじゃあ転校生を紹介する、東京からきた、安本夏恋さんだ。

みんな仲良くするように」

その言葉に、教室がざわめいた。


「え?先生!転校生って隣のクラスじゃないんですか?」

一馬が不思議そうに尋ねる。


「あ〜それなんだが、隣のクラスはもう人が多すぎてな。

急遽、このクラスに来てもらう事になった」

先生は少し笑いながら答えた


教室のドアが開く。

目に飛び込んで来たのは、綺麗にまとめられた髪と、どこか澄んだ空気をまとった女の子だった。

安本夏恋(やすもとかれん)らしい。


俺は無意識に眉をひそめた。

「ふーん、ただの転校生だろ」

心の中でそうつぶやき、視線を再び空へ戻した


クラスメイトたちは彼女に釘付けだった。

「すごい...」「本当にに綺麗...」


俺には、正直どうでもよかった。

いくら容姿が淡麗であろうが、結局は同じ人だ。

裏の顔は誰にだってある。

だから、俺は興味なんてなかった。


...けれども、心は嘘がつけない。

俺の中の退屈な日常が、崩れ落ちそうな気がしてやまなかった。


教室がざわつく。


「おい、見ろよ、安本夏恋ってさ! マジかよ、すげーな!」

一馬が隣で騒ぎ出す。相変わらず語彙力は皆無だった。


「ただの女子高生じゃないか」

俺は空に向かって呟いた。


「...でも」

何かを言いかけたが、咄嗟に口を閉じる。


「えーと、席は一馬の隣だな」

その言葉で、一馬は大喜びした。


クラスのざわめきの中、夏恋はゆっくりと教室を歩いてきた。

その姿は、ざわつく空気の中でも、どこか静かで、自然と目を引く。


一馬はにやにやと座席を指差し、「おい、ここだぞ!」と叫ぶ。

夏恋は軽く頭を下げ、笑顔を見せながら、その隣に腰を下ろした。


俺は無意識に視線を向けた。

どうせ大した事ない、ただの転校生だ。

そう思いながらも、胸の奥で何かが微かに動いていた。

大きい変化ではない。

それでも、たしかに何かが動いた――気がした。


朝礼が終わると早々、クラスメイトたちは彼女に注目を浴びせた。

「東京に住んでたって本当?!」

「元アイドルらしいじゃん?」


しかし意外にも、一馬は彼女に話しかけなかった。


「話しかけねーのかよ」

俺は静かに問う


「いやー、ちょっとね。恥ずかしいっていうか、なんていうか」

一馬は照れくさそうに答えた。


「お前にも、そういう感情あんだな」

俺はそう嘲笑った。


夏恋はにこやかに笑いながら、一馬に小さく頭を下げた。

「よろしくお願いします」


一馬はすぐに顔を赤らめ、うまく言葉が出ない様子で手を振るだけだった。


キモ......そう心から深く、俺は思った。


俺は無関心を装い、窓の外に視線を投げる。

けれど、胸の奥で微かにざわつく感覚が消えない。

夏恋の笑顔は、確かに俺のいつもの退屈な日常に、ほんの少しだけ波紋を落とした――気がした。


放課後。

いつも通り、俺はさっそうと帰る支度をしていた。


その時、彼女は俺に1つ質問をしてきた。

「その本! それ面白いですよね!」


俺は一瞬、手を止め彼女を見た。

「......ああ、まあ、そうだな」

無関心を装い、軽く答えた。


だが、言葉を発した自分の声が、どこか乾いているのに気づく。

夏恋はニコリと笑い、目を輝かせて続けた。

「私も同じの読んだんですけど、世界観が素敵で!」


彼女の声に耳を傾けながらも、

何かを隠すように僕は空を見た。


「そうなのか、俺もその本 読もうかな」

なんて思ってないくせに一馬は言った。


「あ...じゃあ!、このあと三人で図書館行きましょう!」

彼女はそう提案してきた。


 三人?


俺は疑問に思った、

きっと俺は入ってないよな、別の人だろう――

そう頭をフル回転させながら考えていた。


「行くぞ、湊!」

一馬が何故か俺の名前を呼ぶ。


しかし、彼女のその視線に押されて、

仕方なくついて行くことにした。


図書館に着くと、予想以上に静かで落ち着いた空気が流れていた。

一馬はソワソワしながら本棚を眺め、夏恋は落ち着いた表情で棚に手を伸ばす。

「どんな本が好きですか?」

夏恋が俺に尋ねてきた。

「ああ、まあ……こういう本かな」

無難に答えると、彼女はにこりと笑いながら、自分の手に取った本を俺の前に置いた。

「これ、面白いですよ。湊さんも読んでみてください」

俺は視線を逸らし、ページをめくるフリをする。

けれど、胸の奥で何かが微かに動いた。

無関心を装っているのに、彼女の笑顔や仕草に、ほんの少しだけ心が揺れる。

その感覚は嫌ではなかった――ただ、認めたくはなかった。

一馬は、まだソワソワしながらも、夏恋に話しかけるタイミングを伺っている。

俺はその横で、黙ってページをめくるふりを続けながら、知らず知らずのうちに彼女の動きを追っていた。


時間が経つにつれ、図書館の静けさに溶け込むように、俺も少しずつ肩の力を抜いていた。

夏恋は時折小さく笑い、ページをめくる手を止めてこちらを見て質問してくる。

「ここ、わかりますか?」

「ああ、なるほどな……」

無愛想に答えながらも、心の奥では不思議な安心感が広がっていた。


「しー! 図書館では静かに!」

一馬が羨ましそうに俺たちに言う。

お前の声のほうがでけえよ。


俺はページをめくるふりをしながら、自然と夏恋の動きを目で追っていた。


「湊さんって、こういう話好きなんですね」

彼女の言葉に、少し顔を上げて返す。

「まあ……嫌いじゃない」


無理に言葉を選んでいるつもりだったが、思ったより自然に口から出た。

そして気づく。心の奥のざわつきが、少しずつ静かになっていることを。

退屈で何も変わらないと思っていた日常が、確かに、ほんの少しだけ変わり始めていた。


数日後も、図書館でのやり取りは続いた。

一馬は相変わらず浮かれていたが、俺は気にせず、夏恋と本の話をする時間を少し楽しんでいた。

それは、退屈だと思っていた毎日に、ほんの小さな光を落ちていた証拠だった。


俺は認めたくなかったが、知らず知らずのうちに、夏恋の存在が日常の中心になりつつあった。


それからも、放課後の図書館は俺にとって、ちょっとだけ居心地のいい場所になっていた。

一馬は相変わらず浮かれているが、俺は気にせず夏恋と本の話をしている。

夏恋は時折笑いながら、ページをめくる手を止め、俺の顔をちらりと見る。


ある日、夏恋がふと呟いた。

「湊さんって、意外と本に詳しいんですね」

「いや……普通だろ」

そう返すと、彼女はにこりと笑い、少し照れたように視線を逸らした。

その仕草に、俺の胸の奥で、何かが微かにざわつく。


次の日も、そのまた次の日も、夏恋は些細なことをきっかけに話しかけてきた。

好きなキャラクターの話、本の感想、少しの冗談――

俺は無愛想を装いながらも、知らず知らずのうちに彼女の動きを追い、耳を傾けていた。


ある放課後、俺がページをめくるふりをしていると、夏恋がそっと声をかけた。

「湊さん、今日って……よかったら一緒にこの続きを読んでみませんか?」


その一言で、胸が少しだけ跳ねた。

無関心を装っている俺の胸の奥が、確かに熱を帯びていた。


そしてついに、その日――

放課後の図書館で、夏恋は少し勇気を振り絞ったように、目を見開いて言った。

「湊さん、私……ずっと前から、湊さんのことが好きでした」


俺は一瞬、言葉を失った。

無関心を装う自分と、胸の奥で静かに動く感情がぶつかり合う。

この返事をどうすればいいのか――

考える時間すら、以前の退屈な日常では味わえなかった貴重なもののように思えた。


俺はページをめくるふりをしながら、視線を机の端に落とす。

夏恋の顔がちらりと見え、目が合うと彼女は微笑む。

その笑顔が、俺の胸を不思議に締め付ける。

これまで、何も変わらない日常に退屈していた。

でも今、静かな図書館で彼女の言葉と笑顔に触れ、俺の中で何かが少しずつ動き始めていた。


返事はまだ出せない。

けれど、考える時間すら、以前の退屈な日常では味わえなかった、特別なものに思えた。

俺は心の奥で、静かに誓った。

「……いまは答えが出せない、その時まで待っててくれ」


夏恋の笑顔を見ながら、俺は初めて、自分の無関心だった日常が、こんなにも温かいものに変わるかもしれないと感じていた。

退屈な日々が、ほんの少しだけ色づき始めていた――気がした。


返事を考える日々は、少しずつだが確実に日常を色づけていた。

夏恋の笑顔、会話、仕草――それらは、退屈で無関心だった俺の世界を、ほんの少しだけ温かくしていた。


しかし、その日常は一瞬で変わった。

放課後、学校の帰り道。軽い会話を交わしながら、俺たちは歩いていた――その時、突然の衝撃と騒音。


夏恋が――車と接触した。

次の瞬間、すべてが灰色に染まったように感じた。

心臓が凍りつき、視界の隅で夏恋の体が倒れるのを見た。


救急隊に運ばれる力のない夏恋の体 

俺は初めて、不安と焦りを実感した。


医療室で、医師の言葉が響く。

「視力は……戻らないかもしれません」


その瞬間、俺は初めて、自分の無関心さや冷めた態度がどれほど無力だったかを理解した。

知らず知らずのうちに積み重ねていた日常のささいな幸せが、どれほど尊いものだったのか――。


返事を答える前に、もう二度と戻らない日常。

俺の胸に、深い後悔と痛みが重くのしかかった。


退屈だと思っていた毎日が、こんなにも大切だったことに、初めて気づく。

そして俺は心の中で誓った。

「……逃げるな、絶対に」


数日が過ぎ、学校には以前の賑やかさが戻っていた。

しかし、俺の心には灰色の影が残っていた。

夏恋は視力を失い、以前のように本を楽しむことはできなくなった。

それでも、彼女は微笑みを絶やさず、周囲に気を配ろうとしていた。


そんな彼女の車椅子を押していると、

その度に胸が締め付けられる。

無関心でいた日々、返事を先延ばしにしていた自分、何も守れなかった自分――。


そのすべてが、後悔として心に重くのしかかる。


ある日、放課後の廊下。夏恋の車椅子を押しながら、玄関まで向かっているとき。

彼女が俺にこう聞いた

「湊さん...返事、聞いてもいいですか?」


その声に、胸の奥が熱くなる。

俺は息を深く吸い、彼女の手を握った。


「......ああ」


俺はゆっくり言葉を紡いだ。

「俺は...お前の目になりたい、お前の見えない世界を俺が伝えたい」


「......だから....だから!!」

俺は唾を飲む。


「俺はお前が好きだ」

俺は心の中の本音を伝えた。


夏恋は驚いたように一瞬目を見開き、次の瞬間、にっこりと微笑む。

「……私の目になってください」


その笑顔を見た瞬間、灰色だった世界は、

色を取り戻した。


そして俺は知る――人を想うこと、時間を共にすることの大切さを。


人はいつだって自分勝手だ。

欲しいものを手に入れるためなら、平気で何かを捨てる。

俺もそうやって生きてきた――いや、それでいいのかもしれない

何かを失くしたって、結局は何かを得るんだ。


......でも

幸せはずっと変わらない


数日後。


「湊さん、ここ読んでみてください」

夏恋が本を差し出す。

俺は手を伸ばし、彼女とページを並べて読む。

言葉にしなくても、彼女と同じ時間を過ごしているだけで、心が満たされていくのを感じた。

放課後、彼女の車椅子を押しながら歩く廊下。

「今日は、放課後どこか行きますか?」

夏恋が訊く。

俺は少し考え、頷いた。

「……行こうか、図書館以外にも、たまにはな」

小さな約束が、俺たちの新しい日常の始まりだった。


日々は決して平坦ではなかった。

事故で失ったもの、乗り越えなければならない不自由、痛み……

でも、俺たちは少しずつ、互いの世界を共有し、支え合う術を覚えていく。

「湊さん……私、少しずつ前に進めそうです」

「俺も、だ」

退屈だと思っていた毎日。

それが、誰かと共に過ごすことで、こんなにも温かく、彩りを帯びるものだとは思わなかった。


灰色だった世界に、少しずつ色が戻っていく――その感覚を、俺は胸いっぱいに噛みしめながら、夏恋と手を取り合い、新しい日々へと歩き出した。

この物語は、私自身の経験ではありません。けれど、登場人物たちの小さな揺れや、日常に訪れるほんの少しの奇跡を通して、読んでくださる方が「誰かを想うこと」の温かさを感じてもらえたら嬉しいです。フィクションの世界ではありますが、心に残る時間を少しでも共有できたなら、この物語を書いた意味があったと思います。

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