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ブランド夫人に地味妻扱いされましたが、工場買い取らせて頂きました

※このお話は『修道女サラは静かにパンを焼く』の前哨戦です。こちらの話も後日公開予定です。


実に、不快な午後だった。


「君が私の仕事に関わってくれるなんて嬉しい」

夫の言葉に背を押され、最近は私も“起業家の妻”として動き始めた。

その一つが、商会の妻たちによる茶会への参加――。


そして、ある知り合いの主催する会に顔を出したのだが。



花模様の絨毯に小卓が並び、香草茶の湯気が甘く立ちのぼる。

本日の茶会は、ロゼッタ夫人の新工場完成を祝う場。


淡い音楽が流れる中、夫人たちはレースの袖を揺らしながら、

「うちの旦那が」「新しい取引が」と自慢話を弾ませている。


南の天候や港の噂まで飛び交い、香茶より熱い話題で室内は満ちていた。

その輪の中心で、ひときわ明るい声が響く。


「ええ、うちのルーカスがね。新しいパン工場を建てたあと、

“どうしても私の名を付けたい”って聞かなかったの。

“ロゼッタ・ブランド”って言うのよ。素敵でしょう?」


そう誇らしげに語る声の主。

本日の主催、ロゼッタ夫人である。


金糸の刺繍を散らした淡桃色のドレスを纏い、

まるで“成功”という言葉をそのまま纏っているかのようだった。


周囲の夫人たちが次々と賞賛の声を上げる。

「まあ、お美しいわ」「まさに社交界の華ですわね」


――その輪の外、私はそっと紅茶を口にした。


私は他の夫人にドレスを褒められたのだが、

「夫が勝手に選ぶので、詳しくはわからないんです」


(相変わらず貢ぎ癖はなおらないわね……)


と答えた瞬間、ロゼッタの目がギラリと光った。


嫌な予感……。

そして案の定、会話の矛先が私に向いた。


「まぁ、“卸の卸”?地味ね(笑)」


(いったい何処から材料仕入れてるの?

地味の定義を是非教えていただきたい)


「うちはね、“顔”が命なの。商売も夫婦も――見られてこそ、価値があると思わない?」


(その顔で他商会を馬鹿にしていいの?

ご自分で泥塗ってますよ)


「東の老舗商会との取引が順調でして。

あら、ごめんなさいねぇ。あなたのところとは関わりがないの」


(聞いてもいないのに。

……寧ろ関わらないでください)


「この前の“ハニー・ブリオッシュ”、とっても美味しかったですわ」

「そうでしょう?あれ、私が考えたの♡」


!?


(ええ……。息を吐くように嘘をつくのね……)


「私がパンを捏ねる?まさか!そんな粉まみれのこと、職人に任せておりますの。

 わたくしは“配合と香りの監修”をしておりますのよ」


(さらっと職人を見下すなぁ……。

それでいいのか、パン工場の夫人)


マウントと見栄のオンパレードで、午後は無事終了。

帰宅後、私は机に突っ伏した。


――つかれた……。



「……ひどいお茶会だったのかい?」


声の主は夫。

紅茶を飲みながら、穏やかに笑っている。


「あなたの仕事を小馬鹿にされまして」


私が少しムッとしながら言うと、夫は嬉しそうに目を細めた。


「東の商会と組んでいるのだろう?放っておけばいい。

 きっと、これから苦労するだろう」


「え?」


夫は紅茶を置き、窓の外を見た。

「東の海は、もう潮が変わってる。

 港の船が煙を上げていない――乾いた麦が入ってこない証拠だ」


……つまり、工場があってもパンは作れない?


「そういうことだ。情報が入ってる。

 北の商人が倉庫を増設してる。――豊作を見越した投資だよ」


私の中にある一つの考えが導き出された。


「……欲しいものがあります」


「なんだい? 君が望むなんて珍しい」


この時、結婚して初めて“おねだり”をしてみた。



それから数日後。

嵐の夜、屋敷の門が激しく叩かれた。


「開けなさい! すぐに会わせて!」


――ロゼッタ夫人だった。


ドレスの裾は泥だらけ、化粧は崩れ、瞳は血走っている。


(入れたくないなぁ……)


「……その呼び方、やめてくださらない?

 私はもう“ブランドの顔”なのよ!」


(カビ生えパンの?)


南の荒天で搬入が滞り、倉庫の湿気も抜けないと聞く。

彼女のパン屋ではカビの生えたパンが棚に上がっているという噂が飛び交っていた。


ロゼッタは笑顔を貼りつけたまま、カップを置いた。

「あなたのご主人、“卸の卸”とか言うお仕事なのよね?

 ふふ、地味で堅実って感じ。――でも今こそ名誉の時じゃなくて?」


嫌な予感しかしない。


「麦を少しだけ、融通してくださらない?」


……ですよね。


「東の商会が麦を止められて困ってるの。

ね? 助けてあげる側になるって、素敵でしょう?

あなたにそのチャンスを“与えてあげる”わ」


いりません


「申し訳ないけれど、取引を締めてるの」


「どうせ小さいところでしょう?」


「東の卸よ」


「…………は?」


ロゼッタの笑顔がピキリとひび割れる。


「ちょ、ちょっと待って。

 “東の卸”って、うちの――」


そう、私の夫は。

彼女が頼りにしていた“老舗商会”の上流、

つまり卸の卸だった。


「ふざけないでよ!! どういうこと!?

 なんであんたのところが――うちの上流なのよッ!!」


立ち上がった拍子に、カップが倒れた。

紅茶がクロスにじゅっと染みを広げる。


(ああ……お気に入りだったのに)


「ということで、お引き取り願えますか?」


「なんでよ! 困るの! 譲ってくれてもいいじゃない!

 余裕あるんでしょ!? そのドレスもちょうだいよ!」


(ドレス関係なくない?)


侍女が怯え始めたので、警備に声をかけた。


「ふざけないで――っ!」


ロゼッタは嵐の音に負けない勢いでわめき散らし、

やがて雨の中へ消えた。



一か月後。

港が落ち着いたころ、私たちはパン工場の競売に出向いた。

信じられないほど安値で落札。


「まさか君がパン工場を欲しがるなんて、どうしてだい?」


「……ロゼッタの姉が、私の友人だったのです。

 “ハニー・ブリオッシュ”など、人気のパンを考案した人でした。

 けれど彼女は家族に虐げられ、修道院に入ったのです。

 ――だから、彼女のパンを守りたかったんです」


夫は静かに頷いた。

「そうだったのか。……彼女は見栄っぱりだからなぁ」


「ロゼッタ夫人をご存知なのですか?」


「いや……そういうわけじゃ……」


「……」


「昔、少し言い寄られたことが……」

「そうですか」

「昔の話だ! 今は君だけなんだ!」


私は笑って肩をすくめた。

「知ってますよ」



それからの工場は順調だ。

窯の香りが街に広がり、パンはすぐに売り切れる。


――彼女のパンが、人々を幸せにしてくれている。


今朝は夫と紅茶を飲みながら、焼きたてのハニー・ブリオッシュを分け合った。

甘い香りの中で、夫と共に幸せを噛み締めた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

ブックマークや感想・評価などいただけると励みになります。

今回の主人公は↓と同一人物です(^^)

政略結婚の旦那は恋人持ち。その恋人は事故物件(笑)

https://ncode.syosetu.com/n7758la/

未読の方は是非お読みいただければと思います。


◆お知らせ

今後の新作予告や更新情報は、Twitter(X)でお知らせしています。

→ @serena_narou

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