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僕の恋人  作者: 織田一菜
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第九十五話 来訪

そう意気込んでいたのが20分前、私は動いている洗濯機をボーッと眺めていた。


もうすでにやることがなくなった。


そもそも掃除が必要な状況で人を呼んだりはしないだろうし、高校生と中学生の二人暮らしで、早急に洗濯が必要になる事はまずないという事を、私を失念していた。


それでもなんとか部屋の細かいところを悠が起こさないように静かに掃除して、ほんの少し溜まっていた洗濯物を片づけたが‥‥もうすることがない。

私の中にある看病のイメージをフル回転し、次にするべき事を考えていると、携帯のバイブ音が鳴った。


沙羅さんからの着信だ。


「もしもし」


「お嬢様、表に出てこられますか?」


「ええ」


暇を持て余している最中だ。


「では、外でお待ちしております」


沙羅さんは詳しい説明をせずに電話を切ってしまった。




私が言われた通りに外に出ると、沙羅さんがビニール袋を持って立っていた。


「これは‥‥」


「近くのドラックストアで買ってきました」


渡された袋の中身を見ると、スポーツ飲料や冷却シートなど、色々な物が入っていた。


「お嬢様、財布を持たずに家を出て行ったようですから」


そう言われてポケットを探ると、携帯しか入っていなかった。


「それに、お嬢様は誰かを看病した経験がありませんし、こういう事に気づかないだろうと思いまして」


‥‥図星すぎて、ぐうの音も出ない。


「お節介ついでに、もう一つアドバイスさせて頂きますが、あまり長居はしない方がいいと思いますよ? 一之瀬さんの性格上、お嬢様に風邪を映したら落ち込むでしょうし、ご自身のプライベートを探られるのはひどく困るでしょうし」


「そんなつもりは一切ないですが」


私の不満が声に出ていたのか、沙羅さんは苦笑いをしている。


「お嬢様がその気がなくても、うっかりという事はありえますから。意外な物から隠してる事が分かるかもしれませんし」


「‥‥沙羅さんは、知っているんですか?」


私が悠から聞いていない、悠の事。


それを誰かが知っている事が、ひどく私を苛立てせる。


「ええ。お嬢様とおつきあいする男性の事ですから、ありとあらゆる事を、一から十まで調べました。‥‥お嬢様に話す気は、ありませんが」


「どういう意味ですか」


「約束、したんですよね。一之瀬さんが話してくれるまで待つと」


おそらく、体育祭の時の話だろう。


「なぜ、それを知ってるんですか?」


「お嬢様の事はどんなささいな事でも知っている必要がありますから」


沙羅さんは、不自然なほどの笑顔で私の問いかけに返す。


これは、これ以上訊いてもまともな答えは返ってこないだろう。


「‥‥わかりました。とりあえず、これを置いたら帰ります」


私が沙羅さんの買ってきてくれた物を持って、悠の部屋に戻ろうとすると、


「お嬢様」


沙羅さんに呼び止められた。


「なんですか?」


「心配なさらずとも、いずれ一之瀬さんの口から、全部話してくれると思いますよ」


沙羅さんが、私に微笑みかける。


‥‥‥‥本当に、この人には敵わない。




悠は、まだ寝ていた。


私が来た時より、呼吸は落ちついてきていた。


濡らしたタオルで顔や腕の汗を拭き、悠にメモを残す。


メモと袋をベッドの脇に置き、帰ろうとすると、悠がもぞっと動いた。


「悠?」


起きたのかと思い顔を見ると、寝返りをうっただけのようで、まだ寝息をたてていた。


少し楽になったようで、表情も幾分か柔らかくなっている。


布団から出ている手を、軽く握ると、悠も反射のように軽く握り返してきた。


「悠‥‥」


当たり前だが、声をかけても、返事はない。


「そろそろ、行くから」


悠の手を離す。


すると、悠の口が少し動いた。


「‥‥悠?」


その言葉を聞き取ることが出来ないほど小さい声だった。


「寝言、か」


名残惜しいが、沙羅さんが外で待っている。


いい加減に帰らないと‥‥


「‥‥りがと」


また、悠の口からこぼれ落ちるような小さな声がする。


ただ今度は若干聞き取ることが出来た。


ありがとう‥‥か。


夢の中でも、悠は、感謝しっぱなしなんだな‥‥


悠が眠るベッドの脇に座る。

「悠、早く‥‥元気になれ。元気になったら、また、二人で‥‥」


私は悠の額に、顔を近づけ、そして‥‥




「今日はありがとうございました」


夕方、由香さんはわざわざ私の家に来てくれた。


「いや、私の方こそ、貴重な体験をさせてもらった。まぁ、大した事は出来ていないが‥‥」


結局、私は沙羅さんの言った通りに動く事で精一杯だった。


「そんな事ないですよ。助かりました」


由香さんは、深々と頭を下げる。


「だ、そうよ。良かったわね、真鈴」


入れたてのお茶を持って現れた葉は、愉快そうにニヤニヤしている。


沙羅さんから事の顛末を聞いたのだろう。


‥‥‥‥葉はあの日から大きく変わった。


テニスを再び始め、私達の前以外でも、砕けて話すようになった。


少なくとも、今までのような見えない壁は消えている。


十文字との関係も、微妙に進んでいると京極と奏が話していた。


色々な事が、少しずつでも、上手く進んでいるんだと思う。


「本当は、少し迷っていたんです。二宮さんに頼もうか、奏さんに頼もうか」


確かに、幼馴染の奏なら、悠が何を求めているのか、すぐに分かるだろう。


「なんで真鈴を選んだの?」


「奏さん、結構がさつですし‥‥」


葉の問いかけに、由香さんは苦笑しながら答える。


「まぁ、確かに」


奏は少し、いや、わりと、だいぶ、相当、かなり、とても‥‥‥‥そういう面がある。


「でも、迷ったって事は、真鈴にも何かあったってことよね?」


「しれはもちろん、恋敵ですから」


由香さんが、間髪入れずに答える。


「ああ、そう‥‥」


葉はその答えに苦笑いで返す。


由香さんの『それ』を冗談だと感じているようだった。


でも、彼女の『それ』が冗談ではない事を、私は知っている。


兄妹の『それ』を超えた思いが、彼女にはある。


「兄と妹では、恋愛にはならないが」


私は、今更言う必要のないくらい当たり前の事を伝え牽制する。


葉は『何本気になっているの』と言いたげな目で私を見る。


だが、私は本気だ。


彼女が、本気なのだから。


由香さんは、私の顔を見て少しだけ表情を崩した。


「ええ、本当の兄妹だったら、そうですね」


「どういう意味?」


私より先に、葉がその言葉に食いついた。


「‥‥‥‥悠から、何も聞いていないんですか?」


「両親の仕事の都合で、離れて暮らしている事は聞いているが」


初めて悠の家に行ったとき、そう言われた。


「仕事の都合‥‥‥‥まぁ、間違ってはいませんが」


由香さんは含みを持たせるような言い方をする。


「何が言いたいの?」


葉は興味を持ってしまったようだった。


私は、これ以上先を聞きたくはない。


なんとなく、嫌な予感がする。


でも、口からこの話題を変えようとする言葉は、何も出てこなかった。


由香さんは、葉の問いかけにほんの、ほんの一瞬だけ躊躇するような顔をしたが、すぐに私の顔をすっと見た。


「悠と私の間には、血の繋がりはありません。悠は養子です」


心臓が、ギュっと握られたような、そんなありえないような感覚が私を襲った。


葉も、血の気が引いたような顔をしている。


「だから、今は義兄と義妹の関係ですけど、もともとは他人です。それでも、本当の恋愛にならないって、言い切れますか?」



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