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僕の恋人  作者: 織田一菜
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第九十三話 知りたい事、見たい物

真鈴と三神さんが病室を出ていってからすぐに、溝口会長とモモさんは帰っていった。


僕と十文字は、他愛もない話を続けていると、病室のドアがノックされずに開いた。


「あ、悠も来てたんだ」


ドアを開けたのは京極君だった。


今日はいつものようなおっとりとしたしゃべり方じゃない。


後ろにはヒメさんも立っている。


「京極さん‥‥ノックくらいしてください」


「ああ、ゴメンゴメン」


京極君は口では謝ってるけど、特に悪いとは思ってなさそうだ。


「はい、おみやげ」


京極君が十文字に高級そうな缶を渡す。


「‥‥なんですか、これ」


「チョコレート。高いらしいよ。」


「甘いもの、嫌いなんですけど‥‥」


「うん、知ってる」


京極君はニコっと笑う。


十文字はその表情で京極君が何を伝えようとしているのか理解したのか、ため息をつくとその缶を枕元に置いた。


「真鈴と葉は? 来てると思ったんだけど」


京極君は病室を見渡す。


「話がしたいって、二人でどこか行ったよ」


「へえ‥‥そう」


京極君はそう言うと、ヒメさんの顔をチラリと見た後、僕の方を向いた。


「僕も、悠とちょっと話がしたい」


「ふたりきり‥‥で?」


「できればね」


僕は椅子から立ち上がり、京極君と病室を出た。




京極君は誰もいない談話室に僕を連れてきた。


「‥‥話って?」


僕は京極君に聞く。


京極君とふたりきりで話をするのは、かなり緊張する。


できれば早く終わらせたかった。


「由香、様子どうだった?」


京極君は真剣な表情で聞いてくる。


「‥‥由香に何か言ったの、京極君なの?」


真鈴から連絡が来る前、由香の様子は明らかにおかしかった。

その理由が、京極君に何か言われたからだとすれば、納得できる。


だけど、京極君は不満気な顔で首を横に振った。


「違うよ、由香に何か言ったのは九十九先生」


「先生が?」


なんで、先生がそんな事を‥‥


「何を言ったのかは知らないけどね。で、僕の質問の答えは?」


「‥‥ちょっと変だったよ。いつも以上にベタベタして‥‥」


「それで、悠はどうしたの?」


「どうしたのって‥‥別に、どうもしてないよ。いつも通りに」


「おかしいと思わなかった?」


京極君が僕を責めるような目で見る。


「‥‥おかしいとは思ったけど」


「何もしなかったんだ」


‥‥京極君は何が言いたいのだろう。


普段から真意を隠すように喋るけど、今日は特に意味が分からない。


「由香の事、おざなりにしてるとか思ってる?」


僕が訊くと、京極君は作り上げられた笑顔を浮かべる。


「別に、そういうわけじゃないけどさ‥‥悠が自分の流儀に反してまで葉に関わったのは、由香の事が関係あるのかなと思って」


京極君は表情を変えない。


いつも通り、こちらの変化を楽しんでいる。


「‥‥別に、由香の事は関係ないよ」


だから、僕はポーカーフェイスを崩さない。


演技には、自信があるんだ。


ずっと小さい時から続けてきたから。


「そうなの? それじゃあ‥‥その腕の事?」


京極君は僕の右腕を見る。


僕の‥‥使い物にならない、この腕を。


「羨ましかったんじゃないの? 誰もが認める才能があって、そのことが好きで、何にも障害のない葉が、さ」


ああ、どうして。


「才能があって、どうしようもないくらい好きなのに、それが出来ない自分と違って」


どうしてこの人はこんなに‥‥


こんなに、こちらの傷口をえぐる事を言うんだろう。


「やりたいのに出来ない自分がいるのに、やれるのにやろうとしない葉に、苛ついたんじゃないの?」


あの時からそうだった。


結果のためには、傷つける事を厭わない。


「まぁ、葉はテニスで、悠は野球って違いがあるけどさ」


「別に、関係ないよ」


僕はそう答えるのが精一杯だ。


これ以上この会話を続けていくのは精神的に堪える。


「じゃあなんで? 相手のテリトリーに入らないのが悠のポリシーでしょ?」


「別に、ポリシーなんかじゃないよ。ただ、そうした方がいいと思うから、そうしてるだけ」


「‥‥そう」


京極君は表情を無に変える。


次に京極君が何を言おうとしてるのか、なんとなく分かる。


「京極君は、そう思わないみたいだね」


だから、先に言っておく。


僕は、京極君の性格をよく知っている。


隠し事をされるのが嫌いな事も。


言わなくても分かるという事を、心と心で通じ合うという事を嫌う事も。


「別に、悠がそれでいいなら、僕は構わないけどね。所詮僕には関係ない事だからさ」


京極君が意味ありげに笑う。


「でも‥‥あえて言わせてもらうなら、悠のしてる事は、ただのコミュニケーションの放棄だと思うけど」


「知られたくない事は誰にだってあるでしょ」


「それが優しさのつもりなの?」


京極君の言葉が、僕の心臓を貫く。


「‥‥優しさとかじゃなくて、一般常識だと思うけど。誰かみたいに他人の心を乱すようなのは、コミュニケーションとは僕は思わない」


僕の言葉に、京極君はちょっとだけ戸惑ったようだった。


「‥‥そう」


ただ短く、こぼすように言うと再び病室に戻ろうとする。


「ねえ」


そんな京極君を、僕は引き止めた。


「今度はこっちから聞いてもいい?」


京極君は少し怪訝な表情をするが、黙って頷いた。


「‥‥真鈴が誘拐される事、知ってたって本当?」


それは、体育祭の後、溝口会長から聞いた事。


『京極と千賀は信用しない方が良い』


『彼らは知っていたよ‥‥二宮君が誘拐されることをね。だから二宮君の誘拐を見ることが出来た』


僕は、その言葉を信じたくなかった。


ただ、溝口会長の言葉が正しいと、思える材料はいくつかある。


だからこそ、本人に聞かなければいけなかった。


答えを聞くためではなく。


京極君の反応を見るために。


「‥‥それ、誰に聞いた?」


京極君の表情が変わる。


それは、いつものような表面的な物ではなく、本当の感情のように見えた。


「溝口会長」


「‥‥そう」


京極君が何かを考えこむような仕草をする。


「‥‥もし、知ってたって答えたら、どうする?」


その瞬間、自分の中の全部の血管が沸騰するように熱くなったのを感じた。


気が付くと、京極君に掴みかかっていた。


「‥‥冗談でも、言うな」


自分の声とは思えないほど、低く冷たい声だった。


そんな声でも、京極君は笑っている。


「‥‥その顔が見たかったんだよ。いつもの笑顔や、自分の作り上げた仮面の表情‥‥その面の皮一枚剥いたところにある、その‥‥本当の顔が」


京極君が僕を突き飛ばす。


「さっきの質問の答えは‥‥ノーコメントって事で」


京極君はそう言うと、作り上げた笑顔のまま、病室に戻っていった。




「真鈴、葉さんと一緒に帰らなくてよかったの?」


真鈴と僕は、三神さんと、後から来た京極君とヒメさんを置いて先に帰る事にした。


「別に僕に合わせなくても」


「いや、いいんだ。葉はまだやる事が残ってるから」


真鈴は少し赤くなった目を抑えながら答える。


三神さんがやり残した事。


それがなんなのかは、なんとなく分かる。


「うまくいくといいね」


「‥‥ああ」


真鈴は、憑き物が落ちたような、満面の笑みを僕に向ける。


「ありがとう、悠。おかげで、私は前に進めた」


「僕は何もしてないよ。最初から、全部、真鈴の中に答えがあったんじゃない?」


「でも、それに気づかせてくれたのは、悠だ」


真鈴はそう言うと、手を僕の指に絡めた。


「だから‥‥ありがとう、なんだ」


真鈴のその笑顔が、僕の全てを癒してくれる。


「‥‥そっか」


「ああ。そうだ」


二人で同時に笑い合う。


「外でイチャイチャしすぎじゃない?」


そんなとき、後ろから不服そうな声がした。


振り返ると、部活帰りの由香がいた。


「バカップルなのは分かるけど‥‥ちょーっとベタベタしすぎじゃないですかねえ?」


由香は、口ではそんな事を言いながらも、笑っている。


こっちを茶化しているだけで、昨日みたいな変な感じはない。


「別にベタベタは」


「悪いか」


僕が否定した言葉に、真鈴の強い言葉が被る。


「悠は私の‥‥恋人、だから」


真鈴は照れくさそうに俯いた。


「恋人‥‥ですか」


由香はそう言うと、僕の真鈴とはつないでない方の腕を組んできた。


「ゆ、由香」


「何をしてるんだ」


真鈴が鋭く睨みつける。


でも由香はそんな迫力に負けずに笑顔を見せる。


「別に~。私は悠の『妹』ですから。ただのスキンシップですよ?」


「普通の兄妹」はこんなスキンシップは多分しない。


「前も言いましたよね? 油断してると奪っちゃいますよって」


「‥‥奪わせない」


真鈴はそう言うと、由香と同じように腕を組んだ。


「悠は、渡さない」


「私も、負けませんよ」


由香がにっこりと笑う。


やっぱり‥‥ちょっと変かもしれない。


「っクシュン!」


急に、クシャミが出た。


この話を書き始めてから、丸5年が経過しました。


5年の間に、様々な事が起こり、なかなか続きが書けない現状ではありますが、それでも読んでくださる皆様に感謝でございます。


これからもなんとか頑張って続けていきますので、よろしくお願い申しあげます。

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