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僕の恋人  作者: 織田一菜
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第九十一話 病室で

四人で十文字のいる病室に行くと、そこには三神さんも千夏さんもいなかった。


「千夏さん、先に来てなかった?」


「来てましたけど‥‥三神にどこかに連れていかれました」


十文字は苦笑いで答える。


「また騒いだのね」


モモさんも呆れたようにため息をつく。


「それで、体の具合はどうだい?」


樋口会長はお見舞いの品をベッド横の机に置く。


「別に、問題ないですよ」


確かに、もう充分に動けそうなくらい回復していそうだ。


「君にはじっとしているのは苦痛かな」


「まぁ、暇ですが」


十文字は溝口会長を不振そうな目で見る。


「いや、他意はないんだ」


溝口会長は慌てて弁解する。


十文字は興味なさげに視線を戻した。


「いつ頃退院出来そうなんですか?」


「明日には」


それを聞いてモモさんは安心したように息を吐いた。


「まぁ、元気そうだし、良かったです」


「心配かけたな」


「もう慣れましたよ」


モモさんが十文字を軽く小突く。


その光景は、どこかこなれている感じがした。


「葉は、どこにいる?」


「さぁ‥‥三神に連れていかれてそのままだから」


「そうか」


真鈴は俯いた。


「用事があるなら、放送で呼んでみたらどうだい?」


溝口会長が上のスピーカーを指差す。


「いや、それはさすがに‥‥」


「急を要する話に見えるけど」


「っ!」


真鈴が言葉に詰まる。


普段全く関わりのない溝口会長も、真鈴の違いに気が付いてるみたいだった。

病室に沈黙が流れる。


皆が真鈴の言葉を待った。


「‥‥本人が来るまで、ここで待つ」


真鈴がゆっくりと告げる。


「君がそれでいいと思うなら、それでいいのだけど」


樋口会長が笑顔を浮かべ、真鈴は黙って頷いた。


「ここで待ってれば、じきに来るだろ」


十文字がモモさん達が持ってきたお見舞いの果物の中から、リンゴを取り出し、真鈴に向かって放り投げた。


真鈴はしっかりと受け止める。


「三神が言ってた。二宮は料理が上手いって」


「‥‥素直に剥いて欲しいと言え」


真鈴は果物ナイフで剥き始める。


「三神さんと何話してたの?」


「8、9割二宮の話でしたよ」


真鈴の手が一瞬止まった。


「二宮が家でどうしたとか、悠君と二宮があれこれしたとか、そういうのろけみたいな話を、自分の事みたいに楽しそうに話してましたよ」


十文字が珍しく子供をあやすように笑う。


真鈴の手はあれから休みなく動いている。


その顔は、喜びに溢れていた。


「今日は‥‥何を話してたんですか?」


モモさんが訊くと、ちらりと真鈴の方を見た。


「今日も二宮の話でしたよ。愉快な話ではなかったですけど」


「‥‥どんな話だったんだ?」


果物を切り終えた真鈴は、皿に盛りつけ始める。


「自分はずっと二宮に依存していて、二宮を束縛していた。二宮を助ける事に酔っていて、自分の本心に気づいていなかった‥‥要約すると、そんな話」


真鈴の表情がこわばる。


多分、詳細は僕に話してくれた事で大きく違わない内容だろう。


「葉は‥‥そんな事を言っていたのか?」


「お前には言いにくい話だろうしな」


「十文字は‥‥何て言ったんだ」


「別に何も。同情や励ましが欲しいっていうより、ただ誰かに聞いて欲しいって感じだったし」


僕に話してくれた時も、「所信表明」と言っていた。


三神さんは新しいスタートを切ろうとしている。


だとすれば、僕や真鈴はどうするべきなんだろうか。


「‥‥そうか」


真鈴が十文字に皿を渡した。


「ありがと」


十文字が皿を受け取り、林檎を齧ろうとした時、病室のドアがノックされ、すぐに開いた。


「‥‥ずいぶんと、増えましたね」


三神さんが入口で立ち止まる。


「千夏はどこに行きましたか?」


モモさんの問いに三神さんは無言の笑顔で答える。


「葉、少しいいか」


「ええ、いいですよ‥‥場所、変えようか?」


真鈴の真剣な表情に、いつもの作り物じゃない、素の三神さんのまま答える。


真鈴は静かに頷く。


その手は、ほんの少しだけ震えていた。


僕は、その手をそっと握る。


「悠‥‥」


「大丈夫だよ」


便利で、無責任な言葉。


真鈴がこれから何の話をするのか、僕は詳しく知らない。


けど、なんとなく何を言うかは見当がつく。


だから、そんな言葉でどうにかなるような事じゃないのは分かってた。


だけど、真鈴の震えを止めるには、これしかないような気がした。


「ありがとう」


真鈴が、僕に向かって笑いかけてくれる。


手の震えは、止まっていた。


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