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僕の恋人  作者: 織田一菜
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第九十話 いつもと違う彼女

夜が明けた。


あれだけ色々あった1日だったけど、いつもと同じように朝が来た。


ほとんど寝る暇もなく、学校に行く時間になる。


「悠、時間だよ」


由香が僕を起こしにくる。


「大丈夫? 昨日帰って来るの遅かったみたいだし‥‥今日休む? どうせたいした授業ないんでしょ?」


「休まないよ。これくらい大丈夫」


僕はそう言って起き上がる。


少し体はだるいけれど、このくらいなら大丈夫だ。


「真面目ね、悠は。私だったら絶対サボるけど」


由香が笑う。


「由香が不真面目なんだよ、ほら、いくよ」


由香は「はぁーい」と不満げに口をとがらせる。


だけど、実際は全然そう思ってない事は目を見れば分かる。


昨日のあの変な感じは、一切なくなっていた。


あれはいったいなんだったんだろうか‥‥




登校の準備が終わった頃、チャイムが鳴った。


この時間に来るのは一人しかいない。


「悠、準備できたか?」


玄関から真鈴の声が聞こえる。


「今行くよ」


返事をして、玄関に向かう。


「由香さんは朝練か?」


「うん。今日から再開するってさ」


「そうか」


真鈴は全く変わっていない様に振る舞う。


「三神さんは‥‥」


「葉は、休むそうだ」


真鈴は、やっぱり普段通りに振る舞う。


だけど、どこか違う。


昨日、真鈴は病院で京極君から何かを聞かされていた。


あの時は何を伝えているのか分からなかったけど、多分、三神さんの事を話していたんだろう。


三神さんの事を聞いてからずっとこんな調子だ。


多分、三神さんが苦しんでいた事に気づけなかった事に責任を感じている。


だけど、僕にはどうすればいいか分からない。


真鈴のせいじゃないと言っても、自分を責めるなと言っても、今の真鈴には届かない。


口では気にしないと言っても、心のどこかに引っかかって悩む。


どうしたって、真鈴の気持ちを救えない。


それが歯がゆくて、くやしくて、でもどうすればいいのか、僕には分からなかった。




学校でも真鈴は変わらなかった。


普段通りに見えて、どこか変だ。


「どうしたらいいと思う?」


放課後、奏とフミに相談する。


「どうって言われても‥‥俺達には別に普通に見えるし‥‥フミは?」


「僕達に分からなくても、悠には分かるんでしょ。三神さんの次に一緒にいるのが長いんだし」


フミが伸びをしながら答える。


「フミ、真剣に訊いてるんだけど」


「って言われても、訊く相手が悪いんだもの。京極や九十九さんにならともかく、僕ら二人に相談されても困るよ」


確かにそうかもしれない。


というか、僕も最初に京極君に頼るつもりだった。


だけど。


「ハルは彼女に呼ばれてどっか行ったぜ?」


京極君は、砂川さんに会いに授業が終わると早々に教室を出て行ってしまった。


「そんなに気になるなら、とりあえず本人に何か伝えてみれば? 二宮さん自身も、何か考えてるかもしれないし、ここでウダウダ考えてるよりはいいんじゃない?」


多分真鈴が考えてるのは、三神さんの事だ。


それに、三神さんも言っていた。


『自分だけの中で解決しようとしたって好転しない』。


今、どうすればいいのか僕は分からない。


だったら、分からないけれどどうにかしたいという事を、本人に伝えてしまうのも、一つの方法かもしれない。


「うん‥‥そうしてみるよ」


「ところで、二ーノはどこに行ったんだ?」


奏が周囲を見ながら訊いてくる。


「僕も聞いてないけど‥‥多分あそこじゃないかな?」




十文字が入院している病院の前、そこに真鈴はいた。


「やっぱり、ここにいたんだ」


後ろから真鈴に声をかけると、びっくりした表情でこっちを向いた。


「悠‥‥なんでここに」


「真鈴が何か普段と違ってて‥‥ちょっと変だったから、心配になって‥‥真鈴は、三神さんがいそうな所に来るんじゃないかって思って。三神さんは十文字の所だろうし」


「何でも‥‥お見通しなんだな」


真鈴が微笑む。


「三神さんの事‥‥ずっと考えてたの?」


真鈴が頷く。


「昨日‥‥京極から全部聞いたんだ。三神の事‥‥」


何を、なんて訊く必要はなかった。


「‥‥愕然としたんだ。ずっとそばにいたのに私は‥‥何も気づけなかった。いつでも気づけたはずなのに‥‥」


真鈴の顔が歪む。


やっぱり、どう声をかけていいかは分からない。


「真鈴のせいじゃないよ」


励まそうにも、なにも解決しないような言葉しか出てこない。


「悠は優しいな」


案の定、真鈴は無理に作った笑顔のまま、僕の頭にポンと手を置く。


「せっかく来たんだ、悠も、十文字の見舞いに行くだろう?」


真鈴が僕の頭から手を話した。


僕はとっさにその手を掴んだ。


「‥‥悠、どうしたんだ?」


真鈴が怪訝そうな顔をする。


何か言おうと考える。


でも、何も出てこない。


「悠‥‥?」


「そんな顔したまま、行っちゃだめだよ」


やっと出てきたのは、そんな言葉だった。


「え?」


「真鈴がそんな顔してたら、三神さんだって、また自分を責めちゃうよ」


そうだ。


出会って3ヶ月の僕ですら、分かるんだ。


ずっと一緒にいた三神さんが、真鈴の変化に気づかないはずがない。


でも。


「だからっ」


だから、どうしろっていうんだ。


真鈴だって、そんな事とっくに分かっているはずだ。


でも、どうしようもないから、せめてもと思って、笑っている。


「そう‥‥だな。悠の言う通りだ」


真鈴の顔から笑顔の仮面が外れる。


「でも‥‥どんな顔で葉に会えばいいか‥‥分からないんだ‥‥」


真鈴の手が、かすかに震えている。


「葉も沙羅さんも皆‥‥気にするな、私が悪いわけじゃないって‥‥言ってくれる。だけど、私はっ‥‥そんなに簡単に割り切れない。葉はずっと私の隣にいて‥‥私を助けてくれたんだ。それなのに私は、何も葉にしてあげられなかった‥‥ずっと、葉を縛って、傷つけてきた‥‥」


真鈴が俯く。


その顔からは、今にも涙が零れ落ちそうだった。


「‥‥そんな事ないと思うよ」


真鈴がゆっくりと僕の方を向いた。


「三神さんがこれまで一人で頑張ってこれたのは、真鈴がいたからだよ。何もしてあげられないなんて事は、絶対にない」


そうだ。


そんなはずがない。


もし、そんな事があるなら、僕は‥‥僕のしている事は全部無意味になってしまう。


そんな事、認めるわけにはいかない。


「悠‥‥?」


「だから真鈴はもっと胸を張っていいと思うよ。それだけ真鈴が三神さんにとって大事な存在なんだって事だから」


「私が?」


「だって、そうでしょ? 大事だから、三神さんはずっと悩んで、苦しんできたんだと思うよ」


「葉が悩んでいたのは」


「罪悪感だけじゃ、こんなに悩んだりしないと思うよ」


言葉がすらすらと出てくる。


「三神さんにとって‥‥真鈴が一番大事な存在だから、好きだったテニスもやめて‥‥真鈴のために尽くしてきたんじゃない?」


僕の言葉を聞いて、真鈴は再び俯いた。


「三神さんにどうやって謝ったらいいかとか、そんな事考えていたかもしれないけどさ。三神さんはそんな事、望んでいないと思うよ。三神さんが望んでいるのは、感謝なんじゃないかな」


真鈴は何かを考えているようで、じっと黙っていた。


ただ、繋いでいる手の震えは、いつの間にか止まっていた。


「お二人共、病院の前で何しているんですか?」


後ろから、よく知った声がした。


振り返ると、モモさんがお見舞いらしい白いビニール袋を持って立っていた。


後ろには生徒会長の溝口さんもいる。


「二人が付き合っているのは周知の事実だし、仲が良いのは結構な声だが、不純異性行為は感心しないね」


「違います!」


思わず叫んだけど、確かに僕らはずっと人前で手を繋いでいたわけで、客観的に恥ずかしい状態だ。


真鈴もそれに気がついたみたいで、顔を真っ赤にしている。


「モモさん達も、十文字のお見舞いですか?」


「ええ、まぁ」


「学園の生徒が入院したと聞いたら、生徒会として見舞いに行くべきだろう?」


「そう‥‥なんですかね」


モモさんはともかく、プライベートの付き合いのない溝口さんは行かなくてもいいような気がする。


「もう千夏は中にいるみたいですよ。メールがきました。」


モモさんが携帯のメールを見せる。


千夏さんからのメールだった。


「病院で騒いだりしてないといいが」


真鈴は心配げな表情になる。


すっかり千夏さんのイメージが悪くなっている。


「大丈夫だよ、さすがに千夏さんだってTPOは守るよ」


多分‥‥。


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