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僕の恋人  作者: 織田一菜
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第八十九話 深夜の病院

「ぺらぺらとよく動く口ね」


後ろを振り向くと、三神さんが立っていた。


「そうかな」


「ええ、くだらない事をぺらぺらと」


三神さんは笑顔だ。


だけどその笑顔は、さっきまで十文字に向けていたものとは全然違う。


「言うなとは、言われてなかったからねぇ」


「‥‥確かに、そうね」


三神さんは呆れているようだった。


「それで、悠に話す気はあるの?」


京極君の茶化したような口調にも、三神さんの表情は変わらない。


「私が言わなくてもあんたが言うでしよう?」


「まぁね」


京極君は悪びれもせずに答える。


「だったら自分の口から言うわ。あんたに任せるとある事ない事言われそうだし」


「ない事なんて言わないけど」


京極君は不服そうだけど、三神さんの気持ちは凄く分かる。


「まぁ、そういう事なら僕はいない方がいいかな」


京極君はそう言うと廊下に出ていく。


三神さんと僕だけが残された。


‥‥気まずい。


「あ、あの‥‥」


僕が声をかけると、三神さんは呆れたような顔で僕を見る。


「一之瀬君はこういう事根掘り葉掘り聞く人じゃないと思ってたけど」


「‥‥ごめんなさい」


僕が謝ると三神さんは慌てて、


「べ、別に責めてるわけじゃなくて、ただちょっと、その‥‥」


と言って顔を伏せる。


「‥‥恥ずかしいのよ、そういうの」


三神さんの顔が赤くなっている。


「一之瀬君だって、真鈴のどこが好きとか、そういう事聞かれたら恥ずかしいでしょ?」


「好き、なんですか?」


もちろん、気がつかなかった訳じゃない。


あれだけ奏にいじられて、十文字に対してのコミュニケーションを見れば、いくら僕が鈍感でも分かる。


でも、酔っ払ってベタベタした時以外に本人がこんなストレートに思いを誰かに口にするのは初めてなはずだ。


三神さんはさらに顔を赤くする。


「‥‥そうね」


三神さんが消え入りそうな小さい声で言うと、照れ臭いのか気合いを入れるように顔を軽く叩く。


「好きよ、あいつの事が」


その声は、普段照れ隠しに出していた声よりも小さかったけど、しっかりとした声だった。


「どうして‥‥ですか?」


男性恐怖症だったはずの三神さんが恋をした理由。


単純に興味があった。


「‥‥あいつが、こっち側に踏み込んできてくれたから、かしら」


三神さんは照れながら少し笑みを浮かべる。


「私が勝手に壁を作って、こっち側に来られないようにしていたのに、誰もこっち側に来てくれない事が寂しかったの。真鈴が一之瀬君と近づこうとして色々としてたから余計にね。だけどあいつは、こっちの作った壁なんか関係なしに、ズカズカ入り込んできた。なにこいつって思ったけど‥‥嬉しくもあったの」


三神さんの顔は、本当に嬉しそうだ。


「私達があいつと初めて話した時、覚えてる?」


僕は頷く。


確か、僕が告白されてから数日後だったはずだ。


あの時、呼び出された僕の代わりに十文字が行ったんだ。


確か、僕と真鈴が話す前に、三神さんが十文字の手を掴んでどこかに行ったんだった。


「あの時にね、あいつに言われたの。無理するなって」


「無理‥‥?」


「寂しいのに、懸命に人を遠ざけて、誰にもこちら側に来させないようにして‥‥それでも平気なふりしてたの。だけど、真鈴が一之瀬君と付き合っていれば、いずれ私が孤立するって、気づいてんだと思う」


三神さんは「その時は私も気づかなかったけどね」と付け加えた。


「まぁ、デリカシーがない部分もたくさんあったけど‥‥」


三神さんは何かを思い出しているようだ。


「多分、それからちょっと気になるようになって、真鈴が誘拐された時に一緒に助けてくれて、一緒に旅行して‥‥」


三神さんは一緒の部屋で泊まった事を思い出したからか、少し照れくさそうに笑う。


「なんとなくだけど、楽しかったのよ、あいつと一緒にいると。真鈴以外の人間なんていらないって‥‥本気で思ってた時期もあったのに。そう思わせてくれた事が‥‥幸せに感じたし、もっと一緒にいたいって思ったの」


三神さんは、さっきの怒りを忘れてしまっているみたいだった。


そのくらい、本当に嬉しそうな顔だった。


「そういう事が、好きって事だと思うわ、きっと」


三神さんはそこまで言うと、ふぅ、と息を吐いた。


「何か、すっきりしたわ。思ってた事が全部言えて」


「ずっと‥‥気づいてたんですね」


三神さんが首を横に振った。


「全部気づいたのは、今日よ」


「今日‥‥?」


「十文字の事は気になってた。かなり前から好きになった。だけど、そんな気持ちは私は持たないんだって思ってた。真鈴のために生きるんだって、そう決めた。だから、自分の気持ちを押し殺して、一之瀬君と真鈴の恋を応援した。十文字の事も‥‥他の人と違うから、こっちのペースを乱されるだけだって思ってた‥‥それが、好きって事なのにね」


三神さんが自嘲したように笑う。


「それが、なんで今日」


「溝口会長にね、言われたのよ。自分の幸せを捨てきれてないって」


「会長に?」


なんで、溝口会長がそんな事を言うんだろうか。


「自分の幸せを捨てきれないで、中途半端な気持ちでいたって気づいたら、色んな事に気づけたの。十文字が好きだって事も‥‥一之瀬君の事が、まだ好きだって事も」


三神さんは、なんでもないような事のように言った。


「‥‥そうですか」


僕はなるべく、平然を装う。


だけど、三神さんには僕の動揺が伝わったらしく、苦笑いしている。


「あの時言ったでしょう、好きだって」


確かに、真鈴に告白された後、ふんわりと匂わすような事は言っていた。


だけど、こんなに直接的に言われたのは初めてだ。


「大丈夫よ。もう踏ん切りはついてるから」


「十文字に‥‥告白するんですか?」


三神さんが黙って頷く。


「私が幸せを捨てる事なんて、誰も求めてなんかない。真鈴も、私がどうにかしなくたって、一之瀬君と一緒にいて、二人で幸せになれる。だから‥‥私は、あいつと一緒に、幸せになりたいって思ったの」


三神さんは憑き物が落ちたような晴れ晴れとした表情だ。


「ここまで来るのに、一年もかかっちゃったけど‥‥やっと、背負ってた物が少し軽くなった気分よ」


三神さんはそう言うと、「勝手に背負ってたんだけどね」と付け加える。


「ごめんなさい、迷惑かけて」


「迷惑だなんで、そんな事ないです。僕が三神さんの立場だったら、もっと自分を追い込んでたと思いますし」


そこまで言って、思い出した。


三神さんの過去の話を京極君に聞いたのは、三神さん自身は知らないはずだ。


どうやってごまかそうかと考えてると、三神さんは呆れたように息を吐く。


「京極ね」


三神さんは、意外とあっさりしていた。


「知ってたんですか?」


「知らないわよ、でも私の事を知ってて一之瀬君に話すようなのは京極くらいしかいないもの」


三神さんは怒っているというより、呆れたような口調だ。


「すみません、勝手に聞いていい話じゃないのは分かってたんですけど」


「別にいいわ、一之瀬君が悪いわけじゃないし」


三神さんはぐっと伸びをする。


「それに、なんかスッキリした気分なの。昔の事は変えられないし、ずっとこれからも忘れられないけど、いつまでも、そこから立ち上がらない事に意味はないし、自分だけの中で解決しようとしたって好転しない‥‥だから、自分の力だけでどうにかしようとしたって意味ないって、気づけたから」


三神さんは、笑っている。


それは無料に笑ったものでも、自らをあざけたものでもない。


本当に嬉しそうな笑顔だった。


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