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僕の恋人  作者: 織田一菜
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第八十七話 所信表明

途中から悠視点です。

十文字が再び眠った後、病室の中に一之瀬君達がいなくなっている事に気がついた。


十文字が目覚めるのを待っている間に、空気を察して外に出て行ってくれたようだ。


私が部屋の外に出ると、案の定一之瀬君がいた。


「三神さん、もう、いいんですか?」


「許してくれたわ」


私がそう答えると、一之瀬君がニコッと笑う。


「良かったです」


「うん‥‥一之瀬君も、ありがとうね」


私の言葉に一之瀬君が首を横に振る。


「そんな、感謝される事なんてしてませんよ」


「私に勇気をくれたじゃない」


「僕は背中を押しただけですよ」


「背中を押してくれたから、私は十文字の所に行けたの。だから‥‥ありがとう」


一之瀬君は、言葉の代わりに笑顔で返事をくれる。


その笑顔を見るだけで、心が和む。


「一之瀬君には、真鈴共々お世話になりっぱなしね」


「そんなことないですよ。僕だって色々もらってますし」


一之瀬君は笑顔のまま答える。


‥‥私が、惚れた笑顔。


その笑顔は、今も変わらない。


だから、聞いた。


「一之瀬君、正直に答えて欲しいんだけど」


それは、仮定の話。


「もし、私が」


有り得ないIFの可能性。


「私が真鈴より先に告白してたら‥‥」


結果は、どうなっていたんだろう。


いまさら聞いた所で、何にもならない事は分かっている。


でも、一之瀬君の答えを聞きたかった。


「付き合ってくれた?」


一之瀬君はしばらく黙っていた。


そして、私の方を向いた。


「多分、付き合ってたと思います。真鈴と付き合えるなんて思ってもみなかったし、それに三神さんも魅力的な人ですし」


それは、一之瀬君の精一杯の優しさだったんだと思う。


私を傷つけることのないように。


‥‥一之瀬君の中の序列は、始めから決まっていた。


そして、しっかりきっぱりと。


拒絶された。


好きな人に――好きだった人に。


「‥‥そっか」


「はい」


一之瀬君は、真剣な表情のまま頷いた。


「ごめんね、変な事聞いて。迷惑よね」


「そんなことないですよ」


一之瀬君は困ったように、あいまいな笑みを浮かべる。


笑っていいのかどうか、悩んでいるようだった。


その顔を見て、私の中の何かが弾けた気がした。


自分が、何かから解放された気がした。


だから、かもしれない。


その言葉が出たのは。


「迷惑ついでに‥‥昔話を聞いて欲しいんだけど、いい?」


「昔話、ですか?」


「そう。一人の馬鹿な女の子と、その女の子を守る、強い友達の話」


一之瀬君は、それだけで私が何を言いたいのか理解してくれたようだった。


「どんな話ですか?」


一之瀬君が真剣な顔になる。


「面白い話じゃないけどね」


私はそう言って、昔の話を始めた。




「女の子と友達は、物心がついた頃からずっと一緒にいたの。だから、女の子は友達にべったりで、その友達がいればいいって、本気で思ってたの」


「依存‥‥」


思わず、僕は呟いていた。


「そうね‥‥依存していたんだと思うわ、ずっと。だから、女の子は友達と一緒じゃないと行動しなくなったの。女の子の家族は心配して、友達と一緒にテニスを始めさせたの。女の子は、友達と一緒にどんどん上手くなっていった。テニスを通じて、他の友達も出来た。女の子の家族が考えていた通り女の子は、友達の依存が薄まった。でも、それは『薄まった』だけだったの」


三神さんの表情が、どんどんと変わっていく。


何かを、懐かしんでいるような表情だ。


「女の子とその友達は、テニスにどんどんのめり込んでいった。そのおかげで、全国大会にも出られるようになった。そうすると、自然と友達が増えていったの。まぁ、元々女の子の友達は、運動も勉強も出来て、しかも綺麗で性格も良かったから、そうなってもおかしくはなかったけど‥‥でも、女の子の友達は何も変わらなかった。気づいていたのよ、そういうでき方をした友達が、普通じゃないって。でも、馬鹿な女の子は気づかなかったの」


三神さんは自嘲するように笑う。


「それなりに友達が増えた女の子は、テニス部が強くて、偏差値も高い帝清学園に進学したの。帝清学園‥‥知ってるでしょ?」


僕は黙って頷いた。


ありえないほどイジメが蔓延っているのも、真鈴達が女の子を傷つけた事をきっかけに、イジメられた事も真鈴から聞いている。


「あの学校で、事故があって‥‥女の子が友達だと思っていた子達はほとんど敵になったの。そして、また女の子は、女の子の友達に依存するようになったの。きっと、女の子の友達は、女の子が支えてくれたって思ってくれてると思うけどね」


「そんなこと‥‥」


ない、と言いたかった。


だけど、何も知らない僕が何かいうことは出来ない。


僕に出来るのは、黙って俯く事だけだった。


三神さんはそのまま話し続ける。


「‥‥女の子は、女の子の友達と一緒に敵と戦った。その中で、味方になってくれる人が何人か出てきたの。女の子の友達は、そういう人達と協力していった。でも、女の子は違った。女の子は、女の子の友達一人がいれば、それでいいと思っていたの。その子だけは、絶対に裏切らないと思っていたし、事実決して裏切らなかった。女の子が、その友達に依存したまま3年生になった」


三神さんの体が震えている。


いつも冷静の三神さんが、自分の感情が抑えきれていなかった。


「3年生になって‥‥女の子は初めて男の人に告白されたの。でも、女の子は断った。女の子は、女の子の友達さえいればいいと、思っていたから。そうしたら、それまでのイジメは、違うイジメになった」


「違う‥‥イジメ?」


「それまでは『女の子達』をターゲットにしていたイジメが、『女の子』をターゲットにいたものに変わったの。より集中的にイジメられた。でも、女の子は、依存している友達に迷惑かけたくないって思って、友達には一言も言わなかった‥‥。そうしたら、女の子の居場所が、どんどんなくなっていって‥‥そして、女の子は精神的にまいってしまったの」

それは、真鈴から聞いた話。


「それって‥‥」


「女の子は、倒れてしまった。そして、女の子に対するイジメが露呈したの」


そうだ。


そして、真鈴と三神さんはこの学校に来る事になった。


そういう話だと、思っていた。


だから。


次の言葉は僕の考えを全て打ち砕くものだった。


「女の子に対するイジメを知った女の子の友達は、激怒したわ。そして‥‥仕返しに行ったの」


僕の全てが、完全に停止した。


「えっ、な、え?」


「それは、凄かったそうよ。直接イジメをしていた女の子をイジメていた子達も、裏から操っていた男達も、血まみれになりながら全員まとめて叩きのめしたって」


嘘だと、信じたかった


でも、三神さんの表情は嘘じゃない事を訴えていた。


「その中で‥‥女の子の友達は、頭を殴られたの。そして‥‥医者に言われたのよ。視神経に異常が発生している‥‥って」


僕の中に、何か激しい感情が生まれ、そして溢れた。


「どういうことですか!!?」


「視力は大丈夫だけど‥‥動体視力が著しく低下したの」


動体視力は、ほとんどの球技で必要な能力だ。


それが低下したということは、それはつまり。


「真鈴がテニスを辞めたのは‥‥」


動体視力が落ちて、ボールがきちんと見えないから‥‥


三神さんが黙って頷いた。


「女の子の友達は――真鈴は、テニスを辞めなきゃいけなくなった。全部、馬鹿な女の子が‥‥私が‥‥全部‥‥」


三神さんは泣いてはいなかった。


涙は出ていなかった。


だけど、その表情は、泣いているように見えた。


「三神さん‥‥」


「真鈴からテニスを奪った私は、テニスを続ける事ができなくなった。そうするべきじゃないって、思ったから。自分だけ、テニスを続けるなんて出来ないって思ったから。そして、誓ったの。真鈴のために生きようって」


「でも、それは」


三神さんが頷く。


「もっともっと依存するって事。でも、そうするしかなかったの。あの時の私は‥‥真鈴しか信じられる人がいなかったから。他の人を出来るだけ避けて‥‥他人行儀に振る舞って‥‥どんどん真鈴に依存していった」


三神さんが‥‥テニスをあれだけ嫌がっていた理由が分かった。


昔の事と一緒に、テニスを封印した。


そして、過去を見ないようにしていた。


だけど、それは逃げているだけだ、


しっかりと前から見て、逃げずに立ち向かう事でしか、過去を乗り越えられない。


その先に進めない。


「でも、真鈴に誘われてここに来てから、変わった。一之瀬君と出会って、奏達に出会って、変わった。十文字と出会って――変わった」


三神さんはそう言うと、微笑む。


さっきの自嘲した笑みじゃない。


本当の笑み。


「私はもう、逃げない。過去も、辛い記憶も全部、背負った上で進んでいく」


「どうして‥‥それを僕に言うんですか?」


僕が訊くと、三神さんは――笑みを浮かべたまま、言った。


「所信表明‥‥ってところかな。私が逃げそうになっても、止めてくれるように」


「止めませんよ」


僕はすぐに返す。


逃げ場所がないのは、ダメだ。


逃げ続ける事は、もっとダメだ。


だから。


「もし、逃げたくなったら、皆で次に繋がる道を作って、尻込みしてたらまた背中を押してあげますよ」


僕がそう言うと、三神さんは少し驚いた後、「やっぱり優しいのね」と言ってまた笑った。


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