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僕の恋人  作者: 織田一菜
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第八十三話 真鈴と葉

時間軸が動きまくりですが、

八十三話回想→七十四話→七十五話→七十六話、七十七話(同時進行)→七十八話、八十話(同時進行)→七十九話、八十三話(同時進行)の順です。

玄関の扉が開く音がした。


チャイムを鳴らさないでこの家のドアを開けるのは、私達二人を除けば一人だけだ。


「ただいま」


真鈴の声だ。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


お母さんは料理する手を止め、真鈴を向かえた。


「お帰りなさい。デートどうだった?」


気持ちを切り替えて真鈴を迎える。


「ん、ああ」


真鈴は、どこか浮かないような表情を浮かべていた。


「お嬢様、どうかしたんですか?」


「一之瀬君と喧嘩でもした?」


「いや‥‥そうじゃなくて‥‥」


真鈴の答えは歯切れが悪い。


なんとなく、嫌な気がした。


「‥‥真鈴、話がある」


お母さんはその一言で、台所へと消えた。


「‥‥何?」


「なぁ、やっぱりテニスもう一度やってみないか?」


ほら、やっぱりそうだ。


もちろん、私の答えは決まっている。


「やらないわよ。さっきも言ったでしょ」


そう、さっき。


一之瀬君が私に話しかける前、競技が終わった直後に真鈴は誰よりも早く私を説得させようとしていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「流石だな、葉」


競技が終わって私がラケットを片付けると、後ろから真鈴が話しかけてきた。


「ありがと」


「まぁ、素人相手じゃ葉に太刀打ち出来るはずはないか」


真鈴の声は、嬉しそうに聞こえた。


「そうでもないわ。ずっとラケット触ってないんだし。かなり鈍っちゃったわよ」


私がそう答えると、真鈴は複雑そうな表情になった。


「ずっと‥‥あの時から、か」


「‥‥そうね。あの時から、ずっと」


私は早くこの話を切り上げたかった。


真鈴と、これ以上この話をするのが、苦痛だった。


だけど、真鈴は話を続けた。


「なぁ、葉。もう一度テニスをやってみたらどうだ?」


それは、あまりにも唐突な言葉だった。


「‥‥どういう意味?」


「そのままの意味だ。あれだけ出来るんだから、またすぐに元のプレーが出来るようにな

る」


「そんなに簡単な事じゃないわよ。それに、もう私はテニスを辞めたの。これでラケットを握るのは最後」


それは、本気の言葉だった。


二度と、やるつもりはなかった。


「どうしてだ?」


「どうしてって‥‥」


理由は単純だ。


口で説明するのに一分もかからない。


だけど、その理由を聞いたところで、真鈴が納得しないのも分かっている。


「嫌になったのよ、テニスが」


だから、嘘をついた。


「確かに、燃え尽きたっていうわけじゃないし、やり残した事はあるけど‥‥でも、ああいう事がまた起こるんじゃないかって思うとね‥‥」


こっちは嘘じゃない。


嘘のコツは、一つまみの本当を嘘に加える事だ。


今は、逆に一つまみ嘘をいれただけだけど。


そんなくだらない事を考えながら、表情にも気をつける。


どんな手を使ってでも、とにかく私は早くこの場から立ち去りたかった。


これ以上、真鈴とこの話をしたくなかった。


いつか、本当の事を言ってしまいそうだったから。


「話はこれで終わり? だったら」


「どうしても、か」


真鈴が食い下がってきた。


それは、初めての事だった。


真鈴はいつだって、私の意見を尊重してくれた。


だけど、今回は違う。


「どうしても、よ」


だけど、真鈴の思いを尊重するわけにはいかない。


「ここに来て、随分経つだろう」


いきなり、真鈴は話を変えてきた。


「‥‥まぁ、三ヶ月をどう捉えるかにもよると思うけど」


「ここは帝清学園じゃない、城羽学園だ。もう、お前を傷つけるような連中はいない」


きっと、真鈴の言う通りだ。


ここは、もうあの忌ま忌ましい学校じゃない。


一之瀬君はもちろん、奏だって、八雲君だって、百武さん達だって‥‥そして、アイツだって、私達を助けてくれるし、守ってもくれる。


だけど。


「あなた、一之瀬君と付き合い始めた時の事、もう忘れたの?」


一之瀬君と真鈴が付き合ってるのがばれてすぐ、真鈴に小さな嫌がらせがあった。


一之瀬君は、複数の男達に、狙われていた。


それはすぐに、アイツらが止めさせたけど、今度は真鈴が襲われるようになった。


確かに、アホっぽい理由だったけど、襲われたのは事実だ。


「それは‥‥」


真鈴がいいよどむ。


「ああいう連中は例外なくどこにでもいるのよ‥‥もう、あんな思いするのはごめんよ。真鈴だってそうでしょ」


真鈴は、黙ったまま頷いた。


「私だって‥‥」


「だったら」


「でも」


真鈴はまだ食い下がる。


「でも‥‥それはテニスをやっていてもいなくても同じだ」


返す言葉がない。


「それに‥‥またテニス部でいじめがあっても、今度はちゃんと味方がいる」


由香と砂川さんの事だろう。


確かに、あの二人は私を助けてくれるかもしれない。


だけど。


「そうしたら、あの二人もいじめられるだけ、そうでしょう?」


あの時だって、そうだ。


私達にも、味方はいた。


その味方も、いじめの対象になった。


私達のいじめには関係ないのに。


ただ、味方したというだけで。


「そうすれば、味方も味方じゃなくなるわ」


そうだ。


あの時だって。


味方だったのに。


助けてくれていたのに。


助けて合っていたのに。


結局‥‥私は。


「‥‥二人じゃない」


真鈴、静かに、だけどしっかりと言う。


「テニス部の人だけじゃない。悠も奏もいる。八雲や五十嵐だって、それに」


「分かってるわ」


きっと、皆助けてくれる。


そんな事は分かっている。


でも、皆だっていじめられたらきっと。


あの時みたいに、裏切るんだ。


「それに‥‥私だって」


全身が、一気に冷えた気がした。


いや、きっと本当に冷えたんだと思う。


「またいじめられたとしたら‥‥今度は、私が守る」


何を、言っているのだろう。


「あの時は守ってもらったから、今度は」


守ってなんてない。


守ってた気になっていただけだ。


だから、真鈴は。


「私が守ってみせる」


だから真鈴はテニスを辞めたのに。


真鈴は壊れてしまったのに。


「‥‥葉?」


真鈴は、多分、私が話を聞いていない事に気がついた。


「‥‥もう、いい? これいい加減片付けないと、閉会式が始められないって、怒られちゃうわ」


「‥‥ああ、そうだな」


それと、異変も感じとったのかもしれない。


あれだけ食い下がってた真鈴が、あっさり解放してくれた。


「じゃあ、私は先に行く」


「うん」


真鈴はそのまま立ち去った。



◆◇◆◇◆



「何度聞かれたって答えは変わらないわ」


「どうしても、か」


真鈴は、睨みつけるように私を見る。


真鈴のこんな顔は、久々に見る。


少なからず、一之瀬君に出会ってからは一度も見ていない。


「そんな顔したって、やらないものはやらないわ」


「何でだ」


「だから、それもさっき言ったでしょ」


「それが理由になってない事も、さっき言った」


真鈴は一歩も譲らない。


「それに、葉は言っていた。不完全燃焼だと」


‥‥確かに、言った。


口を滑らせた自分を恨む。


「まだやり残した事があるんだろう? だったら、また始めればいいじゃないか」


「‥‥そんなに簡単に言わないでよ」


「簡単だろう?」


真鈴はそこまで言うと、苛立ちをぶつけるように、


「『自分の限界が分かった』わけじゃないんだから」


そう言った。


‥‥最悪だ。


こうなる事は想定出来たはずだ。


なのに、私は気付く事が出来なかった。


それだけ必死だったという事なんだろうか。


「一之瀬君から聞いたのね」


「ああ」


真鈴は間髪いれずに答える。


「‥‥仲良くて結構な事ね」


「なんで、嘘をついたんだ」


真鈴は私の言葉を無視して追求する。


必死に言い訳を探す。


「‥‥あしらうのが面倒だったのよ」


「どっちが本当の気持ちなんだ?」


やばい。


これ以上、ごまかしきれる気がしない。


もう、いっその事本心を伝えてしまおうかとすら考えてしまう。


それを言った所で、真鈴が困るだけなのに。


「黙ってないで答えてくれ」


真鈴は私を責め立てる。


「‥‥真鈴に言った方が本当よ」


「だったら」


「でも」


本当は、真鈴の追求から逃れる方法は、一つだけ思いついてる。


だけど、それは。


その方法は。


「でも、なんだ?」


使いたくない、けど‥‥


「さっさと言え」


それ以外の方法を思いつかない。


「‥‥私の"やり残した事"は、もう二度と達成出来ない事だから」


「どういう意味だ?」


真鈴の言葉が少し弱くなる。


「私のやり残した事は‥‥あなたと一緒に世界の頂点に立つ事だもの」


嘘じゃない。


真鈴となら、誰にも負ける気はしなかった。


世界だって、取れる気でいた。


けれど、もうそれは無理だ。


「葉、それは」


真鈴の言葉はどんどんと弱くなる。


分かってる。


私が言うべき言葉じゃない。


その夢を壊したのは――


私自身なのだから。


「ごめん」


「いや、その‥‥」


私が謝ると、真鈴はそれまでの表情からあいまいな笑みに変えた。


「大丈夫だ。気にしなくても。こっちこそ、ごめん」


「いいのよ。正直に言わなかったんだから、分からなくて当然よ」


「私の事を傷つけないように黙ってくれていたんだろ」


「まぁね」


ようやく、この会話が終わってくれたと、そう思った時。


「私は‥‥今、幸せだから。悠もいるしな」


真鈴がそう言った。


多分、真鈴は私のために言った言葉。


だけどその言葉は、なぜか私の心を突き刺した。


その言葉が、無性に苛ついた。


気がつくと、私は真鈴を突き飛ばして部屋から飛び出していた。


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