第七十九話 真実
更新できないと言うと更新できるのはなぜだろう‥‥
「最初に言っておくけど、俺達の目的は別に葉にテニスを再開させる事でも、お前と葉をくっつける事でもなくて、葉の感情の暴走を防ぐ事だよ」
「そもそも、それってどういうことなんですか?」
三神は俺や千夏と違い、感情をコントロール出来る人間だ。
とてもじゃないが、感情を暴走させるとは思えない。
そんな俺の考えを見通しているのか、京極さんは溜め息をついた。
「葉はね、悠と真鈴の関係に嫉妬してるんだよ」
「嫉妬‥‥?」
確かに、毎日目の前であれだけいちゃつかれてたら、多少苛立つのは分かる(俺がそうだというだけだが)。
だが、その気持ちが嫉妬に繋がるとは思えない。
「本当は、自分が悠とああいう関係になりたかったんだよ、葉は」
俺が色々と考えている間に、京極さんはさらっととんでもない事を言った。
悠君と、そういう関係に‥‥なりたかった。
それなら、三神は‥‥
「そうですか」
その先を考える事を放棄して、適当な相槌をうつ。
京極さんはちらっと俺を見た後、視線を誰もいない場所に移す。
「真鈴が前にここで言ってたでしょ、悠の事好きになった瞬間の話」
「みたいですね」
俺は興味がなかったからあまり聞いてなかった。
「そもそも、絡まれてたのは葉だからね。助けられたのは、真鈴だけじゃなく、葉もなんだよ」
京極さんはそう言うと、もう一度俺を見た。
「だけど、そのポジションを自ら真鈴に譲った」
京極さんはそこまで言うと、首を横に振った。
「いや、譲らざるを得なかったんだ」
相変わらず京極さんはまどろっこしい話し方をする。
決して、スパッと結論を言わない。
「なるべく、簡潔に話してもらえると有り難いんですが」
「あ、そう? じゃあ、結論から言うね」
そして、京極さんは真剣な表情で言った言葉は、
「葉はね、男性恐怖症なんだよ」
俺の予想の斜め上をいっていた。
「‥‥はい?」
いきなりとんでもない事を言い出した京極さんに、思わず聞き返していた。
俺の頭が、全くついてこない。
京極さんの言葉を必死に反芻する。
男性恐怖症。
その言葉のイメージと、普段の三神の姿が全く合わない。
「そんな風には見えませんけど‥‥」
「まぁ、触れられないとか喋れないとか、その段階ではないんだけどね。まぁ、本人が知らない所でストレスかかってる可能性が高いから、出来れば避けた方がいいと思うけど」
「‥‥それ、どういう意味なんですか」
俺が指摘しても、京極さんはまどろっこしい話し方を変えようとはしない。
「過去のトラウマ‥‥って言うのかな。そのトラウマを色んな方法使ってぼかして、今の葉がいる」
「トラウマ‥‥?」
「葉ね、前の学校で強姦未遂事件に巻き込まれてるんだよ」
血の気が引いた。
次々出てくる、"ありえない"言葉の連続の中でも、一番"ありえてはいけない"言葉だった。
「何を‥‥」
「なんなら、証拠写真でも見せようか? 京極遥も千夏もモモもこの件には関わってない。あそこの学校に籍がある人間がやった。けど、一応写真は俺も持ってるんだよ」
京極さんは真剣な表情のまま言った。
その言葉は冗談でもなく、俺を茶化したかったから出た言葉でもない。
本当にその写真を見せようとしている。
ただ、それだけ事。
そして、俺はそれが許せなかった。
「アンタ‥‥」
「"立ってる者は犯罪者でも使え"ってね。色々と役に立つんだよ」
京極さんは、ようやく笑顔を見せた。
そんな些細な事すら、今の俺には気にくわない。
「‥‥止めなかったのか」
「止めたよ。だから"未遂"なんだ」
「アンタらなら‥‥事件そのものが起きる前になんとか出来ただろ」
「それじゃあ‥‥相手を釣れないでしょ?」
その瞬間、俺の中の何かがキレた。
敵わないと分かっていても、拳を止められない。
案の定、俺の拳は京極さんにいなされ、逆に柔術か合気道か何か分からない力で、地面に叩き付けられた。
「いきなり危ないなお前は」
さっきまでとは違う、他人を威圧する低く冷たい声。
「アンタは‥‥三神を利用したのか!?」
「何も知らない子供が勝手な事を言うモンじゃねぇぞ」
京極さんがギロリと睨む。
そこには普段の優しさなど微塵もない。
「‥‥確かにお前の言う通り、あの事件を止める方法はなくはない。だが、確実性がない。しかも仮にその方法で止めた所で、連中が野放しになれば結局葉は傷つけられてた。下手したら、葉だけじゃすまなくなってたかもしれない」
その言葉で、今までの感情を全て飲み込み、なんとか冷静さを取り戻す。
「‥‥どういう事、ですか?」
「葉は、真鈴よりもずっと前からいじめられてた。理由は詳しく分からないけど‥‥まぁ、なんとなく想像出来るだろう?」
京極さんは若干普段の優しさを入り混ぜた目で俺を見下ろす。
葉がいじめられていた理由。
俺にも想像出来る事だとすれば、葉の過去に関わる事じゃなく、俺が葉から知り合った数ヶ月で判断出来る事。
だとすれば‥‥
「二宮、ですか?」
二宮の人気は異常だ。
だが、全員が全員二宮の事が好きなわけじゃない。
仮に最初好きだったとしても、誘拐して襲う程嫌いになる事もある。
ただ、だからといってあの連中のような強行手段を取る人間はいない。
しかし、確実に何らかの感情は残る。
それを発散させるために、別の人間に"八つ当たり"する。
有り得ない話じゃない。
「多分ね‥‥しかも、いじめられている事実を誰にも言わなかった。今でも、ほとんどの人間が知らないんじゃないかな」
京極さんは呆れている。
なんとなく、話が見えてきた。
三神は昔からいじめられていた。
そして、それを誰にも言わなかった。
いじめていた連中は図に乗り、段々といじめをエスカレートさせていった。
そして、どこかで歯止めが効かなくなったのだろう。
いじめが、強姦に発展した。
確かに、ここで止めなければ、これ以上のエスカレートは命に関わる。
さすがにこれ以上はマズイ、と気がついたところで、真鈴の近くにいた別の人間に標的を変えただろう。
「さすがに強姦までいったら、葉の心労もピークになったんだろうよ。助けてすぐにぶっ倒れたよ」
「それが‥‥真実ですか」
京極さんは黙って頷く。
「立ち直るまでは結構かかったよ。誰も信用しないって感じで、母親と真鈴以外の人間を拒絶して‥‥なんとか皆で凍りついた心を溶かしていった。でも、まだ完全じゃない。乙女思想を持ってるのに、男を遠ざけてる。悠に惚れたのも、助けられたからだけじゃなくて、容姿が女の子っぽいってのもあるだろうし」
京極さんは俺が考えないようにしていた答えをさらっと言う。
「それに、今も真鈴と関わらない人間とは、なるべく関わらないようにしてるしね。だから、口調も違うでしょ」
確かに、真鈴や悠君、奏達と会話する時は砕けた言葉遣いをするが、周りに他人がいるとかしこまった口調になる。
だが‥‥
「俺と話した時、すぐにメッキ剥がれましたけど‥‥」
あの人に頼まれて悠君の代わりに手紙の呼び出しで初めて会った時、敬語で話してたのは僅かな間だった。
「男について何か言ったんじゃないの?」
京極さんはすぐに答えを出してくれた。
「まぁ、それでも望海が特別な存在って事は変わらないんだけどね。真鈴が誘拐された時、葉の事を助けたんでしょ」
「まぁ、そうですけど‥‥」
だからといって特別な存在とは思えない。
「多分、葉の気持ちを整理させることが出来るのは望海、お前くらいだよ。だから、お前に頼んでるんだけどね」
俺が‥‥?
「今回の件に関しては、悠も暴走する。才能があるのにやらないって、悠が一番嫌う事だしね。だから、お前が葉を守ってやれ」
守る‥‥
「これは、お前にしか出来ない事だ。頼むよ。あいつの心を、守ってくれ」