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僕の恋人  作者: 織田一菜
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第七十六話 過去の傷

誤字&文章の食い違いを修正いたしました。

真鈴とデートして家まで送り、マンションに帰ってくると、もう由香が帰って来ていた。


「悠、遅いよ!」


「ゴメン‥‥って、そんなに遅くないよね? 確かにいつもより遅いけど‥‥」


「私より早く帰って来ないとダメなの」


由香はそう言いながら僕をぎゅっと抱きしめる。


「‥‥由香、酔ってる?」


「酔ってないよ‥‥ただ、ちょっと嫉妬してるだけ」


由香はそう言うと僕を離さないようにさらに強く抱きしめる。


「‥‥私は悠がここにいる時にしかこういうこと、出来ないからさ‥‥」


「由香‥‥」


「いつまでやってるの?」


由香に隠れて見えないけど、後ろに六車さんがいたらしく、呆れたような声を出す。


「六車さん、いつからいたんですか?」


「ずっといたよ!!」


六車さんが叫ぶ。


由香は僕が六車さんと話している間も、僕を離さない。


別に今更という感じだけど、妹に抱きしめられているという姿は、やっぱり少し恥ずかしい。


「とりあえず、二人共中入りなよ。いちゃいちゃするのはそれからでもいいでしょ?」


「だってさ、悠」


由香は僕を抱きしめたまま言う。


「‥‥いや、離してもらわないと何も出来ないよ」


僕がそう言うと、由香はしぶしぶと言った感じで離す。


「もう、そんなにベタベタしてると、真鈴ちゃんがまた嫉妬しちゃうよ。喧嘩のこと、聞いたんだから」


「別に喧嘩ってわけじゃ‥‥ただお互いすれ違ってただけで」


「それを喧嘩って言うんだよ‥‥全く、大変だね、真鈴ちゃんも‥‥」


六車さんはぶつぶつとぼやきながら奥に入って行った。




「はい、あ〜ん」


「いや、一人で食べれるから‥‥」


由香は僕がご飯を食べ始めてもずっとベタベタしてくる。


「由香ちゃん、ベタベタしすぎじゃない?」


「私的にはまだまだ足りないくらいなんだけど‥‥」


これだけやっておいて、まだまだベタベタしたいらしい。


「‥‥そんなに真鈴と僕が一緒にいるのが嫌?」


「もし嫌だって言ったら‥‥二宮さんと別れてくれる?」


由香はそう言って僕にぴったりくっつく。


「ちょっと、由香ちゃん! 何言ってるの!?」


六車さんが少し怒ったような声を出す。


でも、そんなことしなくても、僕の答えは変わらない。


「無理だよ‥‥今は、由香より真鈴の方が大事だから」


僕は、自分の気持ちを正直に伝えた。


嘘をついたら、余計に由香を悲しませるから。


「‥‥そっか、そうだよね」


由香は悲しそうな、だけど満足そうな表情で呟く。


「‥‥ごめん、由香」


「ううん、いいよ。今は真鈴さんが恋人だもん、しょうがないよ」


"今は"って‥‥


由香が僕から離れると、リビングになんとなく微妙な雰囲気が漂う。


「そういえば、今日、球技大会だったんでしょ? どうだったの?」


六車さんがなんとか雰囲気を変えようと、無理矢理に話題を出す。


「僕達のクラスが優勝したよ」


「わ、そうなの!? おめでとう!!」


六車さんは自分のことのように喜び、僕に拍手をする。


「ありがとうございます」


「もう、全然喜びが伝わって来ないよ!」


そう言われても、僕は他のみんなと違ってサッカーしか出てないから、あんまり貢献した気持ちがない(真鈴や八雲はいくつかの種目に出て全部優勝していた)。


「由香ちゃんはどうだったの?」


「私はサッカーとソフトボールとバスケ。全部決勝に行くまでに負けちゃったけどね‥‥それにしても、三神さん凄かったね! 久しぶりなのに、あんなに凄いプレー出来るなんて!」


由香は苦笑いで答えると、負けた話をするのが嫌だからか、すぐさま話題を変えた。


そこには、さっきまでの不自然さはない。


「葉ちゃん、テニスしてたの?」


六車さんがびっくりしたような表情になる。


六車さんの旦那さんは『一星』の副社長‥‥真鈴の父親とかなり近い人だから、もしかしたら二宮家にいた三神さんの事情も何か知ってるのかもしれない。


「六車さん、何か知ってるんですか?」


僕が訊くと、六車さんの表情が一瞬引き攣った。


「あ、いや、私は何も知らないよ?」


それは、明らかに嘘をついている表情だった。


つつけば、必ず何か出て来る。


「本当に?」


六車さんは黙ってコクコク頷く。


「真鈴のことも?」


六車さんの動きが一瞬止まる。


「‥‥知ってたの?」


僕にそう訊いたのは、今まで僕の隣で黙っていた由香だった。


「うん。ちょっと前に古本屋で雑誌見て‥‥特集されてたから。由香も知ってたの?」


「まぁ、かなり有名な選手だったからね‥‥初めて会った時は頭に血がのぼってて気付けなかったけど‥‥悠に怒られて、冷静になってから、どこかで見た気がするなぁって思って‥‥私の部屋を探したら、二宮さんが載ってた雑誌があったの。多分悠が見たのと同じ雑誌じゃないかな」


「どうして教えてくれなかったの?」


「言おうとして部屋に行ったらいちゃいちゃラブラブしてたんじゃん。あれ見て忘れちゃったんだよ‥‥何赤くなってるの?」


由香が不満げな表情になる。


「べ、別に何でもないよ」


勿論嘘だ。


あの時のことを思い出すと、今でも恥ずかしくなって来る。


「で、でも次の日教えてくれれば良かったんじゃない?」


なんとか話題を戻そうとすると、由香はすぐに元の表情に戻った。


「二宮さんには雑誌見せて、本人かどうか訊いたよ。そしたら、『本人だけど、悠達には話さないでいて欲しい』って口止めされてたの。三神さんのことも訊いたんだけど‥‥」


「真鈴と三神さんが一緒にいるってこと、知ってたの?」


「うん。二宮さんと三神さん、ダブルス一緒に組んでたの。だけど、なんか言葉を濁すっていうか、そんな感じで‥‥なんか言いたくないみたい感じだったから、詳しくは聞かなかったけどね」


「じゃあ、何で二人がテニスをやらなくなったかは?」


三神さんは"自分の限界を悟ったから"と答えていた。


「それも詳しくは聞いてないけど‥‥なんか触れられたくない感じだったよ。二宮さんなら、悠が聞けば教えてくれるんじゃない?」


「教えてくれなかったよ。三神さんは自分の限界が分かったからって言ってたけど」


僕がそう言うと、由香は怪訝そうな表情をする。


「‥‥三神さん本人がそう言ったの?」


「そうだけど‥‥」


僕の言葉に由香は首を傾げる。


「どうかしたの?」


「‥‥三神さんは、自分で自分の限界なんか決めたりするような人じゃないの。どんな時でも、諦めないで全力以上の力で戦う人。だから、私も尊敬してたんだけど‥‥」


「でも三神さん、自分が誰かが支えていてくれないと全然ダメだって言ってたよ。あの時は真鈴が支えになってくれたって‥‥」


僕がそう言っても、由香の表情は冴えない。


「でも‥‥」


由香が何か言おうとした時、給湯機から音が鳴った。


「由香ちゃん、先お風呂入ってきなよ」


「うん‥‥分かった」


六車さんが由香に言うと、由香はそのままの顔で部屋を出ていく。


その瞬間、六車さんが怒ったような表情をして僕を見る。


「悠君、どうしたの?」


「何がですか?」


「何がじゃないよ! いつもの悠君らしくないよ!? そんな人の傷をえぐり出すような‥‥」


六車さんが怒鳴るような声を出す。


六車さんがそう言うってことは、三神さんが辞めたのは、過去の何かが原因になっているということだ。


三神さんの過去をあまり知らない僕だけど、一つ知ってる事がある。


「イジメ‥‥ですか?」


体育祭の時、真鈴から聞いた、唯一の三神さんの過去。


確かあの時、真鈴はテニス部の中でイジメられていたと言っていた。


それが原因でテニスを辞めてしまった、という事は十分に有り得ると思う。


だから、事情を知っているらしい六車さんにカマをかけてみる。


すると、やっぱり六車さんは驚いたような表情になる。


ただ、それは三神さん云々関係なく、僕がその事実を知っている、という事に対しての驚きみたいだった。


「何で知ってるの!?」


「真鈴から聞いたんですよ」


「真鈴ちゃんが‥‥?」


六車さんは驚いている、というよりも、訝しんでいるみたいな表情になった。


「どうかしたんですか?」


「‥‥さっきの由香ちゃんみたいに、真鈴ちゃんも質問責めにしたの?」


「してないですよ」


「嘘、だったら真鈴ちゃんが葉ちゃんが犯された話をするわけないじゃない!!」


「は?」


今、六車さんは何て言った?


犯されたなんて‥‥僕は一言も聞いてない。


「えっ?」


六車さんは聞き返した僕を不思議そうな表情で見る。


イジメの話を聞いたなら、当然その話を聞いていると思っていたみたいだ。


だけど、僕が聞いた話は真鈴がイジメられていた話で、三神さんの話は付属でしかなかった。


「もしかして‥‥知らなかったの?」


僕が黙って頷くと、六車さんの表情はすぐに後悔したような顔になる。


「‥‥またカマかけたの?」


「まぁそうですけど‥‥でもそんな答えが返ってくるとは思いませんでしたよ」


僕がそう答えると、六車さんは溜め息をついた。


それは、迂闊な自分自身に対してのようだった。


「‥‥三神さんに、何があったんですか?」


僕が六車さんに訊く。


すると、六車さんは今まで見せた事のないような顔で僕を見た。


年不相応に幼い六車さんではなく、僕に冷たい視線を向ける六車さん。


「‥‥これ以上、この事には首を突っ込まない方がいいわ。せっかくあの時の事を忘れて楽しく生きているのに‥‥わざわざ過去の傷をさらけ出させるような事しなくてもいいじゃない」


六車さんはそれでこの話は終わりと言いたげに立ち上がる。


「‥‥本当にそれでいいと思ってるんですか?」


「あなたはどう思うの?」


六車さんは僕の質問に質問で返してくる。


「は?」


「誰も知らない人が、どうして戦う時に腕を使わないのかって、そう聞いてきたらどうする? あなただけじゃないわ、由香ちゃんも悲しむでしょ?」


僕は、言葉に詰まって何も言えなくなる。


何か言い返したい、だけど、何も言い返すことが出来ない。


六車さんは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「そう言うことよ‥‥あなたの気持ちは、分からないでもないけど、今回は諦めなさい」


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