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僕の恋人  作者: 織田一菜
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第七十四話 やらない理由

『それでは、スポーツ大会閉会式を始めます――』


スピーカーからモモさんの声が聞こえて来る。


体育祭の司会ぶりが良かったのか、会長の溝口さんではなく、モモさんが司会をしていた。


城羽学園のスポーツ大会では、3位までに入ると閉会式で種目別に表彰してもらえる。


僕達の組は結構活躍し、殆どの種目に僕達のクラスの生徒がいた。


みんなかなり派手に活躍していたけど、中でも目立っていたのは‥‥


「三神さん、凄かったね‥‥」


僕の後ろに座っていたフミが僕の耳元で囁く。


フミの言う通り、三神さんは凄すぎた。


正直、ある程度楽に優勝するんだろうなとは思っていた。


何回も由香から凄さを聞いていたし、ブランクがあるとはいえ、優勝経験もあるような人が、よもや初心者に負けるとは思ってなかった。


だけど、僕達が想像していた何倍も凄かった。


サーブは目にも留まらぬ速さで相手コートに突き刺さり、リターンは正確に相手が届かないところに返す――つまり、サーブとリターンのみで、全試合相手に1ポイントも与えずに優勝してみせた。


その光景に観客達は皆言葉を失い、三神さんは光り輝いているように見えた。


「何でテニス部入らないんだろうね‥‥あれだけ凄いんだから、やってる人相手でも普通に通用しそうだけど」


「昔やってたみたいだよ。由香が教わってたって言ってたし」


「へぇ‥‥何で辞めたの?」


「さぁ‥分かんない」


僕らがひそひそ話をしていると、テニスの表彰の番になる。


ステージの上に立つ三神さんはいつも通りの表情で、あんまり嬉しそうじゃない。


由香が褒めちぎってた時にも嫌そうな顔をしていたし、もしかしたら何か特別な事情があるのかもしれない。


それも、おそらくあまり深くつっこまれなくないような、嫌な事。


それはなんとなく分かってたのに、心の奥底ではどうにかしたいと思ってた。


普段の自分とは違うのは分かった。


何で自分がそんなことをしたがってるのかも、自分がそんなことする必要なんて全然ないってことも分かってた。


だけど、あのプレーを見せられて、輝いている三神さんを見て、僕は黙っていられなかった。


三神さんにもう一度、テニスをやって欲しい。


もう一度、あの姿を見せて欲しかった。




表彰が終わってから、一度全員自教室に戻り、ホームルームが行われてから解散になった。


三神さんは、終わった瞬間に廊下に出ていった。


「三神さん!!」


僕が声をかけると、三神さんはすぐに気付いて振り返ってくれる。


どことなく暗い顔をしているような気がする。


「どうかしましたか?」


「ええっと‥‥」


僕がそこまで言っただけで何を言おうとしているのかが分かったのか、肩をすくめた。


「一之瀬君も‥‥か」


小さい声でボソッと呟く。


「え?」


「いえ、何でもないです‥‥テニスのこと、でしょう?」


「あ、は、はい‥‥」


僕がそう答えると、三神さんは溜め息をついた。


「やりませんよ」


「え……?」


「テニスはもうやりませんよ、絶対」


「な、何でですか!? あんなに強いのに‥‥」


僕がそう言うと、三神さんは首を横に振る。


「強くなんて、ないですよ」


三神さんの口から出たのは、あまりにも意外な言葉だった。


「え?」


「私は‥‥強くなんてありませんよ」


三神さんの表情は真面目だった。


謙遜をしているわけではなさそうだ。


でも‥‥テニスは詳しくなないけど、素人相手とはいえ、あれだけのプレーが出来る人が、強くないわけがないと思う。


「強くないって‥‥」


「テニスって‥‥まぁ、テニスに限らずスポーツ全体に言えることですけど、技術があればいいってわけじゃないんですよ。"心技体"って言うでしょう?」


「それはそうですけど‥‥」


「私は技と体にはまぁまぁ自信があります。ですけど‥‥私は心が弱いんです」


「そんなこと‥‥ないですよ」


「ふふ、ありがとうございます」


三神さんはお世辞と受け取ったのか、一瞬愛想笑いを浮かべ、そして苦笑した。


「結構長く続けてましたし、なんとなく分かっちゃったんですよ、自分の限界って奴が。私は支えがないと、全然ダメなんですよ‥‥一人じゃ、一人か二人勝つのが精一杯ですよ」


「今回の支えは‥‥十文字ですか」


僕は思わず訊いていた。


ちゃんと答えてくれるとは全く思っていなかった。


また、いつもみたいに、怒鳴りながら否定するか、ごまかすかのどっちかだと思った。


だけど――‥‥


「‥‥そうですね」


「え?」


返って来たのは意外な反応だった。


「アイツが‥‥期待してくれるって思ったら、凄いやる気が出て来たんですよね」


「それって‥‥」


十文字のことを‥‥


「三神」


僕が全部訊き終わる前に、誰かが三神さんを呼んだ。


「‥‥ヒメさん」


姫乃さんが、僕の後ろに立っていた。


「やっぱり‥‥気持ちは変わらないみたいね」


僕達の話を聞いていたのか、姫乃さんは少し残念そうな声だった。


「ええ」


三神さんは僕に言ったのと同じように、きっぱりと断言する。


「‥‥まぁ、あなたの気持ちが変わった時はいつでも来なさい。いますぐ受け入れる準備は出来てるから」


姫乃さんはそれだけ言うとどこかに行ってしまう。


「じゃあ、私も帰りますから‥‥多分、真鈴が一之瀬君のこと探してると思いますよ」


三神さんも、そう言うと逃げるように走り去る。


僕だけが、取り残された。


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