第七十一話 服屋にて
水着って服屋で買うものですかね?
「海は見る物」なので買ったことないんで分かりませんが(笑)
「よし、着いた!」
奏が洋服屋の前で叫ぶ。
奏の後ろには僕、真鈴、三神さん、そして――
「‥‥何で俺らも連れてこられなきゃなんだ?」
たまたま古本屋にいた十文字と八雲も一緒にいた(というより、奏が半ば強引に連れて来た)
「そりゃあ彼女の買い物に彼氏は付き合うもんだろ、普通」
「‥‥まぁ、その理由なら八雲はいいとして、俺は何の理由だよ」
「当然、ミカの付き添い」
「その言い方だと、私と十文字が付き合ってるみたいじゃない」
「え? 付き合ってねぇの?」
「「付き合ってない!!」」
三神さんと十文字が顔を少し赤くしながら同時に叫ぶ。
「そうなのか? あれだけ一緒にいて? 二人きりで買い物とか行ってるのに?」
「い、いいじゃない別に‥‥奏だって真鈴と二人で買い物に行くでしょ?」
「行くけど‥‥異性で二人きりってのはないぜ? 勘違いされるし」
奏はそう言うとニヤッと笑い三神さんに近付く。
「で、どうなんだよ? 十文字のこと、好きなのか?」
「そ、それは‥‥」
三神さんは顔を赤らめながら困ったような顔で十文字を見る。
十文字はすぐに顔を背ける。
「‥‥ああ、こういうこと、か」
奏は苦笑いする。
「な、何がこういうことなのよ!」
「じゃ、入るか」
「ちょ、人の話聞きなさいよ!」
店の中には、千夏さんとモモさんがいた。
「あ、悠!」
千夏さんが僕達を見つけ僕に飛びついて来る。
けど、寸前のところで真鈴に止められる。
「痛っ!」
「悠に飛びつくのは禁止だ」
「‥‥もしかして、やきもち?」
千夏さんがニヤッと笑いながら真鈴を見ると、真鈴の顔がじわじわ赤くなる。
「‥‥ゆ、悠は私の‥‥こ、恋人だから! 誰かに抱きつかれたりしたら嫌なんだ!」
「ま、真鈴、声大きい‥‥」
店員がびっくりしたような顔でこっちを見ている。
ま、まぁその気持ちは嬉しいけど‥‥
「二人は、洋服買いに来たんですか?」
「服というか‥‥水着ですね。来年は受験勉強で忙しいですから、今年のうちに遊んでおこうって思いまして」
八雲が訊くとモモさんが答える。
「皆は?」
「同じですよ。こいつらの水着を買いに来ました」
八雲はそう言いながら真鈴達を指差す。
「奏‥‥スク水とか似合いそうだよね」
「酷っ! そこまで子供体型じゃないから!」
千夏さんは馬鹿にしたような目で奏を見ながら言うと、奏は少し顔を赤らめながら叫ぶ。
「ってかだいたい、これでもモモさんよりも胸あるし!」
「なっ‥‥」
いきなり振られたモモさんはかなりうろたえる。
「へぇ、そうなの?」
千夏さんはそう言いながら奏とモモさんの胸を触る。
「ぬわっ、ちょっ」
「や、やめなさい!」
二人が必死に千夏さんの手を振り払う。
千夏さんは両方の手の感触を確かめるように手をわきわき動かす。
「うーん‥‥どっちもほとんどな痛っ!」
千夏さんが喋っている途中で奏とモモさんが蹴りを入れる。
蹴られた千夏さんは恍惚した表情になってるけど‥‥
「そ、それで‥‥どのくらい何ですか?」
モモさんが奏に言うと、奏はニヤッと笑うとモモさんに耳打ちする。
すると、モモさんはショックを受けたような顔になり、奏は勝ち誇ったような表情になる。
どうやら、奏が勝利したみたいだ。
見た目は‥‥本当に全く差はないけど‥‥
「‥‥何処見てるんだ、悠」
真鈴が背後から冷たい声で僕の肩を叩く。
「え! い、いやべ別に何も」
「悠はあのくらいのサイズが好きなの?」
千夏さんが言わなくていいことを言う。
「そ‥‥そうなのか、悠‥‥?」
真鈴が不安そうに恐る恐るといった感じで訊く。
「いや、ちが」
「悠は大きい方が好きだろ、部屋にある本ってぇ!」
余計なことを言いそうな八雲の腹におもいっきりパンチする。
「おま‥‥そこ‥‥鳩尾‥‥」
八雲はうめき声をあげながら崩れ落ちる。
「本‥‥?」
意味が理解出来ていない真鈴と三神さんは不思議そうな表情になり、意味が理解出来た十文字は苦笑いし、千夏さんはニヤニヤする(奏とモモさんは最初から聞いていない)。
「悠は大きい方が好き‥‥と」
千夏さんがポケットから取り出したメモ帳にすらすらと書く。
本当にそんなんじゃないのに‥‥
「ってかそんなことより、ちゃちゃっと水着買っちゃお」
千夏さんはメモ帳を閉じると笑顔で言う。
人の気も知らないで‥‥
「千賀さんは‥‥彼氏に見てもらわないんですか?」
三神さんが訊くと、千夏さんは苦笑いする。
「えっと‥‥今、仕事中、かな‥‥?」
「社会人なのか?」
「どんな仕事なんですか?」
真鈴と三神さんが興味津々な感じで訊く。
「えっと‥‥公務員‥‥かな?」
千夏さんが困ったようにあいまいに笑いながら答える。
「千夏さんの好みにピッタリ合った人ですよ」
僕がそう言うと千夏さんが僕を軽く睨む。
「千夏さんの好みに‥‥?」
「わ、私のことはいいからさ! 早く選ぼうよ!」
千夏さんは慌てて真鈴と三神さんを引っ張って行った。
女子組五人が水着を選んでいる間、男子組はただひたすらに待つことになった。
「ああもう‥‥どうして女ってのは買い物が長いんだ?」
八雲がぼやくと十文字が頷く。
「そうなの?」
真鈴の買い物はいつも即断即決だから、あんまり時間がかからない。
「‥‥少なくとも、奏は長い」
「かもね」
すでに選び始めてから10分以上経っている。
「あの体に合う水着がない痛っ!」
十文字が喋っている途中で八雲が十文字の臑を蹴る。
今日はよく人が蹴られる日だ‥‥
「選び終わったから着てくるねー!」
奏が僕達に向かって叫ぶ。
奏の思考には店内で静かにするという考えはないらしい(まぁ、あれだけ騒いでいたから今更って感じはするけど)。
僕達は試着室の前に移動すると、ちょうど五人が試着室から出て来た。
「どう? 似合ってる?」
奏がほとんどない胸を張って言う。
実際、五人共似合っていた。
「似合ってるよ、皆」
「誰が一番?」
間髪いれずに千夏さんが訊いて来る。
「えっと‥‥」
本当に皆似合っているから、少しだけ悩む。
「‥‥真鈴かな、やっぱり」
真鈴の水着はセパレーツと呼ばれる種類で、適度に肌が出てて品の良さが出てた。
やっぱりスポーツをしていただけあって、ほどよく筋肉もあってしっかりへこむべきところはへこんでいて、正直目のやり場に困る。
「良かったね、愛しの人に似合うって言ってもらえて」
千夏さんが笑いながら茶化すように言う。
真鈴の顔は赤くなって恥ずかしそうだったけど、目には歓喜の色が宿っている。
「俺はどう?」
「似合ってるよ、いつも通り」
隣では八雲と奏がいちゃいちゃしている。
‥‥僕達も他の人から見るとああ見えるのかな‥‥
「それで、この二人は、十文字? 正直な感想を、どうぞ!」
千夏さんが三神さんとモモさんの背中を押して前に出す。
三神さんの水着はビキニのちょっときわどい水着で、モモさんの水着はワンピースで清楚な感じだった。
十文字は少し考えてから評価を下した。
「‥‥三神は足が太い、モモは胸がなぐっ!」
二人に同時に蹴られる。
‥‥何で考えてそんな言葉しか出て来ないんだろう‥‥?
「悪かったわね! 足が太くて!」
「すいませんね! 胸がなくて!」
「正直に言えって言うから‥‥」
「褒めなさいよ!」
「じゃあ三神は胸が大きい。モモは全体的にスレンダー」
十文字が素直に褒めると、二人は少し赤面する。
「でも本当に三神は胸大きいね‥‥着痩せするタイプ?」
「そ、そんなこと‥‥」
「十文字もこれで落としたんだ」
「お、落としたなんて‥‥ちょ、何してるんですか?」
三神さんが抱き着いて来た千夏さんを振りほどく。
何気なくモモさんを見ると、楽しそうではあったけれど、どこか寂しそうな、悲しそうな表情をしていた。
昔のことを‥‥思い出しているんだろうか‥‥?