第六話 二人仲良く?
朝になった。
由香は僕より先に目を覚まして、朝の支度をしているようで、キッチンの方から良い匂いがする。
ちなみに由香の料理の腕は一流だ。
顔良し、スタイル良し、性格良しで料理も出来るって‥‥どれだけハイスペックだよ。
朝から鬱になりながら部屋を出ると、なんとまぁ思いもよらない人がいた。
「に、二宮さん!?」
二宮さんがお茶を飲みながら座っていた。
「な、何してるんですか?」
「君を迎えに来た」
二宮さんはあっさりそう言った。
「私が新聞取りに行ったらそこに居てから、上がってもらったの」
由香が料理をしながら答える。
ちなみに由香が新聞を取りに行くのは午前5時ジャストだ。
ってことは二宮さんはそれより前から‥‥
「いつ来たんですか?」
「4時ちょうどだ」
‥‥もう絶句するしかない。
「なんでこんなに早くに家に来たんですか?」
「だから一之瀬を迎えに来たんだ。その‥恋人は一緒に登下校するんだろ?」
二宮さんが少し顔を赤らめて言う。
あぁ、そんなこと八雲が行ってたなぁ‥‥って言うか昨日僕も言ったな、下校だけだけど
「もしかして‥‥迷惑だったか?」
二宮さんがとびきり不安そうな表情になる。
「いや、勿論そんなことはもう絶対ないんですけど、あんまり早いと、二宮さんが大変じゃ」
「別に私は構わない」
「いや、そうじゃなくて‥‥普通は家に出るぎりぎりくらいにくると思うんですよ」
八雲はいつもそうしてるって言ってたし。
「そうなのか? ならそうしよう」
二宮さんはあっさり納得してくれた。
二宮さん素直なんだな‥‥
「ところで‥‥何で由香はそんなに気分良さそうなんだ?」
由香はさっきから鼻歌混じりでキッチンに立っている。
昨日までの由香なら二ノ宮さんは家に入れるなんてことはしないだろう。
「そりゃあ昨日は悠が一緒に寝てくれたから――あ」
そこまで言って由香は何かに気付いたような声を出す。
「一緒に‥寝た‥‥?」
僕の隣にいた二宮さんが震えた声で言う。
体も震えている‥‥コップ割らないで下さいね。
「君は‥‥由香さんと昨日一緒に寝たのか?」
「え‥‥まぁ、そうですけど」
「馬鹿、悠!」
由香がそう言ったけど遅かった。
「そうか‥‥一緒に寝たのか‥‥」
ようやく僕は二宮さんの異変の理由に気付いた。
「いや、これはその、妹だからということで、別に他意があった訳では」
「一之瀬は私という恋人がいながら他の女と寝た訳だな‥‥」
二宮さんが僕を睨んでくる。
とてつもなく怖い、めちゃくちゃ怖い。
「そうか‥‥君はそういう奴だったんだな‥‥」
二宮さんが拗ねてしまった。
「き、機嫌直して下さいよ」
「別に機嫌は悪くない」
二宮さんは機嫌悪そうにぶっきらぼうに言う。
あの後、部活のある由香は先に行き(ごめんと言い残して)、由香の用意してくれてた朝食を取り、家を出た。
二宮さんはほとんど口を開いてくれない。
「ただ君に苛立ってるだけだ」
それって機嫌が悪いってことじゃ‥‥と思ったけど、火に油を注ぎそうだから言わなかった。
「全く君という奴は‥‥」
「‥‥ごめんなさい」
今日何度言ったか分からない言葉を言う。
「‥‥そんな顔されると私が悪いことをしてる気分になる」
二宮さんは僕から顔を背けて言う。
「ごめんなさい‥‥どうしたら許してくれますか?」
「どうしたら‥‥か‥‥」
二宮さんはしばらく考え込み、僕の方を向いた。
「今日、私の言うことを全部聞いてくれたら許してもいい」
「全部、ですか?」
二宮さんは黙って頷いた。
まぁこのまま険悪なムードなのも嫌だけど、二宮さんの場合何を言ってくるか分からないという恐怖がある。
それらを両天秤にかけた結果‥‥
「‥‥分かりました」
二宮さんの申し出を受けることにした。
「む、そうか。じゃあ‥‥」
二宮さんはそこまで言うと顔を赤らめた。
「キスを――しろ」
「は?」
「‥‥二度も言わせるな」
「え、でも、ここで‥‥ですか?」
二宮さんは黙って頷いた。
いつもより早く出て来たから、誰か生徒がいるわけでもないけど、それでも人の目が気になる。
「早く‥‥」
「でも‥‥」
「私の言うこと聞いてくれるんだろ?」
二宮さんがまた不機嫌な声になる。
「分かりました。顔を近づけて下さい」
僕がそう言うと二宮さんは顔を僕の口元に近づける。
僕は二宮さんの頬に、唇を触れさせる。
「頬か‥‥」
顔を赤くした二宮さんはやや不満そうだ。
僕も、顔真っ赤だけど。
「‥‥これ以上は勘弁して下さい」
「うーん‥‥どうしようかな」
二宮さんはそう言いながらいたずらっぽく笑う。
可愛い、と思った。
「二宮さん‥‥可愛いです。その顔」
僕がそう言うと二宮さんは顔を真っ赤にして慌てたような表情になる。
「な、何をいきなり!?」
「本当のことだからいいじゃないですか」
僕がそう言うと二宮さんが顔を背ける。
「一之瀬は‥‥本当に‥‥」
二宮さんがぶつぶつと言う。
「何朝からバカップルやってるの?」
ふいに後ろから聞き覚えのある声がした。
振り向くと、三神さんが立っていた。
「三神さん!? いつからそこに!?」
「葉!? いつからそこに!?」
僕たちは二人同時にほとんど同じことを言う。
「いつからって‥‥真鈴に一之瀬君が謝ってるところくらいかな? 二人きりを邪魔しちゃダメかな、って思ったんだけど、あんまりいちゃいちゃしちゃうからさ」
全く気付かなかった‥‥
二宮さんも驚いている。
「で、一日であんなに仲良くなるなんて‥‥何があったの?」
「それは‥‥」
僕は今日のことだけを説明した。
「真鈴‥‥あんたねぇ、彼の妹にまで嫉妬してどうするのよ?」
「嫉妬なんて――」
「してるでしょ。全く‥‥そんなんじゃ一之瀬君に捨てられちゃうわよ? まぁ私的にはそっちの方が嬉しいんだけど」
「え?」
その言葉に驚いたのは二宮さんじゃなく僕だった。
「三神さん、二宮さんを応援してたんじゃ‥‥」
「もちろんしてるわ。大切な幼なじみの初恋だもの。でも、私の初恋でもあるから。言わなかったけ? 『私ならほっとかないよ? 今回は真鈴がいたから諦めたけど』‥‥って」
「あれ、本気だったんですか?」
「あ、冗談だと思ってたの? 本気よ、本気。私は一之瀬君が好きだよ?」
いきなり告白された。
「よ、葉!! 何言ってるんだ!?」
二ノ宮さんが二ノ宮さんらしくない大声で叫ぶ。
「だから真鈴が捨てられたらすぐ私が取っちゃうから。一々嫉妬なんてしてたらすぐに嫌われちゃうわよ?」
「そ、そうなのか、一之瀬?」
二宮さんがとびきり不安そうな表情で聞いて来る。
「僕は見捨てませんよ、二宮さんのこと。二宮さんが僕を捨てることがあっても、逆はありえません」
「私だって一之瀬と別れるつもりなんかない。誰になんて言われようと」
二ノ宮さんがじっとこっちを見つめる。
その言葉が、何より嬉しかった。
「真鈴の機嫌も直ったみたいね」
三神さんが言うと二ノ宮さんは少し躊躇して頷く。
「一之瀬に捨てられたくないから‥‥なるべく我慢する」
「捨てませんって」
僕がそう言うと、二ノ宮さんが少しだけ微笑んだ。