第六十六話 パーティーの始まりは
放課後になった。
「じゃ、行こうか!」
準備を終えた悠が笑顔で私に手を差し出す。
「あ、ああ。葉はどこに‥‥」
「もう先に行っちゃったみたいだよ」
「そうなのか‥‥?」
いつもなら私達を待っているのに‥‥
まぁ、もしかしたらパーティーの準備のために早く帰ったのかもしれないが。
「あ、そうだ、一旦僕の家に寄ってからで良い?」
「ああ、別に構わない」
私がそう答えると、悠は笑顔のまま私の手を握る。
「じゃ、行こうか!」
悠はそう言うと今にも走り出しそうなくらいな勢いで歩き出す。
「ゆ、悠‥‥早い」
「あ‥‥ごめん」
悠が歩くペースを落とす。
「なんでそんなに嬉しそうなんだ?」
「だって‥‥真鈴が僕を誘って何かするって‥‥ほとんどなかったことでしょ?」
「そう‥‥だったか?」
確かに、悠が私を誘ったり、勝手に私が悠と行動を共にしたり、たまたま悠と出会ったから一緒にいたりしたことはあったが、私から誘ったことは‥‥殆ど、というか、一回くらいしかないかもしれない。
「そうだよ! だから嬉しいんだよ」
悠はそう言うとまたニコッと笑う。
こんなに喜んでくれるなら‥‥うじうじ悩んでないでさっさと話せばよかったと、少し後悔した。
「おじゃまします」
一旦悠の家に立ち寄って私服に着替えた悠が礼儀正しく挨拶をして私の家に入る。
沙羅さんがリビングの扉を開け、私達を手招きする。
「お二人共、お待ちしてましたよ」
「さ、早く早く。主賓がいなきゃ始まらないでしょ」
悠が私を押す。
主賓って‥‥私は、悠にはパーティーをすることは言ってないはず‥‥
「なぁ、悠‥‥」
私がリビングに入りながら、そのことを訊こうとした時だった。
パンッ、と、派手な爆発音がした。
続けざまにいくつもパンパン鳴り、私の顔に紙テープがくっつく。
予想以上のクラッカーの多さに前を向き直ると、そこには予想していない光景があった。
豪華な料理と笑顔の沙羅さん。
それはいい。
なぜかしてやったりという顔をした葉。
それも、まだいい。
私が驚いたのは、その他のメンバーだった。
奏、五十嵐、十文字、京極、六車さん、千賀さん‥‥誰ひとり呼んでいないはずのメンバーが、そこにいた。
「どう、びっくりした?」
奏がニヤッと笑いながら言う。
「皆‥‥どうして‥‥」
「どうしてって、今日お前の誕生日だろ? だから皆で内緒でパーティーの計画してたんだよ。あ、雄祈とヒメさんと由香とモモさんとつっくんとななちゃんも後から来るって」
「じゃあ‥‥悠も、知ってたのか‥‥?」
私が振り向いて悠に訊くと、悠は頷いた。
「うん。誘われなかったら奏達と真鈴を待たなくちゃだったんだけど‥‥誘われて良かったよ」
悠はそう言うと鞄から紙袋を取り出した。
「これ、誕生日プレゼント‥‥短期のバイトだったから、あんまりお金稼げなかったから、あんまり高くないものだけど‥‥」
「何言ってるの。全額真鈴のために自分で働いて稼いだお金なんだから、値段なんて関係ないわよ」
葉が床に散らばった紙テープを拾いながら言う。
「でも‥‥結局足りなくて値切ってもらったし‥‥」
「それが出来たのも悠が色々されても我慢してたからでしょう?」
千賀さんが笑いながら言う。
悠が自分で働いて‥‥
値切って‥‥
色々されても我慢して‥‥
じゃあ‥‥これ‥‥もしかして‥‥?
「悠は何買ったんだよ?」
奏が私の持つ紙袋を覗き込む。
「お、綺麗な服‥‥真鈴に合いそうだな」
服‥‥
急いで紙袋から中身を取り出す。
それは思った通り、あの日――悠が葉や千賀さん達と買い物してた日、悠が宛がわれていたサイズ違いの、かなりの値段のする――私が欲しがっていた、洋服が三着、入っていた。
「ほら、前に奏とか三神さんとかと買い物に欲しいって言ってたから‥‥って、ま、真鈴、どうしたの!?」
悠が私を見ておろおろしている。
涙が、溢れ出てきていたから。
「あ、あの、き、気にいらなかった‥‥?」
悠は不安げな表情を浮かべ私に訊く。
勿論、そんな訳がなかった。
ただ単純に嬉しかった。
悠が‥‥私のために、それも、苦労して貯めたお金で‥‥私にプレゼントをくれたことが。
「違う‥‥嬉しいんだ‥‥悠‥‥ありがとう‥‥!」
私はそう言うと、悠をそっと抱きしめる。
言葉で表現するより、感謝の気持ちが伝わると思ったから。
悠も、少し顔を赤くしたまま、私に身を任せる。
「ああもう、ラブラブしちゃって! 見せつけてくれるね!」
六車さんが茶化すように言う。
それでも、悠を離す気にはならなかった。
今まで以上に、これ以上ないほど、悠が愛おしく感じた。
「ちゃんと、俺達からもプレゼントあるからな」
奏はそう言うと、鞄から小箱を取り出す。
「はい、俺と八雲から。二人共指輪だけど‥‥」
奏はそう言いながら小箱から指輪を取り出し、私の左手の人差し指と中指に指輪を着ける。
「薬指は悠につけてもらえよ?」
奏がそう言ってニヤリと笑う。
そこから一気にプレゼントが送られる。
「はい、これ。私と十文字から‥‥お金なくて二人で一つでごめんね?」
葉がそう言いながら、銀のチェーンの先に真っ赤な石がついているネックレスを私の首に着ける。
「はい、僕からはこれ。結構面白いよ」
五十嵐がくれたのは今流行りの小説。
「似合うと思うけど‥‥どうかな?」
六車さんがくれたのは金色のイヤリング。
「オイラのはこれでぇ、ヒメのがこれぇ」
京極がくれたのは高級和菓子店のお菓子の詰め合わせ、ヒメさんがくれたのはぬいぐるみ大小一つずつ。
「私達からはこれ」
千賀さんがくれたのは化粧品一式。
おそらく百武さんと買ったのだろう。
「みんな‥‥ありがと‥‥!」
今まで、『一星』社長の娘として、誕生日パーティーという物に何回も参加させられ、何度もプレゼントを貰った。
正直、今貰った物より高価な物もいくつかあった。
だが、そんな物よりも、今貰ったプレゼントの方が、何百倍も嬉しかった。
「ま、そんだけ喜んでくれると送りがいがあるな」
十文字が微笑む。
「ほら、そんなに泣いてたらもたないぜ?」
奏が背伸びをして私の頭を撫でる。
「パーティーは‥‥これからなんだから」